第2話戦闘

 涼夜は腰に下げた剣を引き抜き、同時に十枚のカードが出現し囲に浮遊する。


 カードゲームとアクションRPGを融合させたこのゲームではまず初手に十枚の手札が与えられるのだ。


 途中参戦ということもあって盤面は涼夜のほうが不利だ。相手の場にはモンスターが二体召喚され、更には【呪文球】が浮遊している。


 【呪文球】とは条件が満たされれば、オートで発動する反応呪文を封じたものだ。迂闊に動けばカウンターを受ける恐れがある。


 涼夜もカードの展開と同時に即座に一枚の反応呪文を呪文球に封じる。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 赤髪の女、アルラは再びクスリと笑う。

 その笑みはたとえ誰が相手であろうと自分が絶対に負けるわけがないという確信をもっている。



 なにせ自分は【深淵の従属者】の中でも上位に位置する【魔女】の称号を授かっているのだ。


 アルラが召喚している二体のモンスター。

 それはアシッドスパイダー。このモンスター達に殺させてもいいが、ここはやはり自らの手で身の程というものを教えてやるべきだろう。


 アルラは手に持った二本の双剣を獲物に向けて構える。


 使用により人間の限界を超えた技を行使できるアーツカード。


 その一枚【スピードスター】を発動。


 駆け出したアルラの速度はカードの効果に従って加速されていく。


 超加速された身の動きで目の前の男の周囲を駆け回る。


「あらあら、追いきれないでしょこの速度。まずは鋼殻を破壊させてもらおうかしら」


 カード使いの体は【鋼殻】と呼ばれる見えない鎧のようなもので守られている。

 本体にダメージを与えるにはまずは鋼殻を破壊しなくてはならない。


 アルラは更にアーツカード【双牙一刀】を発動。二本の双剣が一本の黒い短剣へと変わる。これによって鋼殻に与えるダメージは飛躍的に上昇。加えてこの加速された状態から放たれた攻撃ならば男の鋼殻を一撃で破壊できるだろう。


 肩を狙おう。

 なにせ急所を捉えたら鋼殻を破壊してそのまま殺してしまいかねない。


 ――それじゃあ、面白くないものね。


 サドスティックな笑みを浮かべたまま、黒い短刀を男の方に向けて振り下ろす。


「あら?」


 あまりに不可思議すぎて思わずそうつぶやいてししまった。

 振り下ろされた短剣は男の肩で止まっている。

 この男が身に纏う鋼殻によって攻撃が阻まれたのだ。


 ――鋼殻を破壊できなかった?


 ――いや、そもそもとして鋼殻を削ったという感覚すら……


 直後に腹部に凄まじい衝撃。

 勢い良くふっとばされ、神殿の柱をぶち折って壁にめりこむ。


 たとえ鋼殻に身を守られていても衝撃と痛みは受ける。

 アルラはその場でうずくまり胃の内容物をぶちまける。


 衝撃の正体は男のただの前蹴り。


 だというのになんなのこのダメージは……。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 涼夜はひじょーに肩透かしな思いをしていた。

 隠しイベントに出くわして胸を踊らせていたのだが、この赤髪女は弱すぎる。


 こりゃ報酬に期待はできないか……。


 だいたいイベントの報酬ってのは難易度によって変わる。

 恐らくはこの女のレベルは200そこそこってとこだろう。

 それに対して涼夜のレベルはカンストの300。


 デュエルワールドではレベルが上がれば上がるほどプレイヤーの強さもカードの規模もアホのようにインフレしていく。そのデュエルワールドのにおいて100のレベル差は技量でどうにかなる範囲を超えている。


 つまりこのイベントは低レベル向けのイベントで、涼夜は適正レベルをとっくに過ぎている。


 さっきの攻撃も避けようと思えば避けれたが、あえて受けた。

 というか攻撃が弱すぎて避ける必要がなかった。


 そこでふとおかしなことに気がついた。


 ――あれ?……なんで今の攻撃が弱いってことに気がついたんだ?


 イベントの仕様なのかどういうわけかパラメーター類がいっさい表示されていないのだ。通常ならば敵の鋼殻耐久値や使用カードの攻撃力などさまざまなステータスが表示されているはずなのに。


 そいうった情報が一切ないにも関わらず涼夜は女の攻撃力を感覚で推し量ることができたのだ。


 ――なんか変な感じが……。


 言い知れぬ違和感に囚われていると、ふっとばされた女が立ち上がっていた。

 女のそばにある呪文球が弾けた。

 反応呪文の使用条件を満たしたということだ。


 ――さてと、何が来るかな。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 男の一撃はアルラの鋼殻を破壊するには十分すぎるものだった。

 しかしアルラの鋼殻は破壊されずに残っている。

 

 鋼殻が破壊される瞬間、展開していた呪文球が弾けた。

 そして中の反応呪文が発動。

 それは反応呪文カード【痛みの共有】。自らが受けるダメージを自身が召喚しているモンスターに分散させることができるのだ。


 おかげでかろうじて鋼殻は破壊されずにすんだものの、召喚していた二体のアシッドスパイダーは体液を撒き散らして破裂している。


 ――だがこれも戦術の一つ。


 これでアルラのデッキの最上級モンスターを召喚する準備が整った。


 アルラが展開していた呪文球は二つ。残ったもう一つの呪文球も弾けた。


 「あらあら、信じがたい強さね驚いたは。だけどそろそろ私も魔女としての本領を見せようかしら」


「分かった分かった。早よ来い、早よ来い」


 あまりに適当な男の返事。

 まるで何が来ようと自分が負けるわけがないとでもいうかのようだ。


 ――歪ませてあげようかしら、その余裕。


 そして最後の呪文球が弾けた。


 最後の呪文球に封じられていたカードは反応呪文カード【共食いの報奨】自分の場のモンスターを自分のカード効果で破壊した時に発動されるカード。

【痛みの共有】の効果によってアシッドスパイダーを破壊したことに発動条件を満たしたのだ。

 効果は自分のデッキから破壊したモンスターのレベルの合計以下のモンスターを一体召喚できるというもの。アシッドスパイダーのレベルは100。二体合わせて200。それはレベル200のアルラが使役できるモンスターの最高値と同じ。


 アルラ頭上に大きな紫色の召喚陣が現れる。


「あらあら、いいわね。いい感じよ。さあ! きなさい! 【毒眼の大グモエルセラ】!」


 召喚陣から現れたのは身の丈三メートルはありそうな紫の大グモ。全身は蜘蛛の死骸が寄せ集まってできており、その頭部からは一歩の長い触手が伸びその先には人間の眼球がブドウのように実っている。


「おお、これぞアルラ様の切り札、初めて見たがなんという力だ」

「粋がるものここで終わりだ! エルセラの毒眼からは何人たりとも逃れられん!」

「わかるか小僧? この瞬間、お前の死が確定したのだ」


 周りの黒ローブたちが口々に歓声を上げる。

 当然だ。エルセラはまごうことなき最上級モンスター。

 今までに仕留められなかった獲物はいない。


 男の顔はエルセラをみて恐怖のあまり引きつっている。

 明らかに顔色が悪くエルセラから目を背けようとしている。


「あらあら、いまさら恐怖心が湧いてきたのかしら、でももう遅いわよ」


 そしてエルセラの触手が男に向けられた。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 キモい。キモすぎる。

 なんだあのモンスターは直視するのも辛いぞ。

 つーかなんか臭い!! 


 涼夜はあまりの気持ち悪さに顔が引きつってエルセラから目をそむけようとしていた。


 ああやばい、鳥肌がったてきた。

 ってあれ……なんでゲームの中で鳥肌なんか立ってんだ?

 それに俺ってこんなにグロ耐性なかったけ? 

 そもそも臭いが知てるのはおかしいだろ。

 それになんかものすごくリアリティが上がってるような……。


「ついに出てきたのさ……魔女アルラの切り札【毒眼の大グモエルセラ】あの触手についてる毒眼に見つめられたらどんどん鋼殻が削られていくのさ!」


 背後の金髪美少女がモンスターの能力を教えてくれた。


 そういやさっきからなんかピリピリしてんな。

 これってダメージ受けてんのか?


 しかし悲しきかな。

 その秒間ダメージ量は鋼殻の秒間自然回復量を下回っている。

 よってまるで意味をなしていない。

 とりあえず背後の少女が毒眼の視界に入らないように壁になる。


「あらあら、最上級モンスターの手にかかって死ねることを喜びなさい。さあエルセラ行くのよ!」


 赤髪女の掛け声とともにエルセラが動きだす。


「ひえ」


 カサカサと高速で向かってくるエルセラ。

 そのあまりの気持ち悪さに涼夜は思わず悲鳴を上げた。


「こっちに来んじゃねえ! アーツカード【空断一閃】発動!」


 涼夜が展開していた手札の一枚が砕け、同時に構えていた剣が青く光る。

 そして前方の空間に向かって数度の斬撃。空間そのものを断絶させる斬撃によってエルセラの体は細切れとなる。


「教えてやるよ、本当の最上級モンスターってのがどうい奴のことをさすのかな」


 その瞬間、最初に場に出していた涼夜の呪文球が弾けた。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 アルラは愕然とするしかない。

 なにせあれだけ意気揚々と召喚したエルセラがわずか数メートル、カサカサと移動しただけでバラバラになったのだ。


 馬鹿な。なんだこの男は、あまりに馬鹿げた強さだ。


 男との実力差に気がついてようやく冷や汗を流し始めた時、男の呪文球が弾けた。


 ――まずい、なにかが来る。


「俺は反応呪文「剣士と竜の絆」を発動。このカードは自分の場にモンスターが存在せず、なおかつ相手の場のモンスターをプレイヤー自身が全滅させた時に発動することできる」


 男の頭上に八芒星が描かれた極大の召喚陣が現れる。


 ――ま、まさかこの召喚陣は……。


「自分の手札のドラゴン種モンスターを破壊し、デッキからそのモンスターより上位のドラゴンを召喚することができる!」


 ――あ、ありえない。

 

 ――支配級モンスターの召喚など


「さあ来い! レベル325! 【炎竜王フレイグルド・ドラグニア】」


 アルラもその竜の名を伝説でのみ聞いたことこがある。

 それは人の時代のはるか以前、神代と呼ばれる時代に跋扈した支配者。

 すべての炎竜の頂点に立つ存在であり、四体の竜王の一体


 ドラゴンの心臓とも言える竜石。それが星の誕生の際に生まれる当方もない熱量を飲みほして、一頭のドラゴンを生み出した。

 一個の星が有する熱量全てと同等の炎を見に宿したその竜は全身を眩い紅蓮の炎に包まれ、頭部に刃のような長い角、胸には十字傷があり、その体躯はあまりにも巨大だ。

 


 ――そう、この洞窟には収まりきらぬほどに。



「あれえええ!? なんで原寸大で出てくんだよ!」


 なぜかそのモンスターを召喚した当の本人が絶叫を上げている。


 炎龍王は洞窟の壁をぶち抜いて召喚される。

 必然、洞窟は崩壊。

 降り注ぐ瓦礫に神殿は埋め尽くされた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



炎竜王フレイグルド・ドラグニア


レベル325

 このレベル未満のプレイヤーがこのモンスターを効果召喚した場合

 このモンスターは召喚後120秒で破壊される。


階級 支配級 種族 正規竜 属性 炎


 召喚消費神力 15000

 存在可能時間 20分


ステータス

 攻撃力   A+

 防御力   B

 耐久力   A

 敏捷    B

 属性攻撃力 S


能力


 万象を糧に 

 自分の場のモンスターを自らの炎に取り込む。

 魔力・能力値の上昇。


 大炎墓

 効果範囲 

  このモンスターを中心に直径十メート~10万キロメートル


 このモンスターが破壊された時、周囲を業火で包む。効果範囲を広げるほどに威力が減退。マナを捧げることにより威力を上昇させる。


竜王の共鳴

 このモンスターが破壊された時、手札に正規竜のし支配級モンスターを加える



フレイバー・テキスト


 神代の時代に存在した四竜王の一体。

 炎竜は最も強い熱量をもつ者が王となる。星の誕生の際に生まれる当方もない熱量を飲み干して生まれたフレイグルド・ドラグニアは炎竜の中でもずば抜けた力を持つ。

 胸の十字傷はかつて剣王ガーグルアと争ったときにつけられたもの。

 かなり好戦的な性格で炎竜王は正規竜の王は一体で十分であると考えており、絶えず他の竜王(主に風竜王)と争っている。

 地竜王はどんくさいので嫌い。

 水竜王を自らの番としたいと常々思っているが向こうからは嫌われている。


神域に至る物語。


 精霊神アルティアムスはこの世に蔓延る正規竜達を不浄な存在と断じ、その存在を滅ぼそうとした。普段はいがみ合っている竜王たちも自らの種族の危機に際し、王者の責務を果たすために共に立ち上がる。


 しかし神霊の力はあまりにも絶対的。


 四体の竜王の力を持ってしても敵うはずもなく、瞬く間に王たちは死の淵にまで追いやられる。


 だがそれでも王たちは諦めない。

 古き時代より流れる龍の血が神霊に屈することを拒むのだ。


 そして【外なる宙】の神が囁いた。


 「幻想せよ」


 四体の竜王は一つとなり古き龍がその姿を表した。


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