異世界/仮想/現実/境界超えのカード使い。〰剣も呪文も召喚も全てカードで・VRMMOからの異世界転移

@ZAKOBA

第1話アビスカード

「バグってんのか? これ」


 何のイラストも書かれていない真っ黒なカード。

 生い茂る巨大樹の森でそれを手にとって空色涼夜は顔をしかめる。


 白い鎧と青いマントで身を包んだ涼夜の姿は現実離れした美形で身長180cmはあるだろう。だがこれは仮初めの姿。


 なぜならここはVRMMO・オール・イズ・ファンタジーの世界だからだ。


 現実の涼夜は中肉中背、一六歳のどこにでもいるような高校生だ。


 オール・イズ・ファンタジー、略してオルファンはアクションRPGにカードゲームの要素を加えた全く新しいゲーム。技も呪文も召喚も全てデッキからドローしたカードを用いるのだ。


 今涼夜がいるマップ、ルガナ森林に新モンスターが実装されたのでドロップの新カードを狙って狩りにやってきた。そしてその新モンスターがドロップしたのがこの真っ黒な謎のカードだ。



 涼夜はカード情報を確認してみる。


 カード名はアビスカード。

 戦闘カードではなく戦闘外にしか使えないアイテムカードのようだ。

 だが肝心のカード効果が空欄となっている。


 あとで検索かけてみるか。


 そう決めて涼夜はさらなる新カードを求めて狩りを続行することを決めた。

 だがその歩みはすぐに止まることとなる。


 少し森の中を歩いた先に穴があった。

 黒色のモヤのようなもので満たされた直径五メートルほどの穴が森林の地面に空いていたのだ。


 この感じってもしかして……


 さっき手に入れた謎のカードアビスカード似ている。

 それにこんなもの少し前に通ったときはなかったぞ。


 つまりあのカードの入手がトリガーとなってこの穴が現れたのだ。


「こりゃ隠しイベントの臭いがするじゃねーか」


 涼夜はニヤリと笑う。


 オルファンでは事前告知なしのイベントが各地に隠されていることがよくあるのだがこれもその一つに違いない。そして隠しイベントのクリア者には限定カードが与えられるのだ。



「じゃあ、いくしかねーよな」


 そして涼夜は目の前の怪しすぎる穴の中になんのためらいもなく飛び込んだ。


 涼夜の視界が黒いのモヤで覆い尽くされる。

 上も下も右も左も何もない。エリア移動が始まるのかと思ったがそれもない。


なんだこれ……どうなって……。


 不意に涼夜は孤独と恐怖に襲われた。

 もう二度と這い上がれない。そんな直感が頭を走ったのだ。

 ただのゲームだというのにだ。



 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾっと凄まじい悪寒が背筋を走る。


 まるで周りのモヤが涼夜の体を溶かしてこの空間の一部に変えようとしてそんな錯覚に陥る。


 ヤバイ! なんか分かんねえけどここはヤバイ!

 

 必死で足を動かす。ここがゲームの中だということも忘れて。

 だが涼夜の体はただモヤの中に浮いているだけで一ミリも動きはしない。


ログアウトだ! ログアウトを……


 涼夜がログアウトのためにシステムカードを呼び出そうとしたその瞬間、代わりに別のカードが現れた。


 それは先程涼夜が手にしたアビスカード。


 アビスカードの縁は青色に光っている。それはこのカードが発動可能状態であることを表す光。


涼夜は夢中でそのカードに手を伸ばして、そして叫んだ。


「アビスカード発動!」


視界が暗転し、まるで大地をひっくり返されたかのようなふらつきに襲われる。


 ふらつきから立ち直りあたりを見回すとそこは先程までいた黒のモヤの中でもルガナ森林でもなかった。


 薄暗い洞窟の中に作られた神殿のような場所。

 そして少し離れた場所に周囲にカードを展開させた赤髪の女と謎の黒フードの集団。

 そばには女が召喚したモンスターだと思われる二体の大グモが並んでいた。


「どいう状況だ?」


 困惑気味に涼夜はつぶやいた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 絶望。


 ルシル・ルドウィックの現状を説明するならその一言で事足りるだろう。


 そこはとある洞窟の中に作られた神殿だった。

 ルシルはこの神殿内に一ヶ月もの間、幽閉されていた。

 そしてなんとか隙きをつい逃げ出そうとした結果がこれだ。


 ルシルの眼前には黒いローブをまとった数人の魔術師のような集団がいる。

その中に一人だけ赤髪の女が混じっている。


「あらあら、もう死にそうじゃないの、大丈夫? お姉さん心配だわ」


 赤髪の女が白々しく言った。

 周囲には六枚のカードのようなものと魔法陣の描かれた二つの球体が浮かんでおり、さらに女に付き従うかのように人間ほどの大きさがある二体の蜘蛛が並ぶ。



 集団から数メートル先で倒れているルシルはなんとか力を振り絞って立ち上がる。

ルシルの周囲にもカードと魔法陣の描かれた球体、そして一体の狼がルシルの目の前に召喚されている。


「まだ……終わりじゃないのさ」


 ルシルは強がってそう言う。

 その身は傷だらけ、どうみても勝ち目はあるわけがない。


「あらあら、もう鋼殻も壊れてるっていうのに頑張るわねえ。強い娘は好きよ、お姉さん」


「アルラ様」


黒ローブの一人が諌めるように赤髪女の名を呼んだ。


「あらあら、わかってるわよ。まだ死なれたら困るものねえ、でも両手両足はいらないでしょ?」


赤髪の女、アルラはゾッとするような笑みを浮かべる。


「あんたもなんでそんなに抵抗するのかしら、そちら側にいたって辛いだけでしょ? おとなしく深淵に身を捧げなさい」


「僕は……お前たちのためなんかに生きるつもりはないのさ」


「あらあら、じゃあ誰のためかしら? 【深淵の王】の血族は決して受け入れられないのよ。決してね」


 アルラの言葉にルシルは悔しげに唇を噛んだ。


「あらあら、無駄口は終わりにしましょうかしら」


 主の命により大蜘蛛の一匹がルシルに向かって突き進む。

 

それを阻むのはルシルが召喚している一体の狼。

 

狼は大蜘蛛に向かって飛びかかる。

しかし、蜘蛛の前足が容易く狼の腹を貫いた。


 その瞬間、ルシルのそばで浮かんでいた球体が弾た。

 

同時に蜘蛛に貫かれた狼が爆発する。その爆発に蜘蛛は巻き込まれる。


「や、やったのさ!」


 しかし、


「がッ!」


 いつの間にか踏み込んできていたアルラの正拳がルシルの腹部を抉った。

 殴り飛ばされ地面を転がるルシル。

 爆発が止むとそこには殆ど無傷の蜘蛛。


すべてが無意味だったのだ。


「あらやだ、死んじゃったかしら」


 いや、かろうじて生きている。しかしもう立ち上がる力はない。

 

「あらあら、本当に弱いわね。もうカードを展開させるだけの神力もないのかしら。もう逃げられないように両手両足を切り落とさせてもらうわね。けど恨んじゃいやよ? だって弱いあなたがいけないもの」


 世界に疎まれて生まれてきて、それでもどうにかしようと足掻いてきた。

 それでも結局はこうなるのか。

 ルシルの心を暗い絶望が犯し始める。


 ――英雄様……助けて……。 

 

 その時ルシルの心によぎったのは英雄と呼ばれる一人の騎士。

 

千年前、深淵の王を打ち倒し世界を救った白の騎士。

 

ルシルは深淵の王の血族でありながら、いやであるからこそ、その英雄の存在を焦がれていた。


 未だに存命しているとされているその英雄の登場をルシルは心から願った。

 そんなありえない妄想にすがらねばならぬほどにルシルの絶望は深かったのだ。



 そしてその男は現れた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「君は一体……」


 涼夜は背後かの声で振り返る。

そこには一人の少女。


 短い金髪に頭はひょこりと飛び出したくせ毛が特徴的だ。

 白い騎士の正装のような装束を身に纏っている。一瞬、男か女かわからなかったがその膨らんだ大きな胸が彼女であると教えてくれている。

その美少年とも美少女ともとれる少女も周囲にカードを展開させている。つまり赤髪の女とこの少女が戦闘をしていたということだろう。


 そして涼夜の目を引いたのはその体が傷だけであるということだ。


 なぜならオルファンではダメージを負っても、こんな風に傷ができることも服が破れて肌が露出することもないからだ。


 つまりそこから導き出される結論は……


 やっぱりこれって隠しイベントだ!


 そうだ間違いない。

 この少女と赤髪の女はNPCなんだ。よく見るとキャラ名が表示されていないし。


 あのカードはこの隠しイベンに参加するためのものだったということだ。


 なんてついてるんだ! よっしゃああッ!


 そして涼夜はこのイベントがどいうものなのかを推測する。


 ボロボロの少女にそれを襲う赤髪の女と黒ローブ集団……。


 答えは簡単だ。


 涼夜は背後の少女を護るように手を横に伸ばす。


「あらあら、突然現れて一体どういうつもりなのかしら? まさかその娘を護るとでもいいたいの? あらあら、まるでおとぎ話の英雄様みたいじゃないの」


 赤髪女はクスクスと笑う。

 

腰まである長い髪、スラリとした長い足、気品すら漂うその顔に浮かぶ笑みはまさにドSのそれだ。


「ふっふーん! そうだ俺は英雄よ!」


 よく分からんがきっとそれがこのイベントに置ける俺の立ち位置なんだろうな。


「オルファンの英雄。マスターズランク上位ランカーの空色涼夜だ。覚えときな」


 ビシっとノリノリのキメ顔でそう言った。


「英雄……」


 涼夜の背後でハッとしたように金髪の少女がつぶやいた。




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