第3話 かぐや姫は嘘つきか?
編集室に帰る頃には、すっかり夜になっていた。妙に疲れた気分で自分の席に座ると、関は深くため息をつき、
「結局なんだったんだぁ〜?」
誰に言うでなく、愚痴をこぼした。
「お、どうした? 例のホームレスの取材はうまくいったのか?」
彼の様子を見に来た編集長が、冷やかすように声をかける。
今回の取材内容次第では、紙面を広く割くことも考えていたこともあり、彼の働きを少しは期待しいたのだが、
「ダメっすよ、アレ」
「どうして?」
「ただの笑い上戸の、頭がアレな人でした」
関は肩をすくめ、例の八百屋のように、頭の上で人差し指をクルクル回した。
「まあ、知識や良識があるのは認めますが、出身地を聞いたら、月から来たとか言い出す始末ですからね」
「謎のホームレスは宇宙人ってか?」
「いや、若くて美人だからかぐや姫ですかね」
「お、ニコさんって女だったのか?」
「まあそれも珍しいですけど、それより言ってること、変ですよね」
「おまえ、からかわれてるんじゃないのか?」
「う〜ん、そうかもしれませんねぇ。でも、言っているときの顔見たら、冗談を言っているようには見えなかったんですけど?」
「演技派女優かもしれんぞ」
「いや、しかし………………?」
ホントのところはどうなんだろう?
子供達に教えていた知識は本物だと思う。
しかし、それ以外の話しはどうにも眉唾だ。
実は他にもいくつか質問をしており、彼女が足を怪我しているようだったので、そのことを聞いてみると、何とライオンに噛まれた、などと真顔で言ったのである。
もちろんのコト、最近ライオンが逃げ出したとか人を襲った、などという事件は起こっていない。
「やっぱり頭、変ですよ。これ以上の取材は無意味でしょうね」
また取材に行くかも、とは言ったが、それももうないだろうと、ため息まじりに言う彼に、編集長は同情するように一杯誘った。
あの取材の日より、3日ほど経った週末の夜。
関は実家のあるH町にて、高校時代の同窓会に参加していた。
卒業してからまだ数年だが、すっかり忘れてしまっている顔も何人かいる。
それほど、彼にとって学生時代というのは、特別なものではなかった。
成績もいい方ではなく、部活動にも参加してはいなかった。
交友関係もほとんどなく、少し内向的なところがあったせいもあり、今回はあまり参加する気もなかったが、それでも何人かは気のあう級友もいたし、彼らからの誘いもあって、渋々ながらの会合だった。
会場、とは言っても居酒屋の座敷だが、場所的な問題もあり、参加者は十数人程しかいない。何とも付き合いの悪い同級生どもだと、さんざ文句を言いながらも、ものの30分後には酔いもまわり、各々のテンションは俄然上がっていた。
「で、持田おまえ、今なにやってるの?」
「うん、今は漫画家のアシスタントをだな……………」
「ア、アシスタントかよ?」
「何をっ、ここまでなるのにも大変だったんだぞ! このままプロの先生になったら、年収億も夢じゃね〜んだよ」
「夢で終わっとけ。それが現実ってもんだ」
「ホンッと、昔っからだけどおまえって夢ないなぁ。学生時代から全っ然変わってねぇ。それで、そういうお前は今、何やってんだ?」
「新聞記者。まあ、しがない地方紙だけどな」
「あれ、前に会ったとき、保険会社とか言ってなかったっけ?」
「世の中厳しいんだよ。同期の連中、半分以上がオレと同じ運命を辿って………………」
そういうと関は、わざとらしい泣きの演技を見せ、彼の数少ない級友その1の持田も、
「そうかそうか、おまえも苦労してんだな」
と、同情するような泣きマネをしている。
「まあ記者なら出世してる方だろ? しがない地方紙だけど」
「うるせーっ!!」
言ってから二人はお互い顔を見合わせ笑った。
他の者も似たようなもので、会場のあちこちで、それぞれ自慢話やくだらない冗談を言い合っていた。
そんな中、一同から少し離れて一人、まるで無関係者のように、一人で手酌で酒をちびちび呑んでいる男がいた。
彼の存在に気づきはしたものの、関はどうしても彼の名前が思い出せない。
「えと、誰だっけあれ?」
「んあ? ああ、内倉だよ。忘れたか? ほら、実家が病院やってる」
「ああ、そうだ内倉内倉。オレより陰気だった内倉泰三」
「そう、おまえより根暗だけど、秀才でいつも成績トップだった内倉だ」
「そういう言い方やめてくれる? それだとオレに何の取り柄も無いみたいじゃない? ミジメになるから、もう少しオブラートに包んでくれよぉ」
酔いもまわり、顔を赤くしていた関は、それ以上に気恥ずかしさで紅潮した顔で、口を尖らせた。
とはいえ、秀才同級生の才能は認めざるを得ない。風の噂で、彼は医大を主席で卒業し、今は実家の病院で院長になっているらしい。
それに対してこっちは、しがない雑誌編集者。しかもリストラ経験者ときている。いやでも自分が負け組だと自覚してしまうのも仕方ない。
考えれば考えるほどミジメになるが、このままでは酔っていても気分は悪い。何とか秀才を見返したいと思った関は、
「そうだ!」
と、まるで悪役のような笑みを浮かべて、
「おお〜い内倉ぁ。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかなぁ?」
と、声をかけて彼の隣の席に座り、
「実は親戚の甥っ子が、数学の問題で分からないのがあるって聞いて来たんだけど、おまえ、コレ分かるか?」
言って、メモに三角形の図形を書いて見せた。
「辺の長さしか分からない状態で、面積を………………」
「ヘロンの公式だな。この程度なら電卓を使うまでもない」
と、前にニコさんから聞いた数式計算で、彼はすぐに答えを出した。
それを関は呆気にとられ、
「え〜と……………………」
難しい問題で、この秀才を困らせてやろうと思っていたのに、こうも簡単に答えられてしまっては意味がない。悪友持田の手前、何としてでも内倉を困らせてやらないことにはと、別の問題を出してみた。
「え〜と…………、そうそう、戦国時代っていつ頃だって?」
「応仁の乱以降、約100年間」
「ピタゴラスの定理は………………」
「三平方の定理のことだな。直角三角形において、斜辺の長さに対し、垂辺と底辺の長さに関係する計算方法だ。中学で習ったろ?」
「伊達政宗と刀の正宗は……………」
「無関係だ。いた時代も場所も違うだろ?」
彼も試されていることを察して、質問を言い終わるより早く、面倒くさそうに答えた。その態度に気圧され、関は後ずさるように、それでも何とか最後の質問をと、
「え、と………、じゃあニュートリノでタイムマシンを………………」
「おまえ、脳神経外科、紹介してやろうか?」
「………………………すまん」
哀れ、彼は萎縮してすごすごと、自分の席に戻って行く。
(うう、ますます惨めだ)
心の中で悔しがる心情を見抜き、あざけるように笑う持田の頭に、関はチョップを見舞った。
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