第2話 戦う?そんなの無理だってば!

「よし!」


 神殿を見上げたまま大きな声で気合を入れ、そのまま神殿の中へと続く階段を登る、乾いたような足音を響かせて階段を登り入口をくぐると、とたんに何も聞こえない静かな世界へと変わった。


「うわぁ……」


 入り口から少し進んだ場所には大広間が広がっていて、豪華ではないけれど静かで不思議な雰囲気に私は呑まれてしまっていた。


「礼拝かな?」


 突然後ろから男の人の声が聞こえた。人がいるとは思っていなくて胸がドクンと鳴った。

 あまりに驚きすぎて目の前が少しかすんでしまったけれど、落ち着いてゆっくりと向き直ると、白い裾の長い服を着たおじいちゃんがそこにはいた。

 長く白い髭を生やしていてなんか偉いひとみたいだ。


「え、ええと……うんと」


 上手く答えられない私は言葉に詰まってしまったけれど、私が落ち着くまでおじいさんはゆっくりと待っていてくれていた。

 深呼吸をし、今度はこちらから話し始めた。


「こちらに来るようにと言われたリルティラといいます」


 これで通じるのかな?


「ふむ、名前は聞いておらんが、この時期呼ばれてきたとなると、贈り物の儀式の子達かな」

「贈り物?」

「聞いてないのか……まったく、あいつは仕事が雑だの」

「はぁ……」


 ふんふん?つまり贈り物の儀式?っていうのをするために私が呼ばれたのね。どんなのなんだろ、痛くないといいな。

 思っていたより軽い返事に驚いていると、おじいさんは私の手をとってゆっくりと歩き出した。


 大きくて硬くて……そして冷たい手、昼間なのに寒い場所だから体の奥のほうまで冷えるようなきがする。


「この道は花の回廊っていわれているんだ」

「花……でも花は見えませんよ?」

「あはは、まあ季節が季節だからね……でもよくみてごらん。少しだけどちゃんと花は咲いているんだよ」


 そういって立ち止まり、手すりに巻き付いているつるを指差す。

 指さされたところをみてみると確かに白い花が咲いていた。


「可愛い花ですけど……色はあんまり綺麗じゃないかも」

「花はあんまり好きじゃないのかな」

「花の蜜なら興味あるんですけど、見てもお腹は膨れませんから」


 あの深い甘味に涎が出そうになってしまう。


「花の蜜……?」

「私の村で育てられていた物なんですけど、花がたくさんの蜜を溜め込むんです。それを色々なものにかけて食べるのがすっごくおいしいんです」


 故郷の村では滅多に甘いものはたべられなかったけれど、暖かい時期にだけ食べられる特産品があった。

 咲いている花の付け根にたっぷりと蜜を溜め込む蜜花という花だ。そのまま吸ってもいいし、焼き固めて口に放り込むと少しずつ溶けていくのでこれもまたなかなか美味しい。


「ほう……、それは興味津々だな」

「ふふ、是非私の村に来て下さい、私の家は宿屋なので歓迎しますね」


 精一杯の笑顔で家の宣伝をする。おじいさんはわかったわかったと返事をすると、また私の手をとって歩き出した。

 回廊を抜けて石造りの廊下に入ると、兵士様が守っている一つの部屋へと案内してくれ、中には入らずに去っていった。


 コンコン、扉を優しく叩いて押し開けると、そこには四人の子供がいてそれぞれ楽しそうに話している。

 部屋の入り口でもじもじしていた私に気づいた4人から一言ずつ挨拶された。


「俺はルカっていうんだ、よろしくな!」

 元気な挨拶は、紫色の髪の男の子。


「よろしくねっ、私はモードよ」

 かわいい挨拶は、ふわふわで少しピンクの混じった金髪の女の子。


「ふん」

 無愛想な態度の子は、緑のくるくる髪の男の子。


「よろしく」

 簡単な挨拶は、大きな目で長い黒髪の女の子。


「よ、よろしくお願いします、リルティラです」

 中にいた子達と自己紹介をしあった。


 ちなみに名前がわからなかった二人の子はクライドとココット。全員私と同じ6歳だった。

 話していると、偉そうな人が部屋に入ってきたので、皆姿勢をよくした。


「こんにちは、私は皆さんの儀式の責任者を勤めさせていただくローレンツです、よろしくお願いします。儀式は明後日ですが、それまでの間のお話を致します。……まず本日この後ですが、男の子と女の子で別に部屋ご案内しますので、おやすみ下さい。外出は許可できませんが、神殿内ならば出歩く事を許可致します」


 わかったかな?という感じで見回す。 


「明日はこの国を取り巻く現状、つまり皆さんが何故呼ばれたか等のお勉強を少ししていただきます、その後は今日この後と同様に自由な時間となります。そして明後日、儀式の当日は起床後ここに集まってもらい、私達の指示に従って儀式に臨んで頂きます……なに、立っているだけで終わるものなので心配はいりません」


 べ、勉強……ついていけるかなぁ。


「質問はありますか?」


 視線を私達皆に送る。


「ないようならばこのまま解散となります」


 ローレンツさんが部屋を出ていくと、入れ替わって二人の若い女の人が入ってくる。

 それぞれ男女に分かれて部屋に案内してくれるみたいだった。ルカとクライドに「バイバイ」と小さく挨拶をして別れた。


-------


 ふう……とため息をつきながらベッドに横になると、同じようにモードも枕に顔を埋めていた。

 ココットはじっとモードを見つめていた。


 布団はふかふかで、うちの宿屋のベッドとは比較にならないくらい寝心地がいい。飛び跳ねたらどんなに気持ちいいだろ……しないけどね。

 そのまましばらくぼけーっとしているとモードが突然立ち上がった。


「せっかくだし、さっきのお話の続きしよ!」


 部屋の中央にある机と椅子に三人で集まって、消灯時間までお話をした。


 モードは準貴族の商家の出身、ココットは自分と同じ名前もない小さな村の出身みたい。

 貴族だからモードちゃんには姓があるんだけどなんだか複雑な事情みたい、ココットちゃんはわたしと同じ普通の人だから姓はないみたい。

 ルカの姓のフラミドール、ここにきて初めて聞いたんだけど南の都市の領主の一族を表す姓だって。めちゃくちゃいいところのお坊ちゃんなのね。


 お話をしていると、夕食を食べること無くその日はいつの間にか寝てしまった。寝転がりながらのおしゃべりはだめだね……。


「リルちゃん!ごはん!」


 朝一発目からめちゃくちゃうるさい、馬車旅が長かったからか寝坊がくせになっててつらい……。村に居た頃はもっとずっと早く起きて働いてたはずなんだけどなぁ。

 眠い目のままモードに手を引かれて食堂に行ったら、他の皆とローレンツさんが一つの机の周りに座っており、その机には二席空きがあった。


「ふあ……おはようございますー……」


 おはよう、と皆に挨拶を返されて席につくと、美味しそうな香りがしてきて目が覚めた。

 うーん、朝から卵とお肉なんて贅沢だなぁ……ハムエッグを薄く切られたパンに乗せた物が並べられていた。


 パっと香草入りのお塩を振ると、刺激的な香りが広がって食欲が湧いてくる。

 一口食べるとお肉の油の甘い香りと香草の香りが合わさってさらに食欲が湧いてきた。


「うーん美味しい!」


 目を閉じて味わっていると、ローレンツさんが真面目な声色で話し始めた。


「今日はお勉強があるの食事が終わって身支度をしたら、昨日の部屋まできてくださいね」


 せっかくの幸せな気持ちに水をさされたような気がしたけどしかたない……、ゆっくりたべよ。


「ふあー、やだなあ」

「まあ今日だけだしがんばろっ」

「……しょうがない」


 部屋で身支度をしながら話をしているとモードに励まされた、ココット……いや、ココはあまり気にしてないみたい。

 そういえば昨日の夜の話でわかったけれど、ココットは機嫌が悪いとかではなくて単純に言葉がすくないだけで皆と話したりとかは好きみたい。


 最初の授業がはじまった、私達がなんでここにいるのかを教えてくれるみたい。


「まず最初、何故皆さんが呼ばれたかですが、これは簡単に言ってしまうとこの国に魔物がせめて来ているので追い返すために呼ばれました。魔物と戦うために、明日の儀式で特別な贈り物をもらいます。」


 そういうことね、私の村の近くにもよく出るってお父さんがいってた。

 周りの子をみると、ルカとモードは楽しそうにしていてココとクライドはあんまり興味ないみたいかな。私は……まだわかんないけど。


「そして贈り物を持った人の子供は、その力を少し持ってうまれてきたりします。なので贈り物を持っている人は、いずれ各季都の領主の血に入ることになります」


 ってことはルカも何かしらそういう力をもってるのかな。ってちょっとまって、それってもう結婚先が決まってるってこと?!


-----------


 一人目の先生が授業を終えて部屋を後にする。休憩を挟んで先生が入れ替わる。


「私はこの国についてお話させていただきます。今ここ、王都アルモニカを中心に東西南北に都市があります。各都市を治めるのは、一部例外もありますが贈り物を持っていたり特殊な力を持っている人ですね。この先説明することはまだ覚えなくてもかまいません、いずれまた勉強するはずなので」


 コホン、と咳払いをして先生が続ける。


「まず西の春都フロレアールは1から3の月に賑わう都市で、酪農が発達しています、後は魔法にも精通していて、魔法道具……いわゆる魔道具の開発も王都と協力して行っています。あとは西と北の大陸の魔物から王都を守っています」

 ふんふん……。


「東の秋都グランディエール、7から9の月に賑わう都市で、農作物や食肉等の食資源が抱負です、ただし北、東、南東の大陸からの魔物の侵攻を受けていて二番目に危険な都市になります」

 美味しいものがたくさん、いくならここかな。ふふふ。


「南の夏都フラミドール、4から6の月に賑わいます、気温が高く水が少なく食品事情もあまり良くありませんが、香草やここにしかいない特殊な生物から取れる油や特徴的な布製品が特産品です、侵攻は東と南東からの大陸で比較的安全です」

 ルカの所か、さっき食べた香草はフラミドールからきたのかな。


「北の冬都アイオーズ、10から12の月に賑わう都市ですね。フラミドールとは逆で気温が低く、食料は少ないですが、寒さによって質の良い木材がとれます、西と東と北の大陸から攻められており魔物の侵攻が最も進んでいる危険な地域です」

 うちのとこ一番危ないところだったのかー、そういえばアイオーズより王都側なのに魔物の討伐するひとが宿にとまったりしてたもんね。


「特に北の大陸の魔物に関してですが、他とは比較にならないほど強いので学園から毎年応援を出していますね」


 ちなみに、と先生は前置いて続けた。


「賑わう、というのはその月に魔物の侵攻が激しくなって軍や討伐専門の冒険者が集まる、という意味です。」

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