死にたくないの!

CM

第1話 突然話の始まりを

「ふあ……すっごい……」


 目の前には石畳が敷き詰められた大きな道、道の彼方には純白の壁をもつ大きな城、ずっしりとした石造りの店が道沿いに並びその間を忙しそうに人が行ったり来たりしていた。

 田舎から出てきたばかりの私には街の動き回る景色は見ているだけでくらくらしそうになっていた。

 目がその光景になれてくると期待していた気持ちがそのまま不安へと変わっていく。

 気がつくとくるくると自分の髪を指に巻きつけていた、自慢の青い髪……普段は首筋で縛って背中へと流していただけだったけれど、今日は肩から前へと垂らしていた。 


「王都は初めてっていってたっけ?」


 故郷の村から王都アルモニカまで運んでくれた御者さんに聞かれた。

 笑顔が可愛いおじいちゃん。うーん……可愛いは失礼かな?


「はい、今まで村をでたことがなかったので」


 本当は故郷の村で生まれて、育って……きっと誰かと結婚して、村の中で一生を終えるはずだったのに。

 だから外の世界になんて興味を向けなかったし、そんなものは必要なかった。……ウソ、行きたいって思ったことはちょっとだけある、ほんの少しだけ。


「そうかい、私は運ぶ事しか聞いてないけども……王都はこわーいところだからね。 ちゃんと気をつけて行くんだよ」


 気をつける? 何に? 田舎の子供一人どうしたっていいことないと思うけどなぁ。


「はーい」


 そうは思ったけど、一応しっかりと返事をしておく。

 バイバイ、と手をふっておじいちゃんと別れると街の真正面に向き直す、すると不安な気持ちは少しだけなくなっていた。

 

 辺りをきょろきょろと見回しながら石畳を進むと、酸っぱいにおいや甘いにおいがごちゃ混ぜになったにおいを感じる。


「うぇぇー、気持ち悪い」 


 都会のにおいっていうのかな、あんまり好きじゃないな。 

 目的地の神殿まで後どれくらいあるのか、そもそもどこにあるのかがわからなくてまた不安になってきた。

 地図をもらってはいるけれど、簡単な物すぎてちょっとよくわからない。 

 しょうがない、お小遣いもあるし何か買い食いついでにきいちゃおっと。


 とはいっても周りで売ってるもの……見たこと無いものおおすぎだよぉ。

 うーん……喉乾いたし飲み物がいいな! あそこのお茶を売ってるところにいってみよう。


「どうしたの?」


 メニューを見てもなにがなんだかわからない私に店員さんが聞いてきた。そりゃそうだよね、メニューみて唸られてたらきになるよ。


「喉がかわいちゃって、少し甘くてスッキリする物が欲しいんですけど、ううん……故郷にはないものばっかりでわからなくて」

「スッキリかー、じゃあこのチャイっていうやつがおすすめかな? フラミドール産のスパイスが入ってピリっとスッキリ気持ちよく飲めるよ」

「んんー、じゃあそれくださいな」

「ほいまいど。お代もちゃんと、お嬢ちゃん用に少し飲みやすくしといたよ」

「ありがとうございまーす」


 紙製のコップに注がれた冷たいお茶を口に含むとさわやかな甘みを感じた、でもその甘さもすぐにチリチリとした刺激に押し流されてしまう。

 そのままこくりと喉に送ると、喉でも同じように刺激を感じた。不思議とその刺激が心地よい。


「……美味しいぃ」 


 そういうと店員さんが満足そうに笑い、次に並んでいたお客さんの注文を聞き始めた。 

 お尻の方に追いやっていたバッグを自分のお腹のほうに持ってくると、近くの椅子にすわってお茶を楽しんだ。


「あっ!」


 コップの中身が半分程になった頃にやっと目的を思い出した。神殿のこと聞くんだったぁ。

 ちょうど飲みきった時にお客さんが途切れてくれていた、なので店員さんにもう一度声をかけて地図を見せて質問させてもらった。


「あのぅ」

「ん?おかわりかい? 美味しかっただろ」

「いえこの地図のこの場所に行きたいんですけど、わかりますか?」

「んー……?あーあー、アルモニカ様の神殿ね。この地図わっかりにくいな」

「わかるんですか?!教えてください!」


 店員さんは少し難しそうな顔をしてから店からでてきた。


「ちょっとまっててね」


 そう言って何件か先にある扉のない建物に入っていき、カチャカチャと鎧の音をさせた兵士さんを連れて戻ってきた。


「兵士様この子です、アルモニカ様の神殿に行きたいらしいのですが迷子になったみたいで」


 迷子! 私が! 迷子!? 迷子か……、迷子だ。


「はいわかりました、後はこちらで話を聞きます」


 兵士様はそう店員さんに言うと、頭をすっぽりと覆っていた兜を脱いで膝を折る。


「えーと……名前を教えてもらっていいかな?」


 その顔を間近にして最初に思ったことは、綺麗だ……。 声を聞くと男の人ってわかるけれど、着る服次第じゃ……。


「どうしたの?」


 目をみたまま動きを止めていた私に兵士様が心配そうに声をかけてくれた。

 

「えーと、名前は?」

「リルティラ……です、神殿に来るようにいわれてここまで来たんですけど、迷ってしまいまして」

「そうか、この時期にこの年齡で神殿ってことは……」


 つぶやいたことの意味がわからなかったので少し首を傾げる。


「ふふふ、とりあえず神殿に案内するね」


 手を差し伸べられたので握ると、そのままゆっくりと歩き始めた。

 さっきの一言が気になっていたのでじっと兵士様の顔をみていると、すぐに気づかれてしまった。


「ん?どうしたの?」


 私の視線が気になったのか、質問をされた。


「いえ、兵士様綺麗だなあって思って」

「ふふ、ありがとう。 でも俺は男だよ」


 まあそうだよね、手は大きいし、背もでかいし、声もね。


「ありがとうございました」

「これも仕事だからね、じゃあ……これから大変だろうけど頑張って。本当に」


 別れを告げ、大きな神殿を見上げた。


「ついにきちゃったなぁ……」

 そう口に出して一ヶ月前の事を思い出した、ここにくるきっかけになった出来事を。




――


王都から北の都市を繋ぐ街道沿いにある小さな村が私の故郷。



「ふあ……」

 

 まだ外は薄暗い、段々と涼しくなる……ううん、段々寒くなってきたから起きるのが辛い。

 それでも頑張ってベッドから降り、夜寝る前に部屋に持ってきておいた水桶から水を取って髪を磨く、本当はしっかりと洗いたいけれどそんな贅沢は中々出来ない、時間は待ってくれないから。

 髪を洗ったあとは水に布を浸してぎゅっとしぼり体を拭く。 お客様の前に出る前に出来る限り体を綺麗にするのはうちのおやくそくの一つだ。


 体を拭いた後はさっと仕事着に着替えてリボンで髪を縛る、よーし……がんばろう。 

 支度が出来る頃には眠気も覚めてあくびも止まっていた。


 おはようございます、と両親に挨拶をして桶を見つめる。


「井戸お願いね」


 私の次の仕事は水を汲んで台所の瓶に水を満たす事だ。

 台所からでて家の裏手に自分の体を拭いた水を捨てると、台所用の桶に持ち替えてさっと井戸に向かう。

 井戸は村の中央にあって皆で使っている、こんな朝早くに汲みに来る人は殆ど居ないけれど……。


「せーのっ」


 一人で気合を入れながら井戸の取っ手を引き上げる、この重さにはもう慣れたので別に掛け声はいらないけど、声を出したほうがスッキリする。

 今度は体重を乗せて取っ手を押し下げる、するとゴボゴボと音を立てながら桶に水がそそがれた。

 慣れたと言っても桶一杯に汲むと運べないので、水の量は運べるくらいに押さえておく。


「ほい!」


 桶の底に手を添えて持ち上げるとずっしりとした重さが私の腕にかかる、井戸と家の距離が近いのでなんとかなるけど、遠い家の子は大変だよね……。

 せっせと井戸の水を汲んで瓶に水を入れていく、桶がそんなに大きくないので終わる頃には料理も出来あがり、泊まっていたお客様たちも起き出してきた。



「おはようございます」


「おはよ」

「よーす」

「……」

「ねみぃ……」


 起き出してきたお客様ひとりひとりに丁寧に挨拶をすると、それぞれから違う挨拶が帰ってくる。

 返してくれない人もいるけど、それも含めて私はこの瞬間が大好きだった、ちゃんと私を見て声をかけてくれるのがたまらなく嬉しい。


 私はお父さんが作った料理を順々に出していきお客様がそれを食べていく、その後に残した料理を家族で分けて食べる。

 食事が終わったらお布団を干したり、寝具を洗ったりしてベッドを次のお客様のために綺麗にする。


 平凡だけどそれなりに楽しく過ごしていた。 でもある日普段と色の違うお客様が来たことで私の大きく人生が変わってしまった。



 その日はお客様を送り出した直後位に王都のほうから兵士様が来ていて、お父さんとお母さんの両方と話をしていた。 大人の話だからと外に出された私はぼうっと外で待っていた。

 ある程度時間がたった頃にお父さんが家から出てきて私を抱きしめる。そして一緒にくるようにと私に囁くと、返事をする間もなく手をひかれて家の中へと戻った。

 食堂の大きな机を囲むように配置された椅子の一つに私は座り、その左右に両親が座る、そして私の正面に兵士様が座った。


「えーとだね……」

「私から話させて下さい」


 兵士様の言葉をお父さんが遮った、そして私のほうを向かずに話し始めた。


「簡単に言うとお前を王都で引き取りたいという事だ」

「え、どういうこと?」

「お前の力を借りたいそうだ、詳しい話は王都についてからゆっくりと話す事になっている」


 借りたいとはいっても、決まってることなんだと思う。


「いつからなの?」

「今日だ」

「ええ?!」


 急過ぎる……、少し目の前がまわったような気がしたけれど、決まったことならと諦めた。自室で支度をしながら村の友達の事を思い出す。

 最初は混乱していたけれど、よく考えたらなんで私が?……まあ考えてもわからないか。王都には行きたくないわけじゃないし、ちょうどいいかも。


 部屋からでて食堂に行くと人の良さそうなおじいちゃんがそこにはいた、王都近くまで乗せていってくれるという馬車の御者さんだった。

 無言でご飯食べてる。っていうか、それ私のお昼ごはんだったんじゃ。


「お父さんお母さん、また落ち着いたらくるね」

「ああわかった、頑張っておいで」


 二人にぎゅうと抱きしめられた、まあもうお別れって事でもないしパッと行って色々頑張ってパッと帰ってくるよ。

 親子の無言の語らいをしていると、夢中で飯を食べていた御者さんがすっと立ち上がった。


「ごちそうさまでした、さあ行きましょうか」

「お願いします」


 兵士様が用意してくれた"見た目より多くはいるバッグ"に出来る限り自分の物をつめこんで馬車に乗り込む。

 御者さんが馬にムチを入れると馬が嘶きいななきあるき始めた。


――これが私の物語の始まり

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