サギ小説家の大炎上裁判

ちびまるフォイ

黙秘します。

「被告人、前へ」


小説裁判がはじまると作者が前に立たされた。


「なにか言いたいことはあるかね」


「あります。たしかに今回出版される私の本は変わってるかもしれない。

 だからといって、小説裁判で有罪になって世に出れなかったら

 それこそライターの創作意欲をうばってしまいます!」


「ふむ……」


「この裁判は注目されている裁判なんです!

 裁判長もどうか慎重な判断をお願いします!!」


「わかりました。検察側はなにかありますか?」


裁判官は話を追及する検察側へとうつした。

検察はまってましたと用意していた攻撃材料をいっきに広げる。


「この小説はあまりに中身がなさすぎます。これは前例がありません。

 中身のない小説を買わせることは詐欺に等しい犯罪です。


 裁判長、有罪にしてこの本を世に出る前に出版差し止めをお願いします」


「ふむ……それはでも、個人的な感想ではないかね?」


「いいえ裁判長、ここにデータがあります」


検察側は裁判長の質問を見越して資料を準備してきていた。

その手際の良さにすごうで感がびしびし伝わる。


「男女すべての年代にアンケートを実施しました。

 お手元の資料をごらんください」


「むむ……たしかに有罪派が多いですね」


「じょ、情報操作をしてるかもしれないだろ!」


「作者、静粛に」


作者はぴしゃりと叱られて席に戻る。

このままでは検察側にいいようにされてしまう。


あとは高い金で雇った弁護士にかけるしかない。


「弁護人、なにかありますか?」


来た!!

作者は弁護士に期待を込めた熱い視線を送る。



「なにもありません」



「んなっ……!」


逆転裁判もかくやというほどの熱弁護を期待していた作者は面食らった。

ふたたび検察側のターンへと移る。


「いいですか、ちまたにあふれている小説はストーリーがあり

 そこには作者のメッセージがあります。

 しかし、この小説にはなにもない! ただの紙なんです!!」


「弁護人なにかありますか」


「ありません」


「ええええ……」


検察は調子づいてまだまだボロクソに小説の穴をつつきまくる。

作者は耐えきれなくなって休憩を志願した。


「いったん休廷します!!」





「……はぁ、どうなってるんだ」


トイレの個室で落ち込んでいると壁を隔てた先で話し声が聞こえた。


「くくく、ナイス弁護だよ」

「それほどでも」


「この声……さっきの弁護士と検察じゃないか……」


作者は静かにきき耳をたてた。


「いいのかい? 高い金で雇った依頼者を裏切るようなことして」


「いいんです。僕は弁護士などといってますが、もともとは検察。

 あなた方の味方ですから」


「うれしいこと言ってくれるじゃないの。

 それじゃあ、この後の裁判を考えてみてくれ。そいつをどう思う?」


「すごく……検察有利です……」


作者はがくぜんとした。

弁護士が弁護しないのも、検察の息がかかったエセ弁護士だったからだ。

これでは気持ちの入った弁護なんて期待できない。

というか、弁護士として成立していない。


「どうすればいい……どうすれば俺の本は売れるんだ……」


トイレで必死に頭を振り絞って、作者はふたたび法廷へと戻った。



「では、開廷します」


「検察側から言わせてもらうと、この小説を出したことに罪悪感はないんですか?

 金を出して買った人に申し訳ない気持ちはないんですか?」


作者はトイレで決めた作戦を実行へと移す。



「黙秘します」



「黙秘……いいでしょう。では、この小説を出した理由を教えてください」


「黙秘します」


「あなたはこの小説を、小説と呼んでいいと思ってるんですか?」


「黙秘します」


「1+1=?」


「黙秘します」



「このっ……!!」


徹底した黙秘攻撃に検察側はストレスが爆速でたまっていく。

けれど、優秀な検察は作者の黙秘スタンスを見抜いて追及を辞めない。


「あなたはこの中身のない、登場人物もない、世界観の描写もない読み物を

 ちまたに出して印税をかせごうとしているのではないですか」


「黙秘します」


「ええ、言えないでしょうね。言えば裁判長に印象が悪くなるから」


「黙秘します」


「そうやって黙秘しているのも、自分の読み物のボロを出さないための策ですね」


「黙秘します」


黙秘したところで、検察はサンドバッグを殴るかのごとくの猛攻撃。

裁判は誰が見ても検察有利で進んだ。


「裁判長、作者はどうやら答える気がないようです。

 これ以上、私が追及してもこの作品のうすっぺらさが露呈するだけなので

 はやく答えを出してください」


「わかりました、では判決は…………作者を無罪とします」


「「「ええええええ!?」」」


予想外の結論に検察も、裁判を見守っていた傍聴人も、地球の裏側にいる部族の長もびっくりした。


「裁判長!? なぜ無罪なんです!? どうして本を出させるんですか!?」


「だ、だって……ずっと本のタイトル言ってるし……」


作者が作った本『黙秘します』が裁判長は気になって仕方なくなっていた。

裁判でも連呼していたので宣伝になっていた。


「あんなにこき下ろしたのに!? それでも読みたいんですか!?」


「逆に気になっちゃって……これにて閉廷!!」


作者の作戦通り、裁判という場を炎上商法の場にする作戦はぴたり的中。

無罪放免で出版にこぎつけただけでなく、裁判をきっかけに話題の本となった。



そして、本を手に取って読んだ人はみな同じ感想を持つ。


「こんなの……こんなの詐欺だろ!!!」


裁判長もおもわず叫んだ。



まさか本の内容も黙秘されているとは誰も思わない。

本には「黙秘します」の文字だけが記されていた。

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