第4話 鏡の国のオタク

物心ついたときには僕はオタクだった。

学生の時分にアニメ、漫画、ゲームに傾倒し、周りが関心を寄せるスポーツやファッション、異性などに費やすリソースはなかった。


僕は幸せだったのかはわからない。当然のように日陰者扱いもされた。

だけど、もしも僕がオタクでなかったなら、僕に何が残ったのだろう。

成績は中の下、運動音痴、器量も悪く、ユーモアのセンスもない。

けれど、僕がオタク文化に傾倒しているうちはそんな自分の実情も周りの目線も何も見えなくて、それは幸せだったのかもしれない。


数年が経ち、僕は社会人となった。

日々の忙しさの中で、今まで自分を惹きつけていたものをひとつ、ふたつと手放した。

気が付けば僕は自分のよりどころであるオタクですら無くなってしまって、毎日機械のように働いて生きていた。


7時に目覚まし時計が鳴り、起床する。

僕の精神はすでにずたずただった。

顔を洗うために洗面所に向かった。


鏡に映る僕を見る。

鏡の中の僕が言う。


「君がすてたものは僕がすべてで預かっているよ」


僕は鏡の自分が何を言っているのかすぐにわかった。


「取り戻したければいつでもこちらにくるといい」


僕は「そうだな」と返して、顔を洗い、歯を磨き、スーツに着替え外に出た。


失ったものはいつでも取り戻せるのだ。

僕は少しだけ希望を持てた気がした。

永遠とも思える退屈な日々の抜け道が、すぐそばにあることがわかったのだ。

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