ドラゴン討伐 1

「俺を勇者とは呼ぶな」

俺が唐突に告げると、ミーシャはきょとんとしていた。

「まあ、アスラン様が嫌がるようなことはできるだけしないつもりですが、ご自身が勇者であるということを常に確認することは大事だと思いますが」

「いや、とりあえずお前の口車には乗ったが、そこはまだ信用していない。俺は、自分をそんな風に思わないし、今までと何ら変わらない」

俺は突き放すように言い放った。

「それから、様もいらん」

「はあ、ではアスランと……。やれやれ、どうやらまだまだ心は許してくださらないようですね」

ミーシャは「はぁ」とため息をつく。

俺とミーシャはあれからすぐに旅に出た。

周囲への聞き込みでここが、アストリアから北に遠く離れた土地、ルーン王国領ロマリア地方の片田舎だということが分かった。

ルーン王国はアストリアとは古くから同盟関係の国で、アストリアが劣勢に立たされているいま様子見を決め込んでいるようである。自然が豊かで、水がとても美しい国だ。

 俺は今途方に暮れている。とりあえず行動を起こしてみたものの、まるで考えなしだ。行く当てもない。ミーシャが言うには、運命の方から向かってくるから、ぶらぶらしておけば俺が求めている方向に事は進んでいくとのことだった。それが勇者というものらしい。

 暫く歩いていると、洞穴にたどり着いた。人気のない湿気に満ちた場所だ。

「さしずめ、蛇の巣だな」

「あながち間違いではないと思いますよ。ここは、ドラゴンの巣です」

ドラゴン。

この世界では、たちの悪い魔獣だ。

古代の蛇が進化した存在で、非常に狡猾な悪智慧を働かせることで有名だ。

彼らは人の姿に化けることもできるという。

空を飛ぶ巨大な竜の姿で町や村を荒らしたり、時には人の姿で化けて出ては人々を悪い方向へと導くのだ。

「そうだ!」

ミーシャは何かに閃いたのか手をぽんと打つ。

「ドラゴンを討伐してみませんか?」

「ふむ」

確かに、戦闘の経験を積むにはいいかもしれない。

「ドラゴンは、魔に属する存在です。それと接触することでアスランの運命に何等かの進展があるかもしれません」

俺は、ミーシャの助言に従うことにした。

 中に踏み入れると、そこは異世界であった。入口は邪悪な存在の住処とは思えないほど美しい鍾乳洞である。入口から入る光に氷柱が反射して神秘的な小宇宙のような空間を作り上げている。

「ドラゴンとはどういった存在なのだ?」

俺はふとミーシャに問いかけた。根拠はないが、こいつは俺の問いに答えることができる気がしたからだ。

「ドラゴンは。まあ、邪悪ですね」

ミーシャは苦笑いした。

しかし、なにか含みのある表情である。

「気まぐれで、面白いことが大好きな生き物です」

「なにか、聞いていた情報とは違うな。もっと、人類を地獄へ落とすために地獄から這い上がってきたような存在だと聞いていた」

「いえいえ。そんな大層なものではありませんよ。彼女たちは、ただ退屈を持て余しているだけです。ただ、人間にとっては間違いなく邪悪なのですが……」

ミーシャは悲しそうに言う。

そこで、ふと気がつく。

「彼女たち??」

「はい。ドラゴンはすべて女性です。ご存知ありませんでしたか?」

「数世紀前に男性のドラゴンは絶滅しました。しかし、ドラゴンに寿命はありません。殺されない限り生き残ります。ですから、今は女性のドラゴンだけが生き残り、それ以来子孫は増えていません」

 暫く、歩くと入口の幻想的な雰囲気はきれいさっぱり消え去った。真っ暗で、かび臭い洞穴だ。短い枝くらいのサイズの杖に魔術で光をともし前へと進む。このあたりから道も複雑になり、トカゲやネズミの雑魚モンスターの出現が頻発した。それらを、草を刈るように炎の術で蹴散らしながら攻略を進める。

「しかし、まさしく魔境だな。いかにも魔物の住処だ」

「ああ、それも途中までですよ。ドラゴンはとてもお洒落で品性を重視します」

ますます、ドラゴンというものが分からなくなった。そもそも、何故女性だけの存在になってしまったのか。気になることは山ほどある。

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