第2話

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「朝奈はさ、お姉さんと一緒じゃなくていいの?」

 繋がりに介入してきたセンちゃんは、そんなことを私に聞いてきた。お弁当の彩りとして加えられたレタスを口の前で静止しながら、待っている。

「どっちでもいいかな。私が決められることじゃないから」

 姉さんと一緒にいると、私はひとつの存在じゃなくなる。腕を組んで、ぐるぐると回っているといつの間にか同化してしまうような。遠心分離機みたいにわけられることはなく、ただ別の何かになってしまうんだ。遅咲きの自意識を過剰に尊重しているとは思うけど、今さら手放す気はなくて。

 どこまでも青天井な屋上、座っているベンチの隣には「緑化計画、進行中!」とダンボールの切れ端に殴り書きされた看板がある。レンガで作られた囲いに土が盛られていて、知らない植物が植えられているところが、屋上にはたくさんある。それらはみんな、暖かい日差しをその身に注がれて、孵化を待つ卵のように穏やかだった。それを幸せそうに眺めている人たちがいるのだろうか。隣に座るセンちゃんは落下防止の高いフェンスの隙間から、地上にある小さな教会みたいな建物を眺めていた。そう、姉さんはあそこにいるはずだ。

「夕さんは、何を怖がっているんだろ」

「え?」

 間抜けな声が風にさらわれて飛んでいく。一年生であるのを示す青色のリボンが、優雅に水中を泳ぎ回る魚の尾ひれみたいにはためく。センちゃんが感覚でものをいうことはあまりない。なぜ冷凍食品のハンバーグがおいしくないのかを聞くだけでも、彼女は五個以上の理由をきちんとあげて話してくれる、気がする。私なら、料理が好きだから時間をかけたいとしか言わないのに。

 だからその漏れ出た言葉に驚いたのか、口を手で抑えながらわずかに見開かれた目で私を見つめる。こんな顔を見たのはいつ以来だったかな。最後に彼女に話しかけたのは、いつだったか。

「ご、ごめんね。あの建物を見ていたら、何の意味もなく言葉が思い浮かんできて、それを飲み込めなかったの」

 今日の姉さんの担当分だった、少し焦げ気味の玉子焼きを箸でころがしてみる。卵をかき混ぜたのは私だけど、焼いたのは姉さん。

「やっぱり姉さんは、あそこにいるんだ」

 この目で移動するところを見たことがないとはいえ、あぁやっぱり、という感想しか浮かばない。祈るって簡単にいうけど、そんなに単純なものじゃない。姉さんは何に祈っているんだろうか。イルカ? いやいやそんなはずはない、と頭を振って考えなおす。髪の毛が後から付いてくる感覚はなかった。私は夕じゃないから。

「隠すつもりはなかったんだよ。それに、夕さんからうわさ話を聞いて、あそこにいるのかなと思っただけだから」

「うわさ?」

 百年以上続いて、それなりの伝統を誇る夕陽が丘学園高等部には用途不明の建物が何食わぬ顔でいくつか存在している。教会っぽいつくりをしている小屋もその一つだけど、昔から何も信仰していない(とセンちゃんが断言していた)この学校には、わざわざそんな場所を設ける意味がない。けれど、時代に取り残されてしまったかのように、ぽつんと裏庭に建っているのだ。開けるための鍵はなく、扉のつくりがいやに頑丈なので無理にこじ開けるのも難しいそうだ。馬とかそれに似た力持ちの人がタックルすれば可能性もありそうだけど、なんとなくばちがあたりそうとかそういう微妙な理由で放置されている、らしい。

「うん。いるかの声を聴け……ってやつ」

 またいるかだ。太陽光があつい。屋上だからかな。スカートの裾を左手で握るセンちゃん。表現しようのない不安が、彼女にいるのだと思う。私たちが座るベンチの隣にあるのは、気持ち良さそうに葉っぱを光らせる植物たち。太陽が餌を持ってくる親鳥みたいに見えているのかもしれないな。私も飛べたらいいのに。

 キラキラと光るワイシャツの繊維が、衣替えが済んだことを教えてくれる。白いけど、この下にある腕も白だったのかは覚えていない。

 ――どこに?

 ――お母さんのもとに。

 ――無理よ、救いは祈れば来るものじゃないわ?

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