出会いって良いものだと思ってた
「じゃあ、行ってきまーす」
今日から新学期!早く新しいクラスになじめるように頑張らなくちゃ!
そんな思いと共に私、吾壌菜生あがつちなきは軽快な足取りでバックを背負い玄関を飛び出した。
小さな地面の窪みでベルの音が鳴る自転車に追い抜かれながら、新入生を歓迎するかのように咲く、花々散る参道を歩く。
今日は新学期で入学式もある。今年無事進級できた私は高校二年生。悩み、恋多き年頃。しかし入学したのは女子高だった。志望動機は家が一番近いから………不純だよね、これ。でも、工業高校とか商業高校とか言っちゃ悪いけどなんか面倒くさそうだし、将来やりたいことも決まってない私からしたら普通科の学校は気が楽になるというかなんというか。だからこの一年間全うに会話したりした男の人は、弟とお父さんぐらいだったんだけど昨日のアイツ。いったい誰だったんだろう?でも今年から共学化するらしいし……関係あるのかな。というより大丈夫だったかなおでこ。おもいっきりシューズ投げちゃったけど、ま、死んではないから気にすることないか。
夕食のおかずにはしたくなようなこと思い出しつつ歩いていると、後ろから駆け寄って来る音が聞こえる。
「おはよーなきー」
この子は、四里河真枝。私の小学校からの友達。軽い性格で人当たりが良いのだが、それが裏手にまわってしまうこともある子。
彼女は会話の頭から口元を手で隠し、挨拶から続けた。
「ね~聞いた? 昨日うちの学校に男子が侵入してたらしいよ?しかもそいつあの野木を泣かせたとか。怖いね、それになんでもその侵入者って倒れてたらしくてね?その場所がさ~―――」
「う、うん」
ゴクリ。
両手を広げて、
「被服室の前なんだって。びっくりだよ。でも生徒会長がその場を収拾したらしいから大丈夫だったとかなんとか…」
何がだろう。大体、女子高に男子がそれも被服室兼更衣室だなんて……ってもしかしなくても昨日のアイツ!? やってしまった、っていうのはわかってることなんだけど……。ま、もう会うことはないと思うし、いいよね別に。
そんないつも通りの不毛な会話をしていたら、いつのまにか体育館前に来ていた。
クラス分けの表が張り出されていた。
クラスは全部で七クラスあり、一クラスあたり四十人程度が席に座っている。しかし、その人数で窮屈に思わないのは無駄に教室が大きいからだろう。それに比例したようにこの高校は敷地が広い。良いと言えばいいのだが、移動教室なんかが遠くてうんざりしている。廊下動かないかなー。
一組から名簿の上部を追っていく。すると、
「あった!今年も同じクラスね!」
等の毎年恒例の会話が聞こえてくる。
そして自分の名前が六組にあることを確認して一緒に来た真枝に訊いてみる。
「私六組だったけど真枝は?見つかった?」
「うん……私七組だった……。ハァ」
ため息を漏らす真枝の肩に手を置く。可哀想に。
この学校の教室は第一棟と第二棟に校舎が分かれており、手前の第一棟は偶数クラス、奥にある第二棟は奇数クラスが置いてあり、それも七組。一番端っこにまで歩かなければならない。運動部じゃない子も足に多少なりとも筋肉がついてくるという。私は運よく一年の時も六組で偶数クラスだったのでそこまで苦労はしなかった。
そのまま私たちは靴箱に行き、クラス分け表で確認した番号が振ってある靴入れに革靴を滑り込ませる。大体いつも一から三番あたりなので腰を曲げるということはしなくていい。
上履きに履き替え渡り廊下を歩いていく。そこで奇数組とはお別れなので真枝に手を振りそのまま教室へと行くことにする。階段を上がるたび膝が重いことに気づく。春休み運動なんてしなかったからだろう。体重のことは、まあ……明日から。
ブレザー越しにもひんやりと冷たい空気が身体を包む。しかし、教室に近づくにつれて熱気(?)が漂ってきた。
辿り着き、喧噪鳴りやまぬ教室の扉をガラガラと開ける。教室の何割かが私の方を一瞥してまた、友達との会話や読書、スマホに目を落としている。
黒板に書かれた席順を確認して、右から一列目の前から二つ目の席に座る。バッグを横のフックにかける。今日は授業がないので中身は筆箱と財布とスマホくらいしか入っていない。いつもこんなだったらいいのに。
すると、二人の人影が私の前に立った。
「おはよう菜生。昨日のドラマ見たー?――――」
「おはよう。ねえ聞いて聞いて。昨日さ――――」
話しかけてきた二人は高校に入って仲良くなった。ドラマの話をしているのが江梨で、昨日の話をしているのが晴海。
私は友達が多い方ではないが、こうして話しかけてくれる人がいるのは嬉しいことだ。
江梨のドラマの話に適当に相槌をうちつつ晴海の言葉に耳を傾ける。晴海は新聞部で情報通でもおなじみ。そんな彼女が気になることを言った。
「――それで職員室の前で聞いたんだけど、今日このクラスに転入生が来るんだって」
「なにそれ、初耳なんだけど。菜生は知ってたー?」
江梨が自分の話を切り上げ即座に飛びついた。
「うーん、私も初耳かな。どんな子かわかる?」
晴海が「それがね……」と言ったところで、
「えーなになに、転入生とかくんの? テンションあがるわー」
「へーこのクラスに?」
「仲良くなれるかなー」
などの声がしてきた。一番最初に呟いた、このクラスの頂点みたいな女子から波紋のようにクラス中に広がっていく。
「それでーどんな子なの?その子」
女王様が訊く。
それに対して晴海は、
「え、えーと、その……」
どうにも歯切れが悪い。やはり女王様は苦手なようだ。目を付けられたらたまったものではない。私は、すかさづフォローを入れる。
「そーそーで、どんな子なの?」
「それがね―――」
今日二度目だろうセリフを吐き、重要な単語を口にしようとした瞬間。
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、それと同時に先生が入って来た。
「ホラーみんな席に尻つけろー。野犬にかまれるぞー」
独特の席に着けですね。
そのまま先生は黒板に、『酌善悦子』とでかでかと書いた。
「はいー。注目ー。この度、このクラスを受け持つことになりましたー。酌善です、よろしく」
挨拶が仕切りに終わると「きゃーかわいいー」とクラスの九割が叫んでいた。
「うるせー! そういう時はなキレイですねって言うんだよ! 私みたいな体系の方には、かわいいよりもキレイって言葉を使え! 傷つくんだよ心が! 分かったヤツ返事ー」
『はーい』
このクラス、息合いすぎでしょ。
「よーし。では、諸連絡に移る…その前に、転入生を紹介するー。入ってこーい」
ちょいちょい、と先生が小さい手を振る。
そして誰かが重そうな足取りで入ってきたああああぁぁぁぁぁ!!!?
そこに、いたのは私の着替えを覗こうとした昨日の男。その人だった。変態だった。
「じゃあ、自己紹介を」
先生が促して、
「はい、じゃあえーと。宇津木見高校から来ました。柏桐弘幸です。えーとよろしくお願いします!
」
いや、いやじゃなくて……く、ここは堪えるのよ。吾壌菜生。
……………………………………。や、やばい。言ってしまいそうだ。漫画やアニメなどでおなじみの「アンタ昨日のおおおお!」みたいな、ラブコメ臭漂いまくって空気が汚染されるぐらいのセリフを!
しかし、彼が私のことを覚えているかはわからない。どうしよう。
私が自分自身のなにかと葛藤している時何やら周りが騒がしくなってきた。
「せんせーい、転入生って男子だったんですか!」
「うん。もう情報が漏れていたか。おい晴海、あとで職員室にこいよ」
「えーなんで私が!?」
「どうせお前だろ」
「…………」
質問は柏桐なる人物にルートを変えた。
「趣味はー?」
「どういう子が好きですかー?」
「男の子は好きですかー?はぁはぁ」
「どうしてこの学校にー?」
「音楽きくー?」
ひとしきりみんなが聞きたいことを言った後、先生がパンパンと手を叩いて、
「ハイハイ。質問責めはまた後にしてやれー」
「諸連絡だ。まあ今日は入学式だけだから息抜いてていいぞー」
先生が言うセリフじゃねえ。
「さ、ならべならべー」
廊下に並び体育館へ。
彼は一応一番後ろに並んだらしい。
「これからの三年間、学園生活を楽しんでくださいね」
学園長の話が終わり、各担当の先生の紹介に移った。
長い。学園長話長い。もう、背中とか痛いんだけど。
と、思った時。みんな気が緩んだのだろうヒソヒソと私たちのクラスの後方を見て話ている。ああ、彼か。共学とはいえそれは今年の一年生から、二、三年には珍しく(?)映るのだろう。
そんなこんなで入学式が終わった。
教室に戻りホームルームがあった。
明後日からテストがあることなどたわいもないことだ。
「きーつけて帰れよー」
『はーい』
言うが早いか、彼のまわりには二、三人の女子がいた。
なぜだろうここ、元女子高なのに食いつきが悪いな。まあ確かに顔は中の中の下くらいだけど。
背中を押され教室を出ていく柏桐君に教室の後ろに立っていた黒髪ツインテールの落ち着いた感じの女子が着いて行っている。
いつのまにか隣にいた晴海に不思議現象について訊いてみる。
「ねえ他の子どこに行ってるの? 急いで廊下に飛び出してるけど。この高校に男より珍しいものってある?」
「そうそれ! 男子の転入生ってもう一人七組にいるんだって! それもまごうことなきイケメン!だからじゃないかな、あの女王様がダッシュしていったよ」
「へー、もう一人ね」
もう一度彼に目を向けると、周りにはあのツインテールの女子だけになっていた。あそこにいた子たちも同じことを聞いたのだろう。
彼も可哀想だな。ま、どうでもいいけど。聞きたいことはまた明日にでも訊いてみることにしよう。
「ねえ、晴海そういえば江梨は?」
「あの子がイケメンに飛びつかないわけないでしょう? 女王様と競り合ってたよ」
「あはは……。晴海は見に行かなくていいの?」
「まあ別にどうでもいいかな。そういう菜生は?」
「私も。今日なんか疲れたし」
精神的に……。
「でも、真枝喜んでるだろうなー」
「ああ確かに。七組なの?」
「うん、遠いって呻いてたけど」
「ははは、そりゃ喜ぶわ」
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
「うん」
周りに人はいなかった。
「知ってました?管理人さん、もう一人転入生がいたってこと」
「ええ、まあ」
「………いってくださいよ。ちょっとちやほやされるんじゃないかって期待してたんですから」
嘆息して意見する俺をクスクスと笑っている。
「はいはい」
「それにしても、朝からきいていたとはいえ、ホント驚きましたよ。全員女の子だったなんて――――」
コンコン。
ちょうど靴を履いていた時ノックが聞こえた。
「はーい」
「柏桐さん私です」
その綺麗な声は管理人さん!
「あ、少し待ってください。今、出ます」
履きなれたスニーカーを履き、急いで扉を開ける。
時間にはまだ余裕がある。
「どうしたんです? 朝早くから」
「いや、一緒に登校しようと思って出向いたしだいです」
いいいいい一緒に、とトトと登校? 俺と!?
「なにやつ! おぬしまさか管理人さんではないな!? この俺と一緒に登校するなど女子の考えることではないはず……」
仮にも高校一年生の時、誰とも登下校をしたことのない俺だ。自分から誘うなどありえないし、理由もない。そして、女の子とそんなに関わりを持たない(持てない)俺に、女子それも美少女である管理人さんから。本当だったら、去年の俺は泣いているな! 自信ある。
「クククッ! 見破ったか……さすがは我の宿敵……」
「ええええ!? 今まで会ったこともない人に宿敵認定とか、管理人さんそんな軽く決めてはいけません! 宿敵は大親友とも言いますし、それに管理人さんと宿敵になんてなりたくない……」
「……え…………。冗談だったのに、軽く傷つきました……」
「ああああのその、管理人さんとなりたくないとかではなく、管理人さんとはもっと別の関係に問い言ますか……その…。でも宿敵になるのもいささか問題はありません。異能と異能がぶつかり合うバトルものになっても俺は一行にかまいませんです。はい!」
「うふふふ。嬉しいこと言ってくれますね。ま、そんな展開になったら守ってもらうこといしますよ。さ、行きましょう?」
冗談のボールを打ち返され苦笑いしてしまう。
でもまあありがたいな。
「はい、行きましょう」
鉄臭い階段を下り、道路に出る。昨日行ってみて分かったが、ここから学園までそう遠くはない。それに美少女付き。お母さまありがとうございます。
桜の木がずっと先まで並んでいる。正直桜を見ても、「ああ、きれいだな」ぐらいしか思わない。ま、隣を歩く桜ならA4ノートの片方は埋められる。いつのまにかニアニア顔になっていた俺を怪訝に思ったのだろう、管理人さんが訊いてきた。
「どうされたんです?ニアニアして。初対面の人が見られたら軽くひかれますよ?」
「すいません。ナチュラルに俺の心えぐるのやめてくれません!?強度がガラス以下のプレパラートばりなんですよ! ちょっと力強く押しただけでカバーガラスと一緒に割れちゃうんですよ!」
「はいはい、以後気をつけるようにするかもしれません。それでどうされたんです?」
わざわざお茶を濁したのに。
「い、いやいや。その…あ、あれだ!新しい学園生活に胸を躍らせてたんですよ!そうそうで、どんな学園なんですか?俺の転入先は」
「ま、ざっくり言うと女子高です!」
きらっ☆
ウインクまじりのとんでも発言。ウインクは当然、脳内フォルダに保存した。
確かに、昨日学園に行ったら男子生徒と姿は見えなかった。そういうことだったのか。
「いやいや、冗談はやめてくださいよ。おかしいじゃないですか、ならなんで俺って転入できたんですか?」
「まあ〝元〟なんですけど」
「はえ?」
「いやだから共学になったんですよ。今年から」
「というと?」
「だから、今年から共学。当然入ってくる一年生は男女混合。しかし、二、三年は女子だけ。女子オンリー。この微妙な時期に入ってきた、それも二年生に。ということは?」
ゴール前のパスをお受け取る。
「二年生に男子は俺一人だけ!!!? ホントですか? マジですか!」
あ、やばい。ちょっと嬉しいような、なんだろうこの感じ。新学年からだから、クラス替えの延長みたいに思ってたのに……。緊張してきた。絶対肩身が狭くなる。
管理人さんはコクンッと頷いた。
ハア…………。
ああ憂鬱だ。
負けてしまった。
ポジティブな自分が………。
「ま、でもよかったですよ。他にも男子がいて。安心しました」
「仲良くなれるといいですね」
「はい。とそういえば管理人さん、友達とかと帰らなくていいんですか?」
「ええまあ、私友達いないので」
一瞬顔が真っ暗になったような気がした。
「………………………」
「………………………」
なんだこのいたたまれない空気。重い、重いよ!
「だ、大丈夫ですよ。お昼一緒に食べましょう?ね?」
「そうですね………」
俺達はこの言いようのない空気の中帰っていった。
ブーブー。
携帯のバイブレーションが鳴った。
もう十二時前だぞ。誰だ?
画面をタップし、メールを開く。
FROM:母
Title:明日のこと
明日の夜は予定を空けておくように
用事があるのでそちらに行きます
ーーーーーーーENDーーーーーーー
……………………………?
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