彼の犯罪行為について

 柏桐さんと別れて一時間と少しが過ぎました。図書室にいれば時間もつぶせますし、すぐに相手も見つけることができるだろうと思い、椅子に深く座り本を読んでいたのですが来る気配がありません。どうしたのでしょう。

 私は職員室に行くことにしました。




 「すみません酌善先生はいらっしゃいますか」

 ちょうど通りかかった数学の先生に声をおかけします。職員室を離れる際、柏桐さんが酌善先生を呼んでいたのを思い出しました。


 「ああ、机に突っ伏してなんか呻いてたよ」

 「ありがとうがざいます」

 お礼を言い、出向こうとしたら「年齢とかはきかないほうが良いと思うよ」と言われました。

 なんのことでしょう。見た目から察するに飛び級したの? と疑うばかりの身体つきをしていらっしゃいます。そういえば、昨年臨時で入ってきた若い男性教員に「お若いですね」と言われ、廊下のど真ん中でアッパーカットを決め込んだとか、ないとか。

 それにしても出入り口からいやな空気が漂ってきています。怖いです。


 「失礼しまーす。酌善先生……」

 と震えた声で言ったところで私は気が付きました。なにか先生は「なんで私ばらしちゃったんだろうボソボソ」と聞き取りずらい声で呟いておられます。それに回りの先生がこちらを、というより酌善先生を凝視しておられます。どうしたのでしょう?


 「先生。先生。おーい、酌善先生お聞きしたいことがあるのですが…」

 「うん? どうした。おっぱいの育て方とかは知らないぞ?」

 「いやいや聞きたいのは、先生の願望じゃなくて柏桐くんのことですよ。先ほどいらっしゃたと思うのですが、どちらに行かれたかご存じですか? 一行に帰ってこなくて」

 「ああ!? だれが幼児体系だって? これだって元バスケ部だぞ! 活躍してたんだよ! なのにどいつもこいつも子供扱いしやがって。電車も子供料金で乗れるわ!」


 もう自分のことを卑下しているのか誇っていいるのかわかりません。おそらく前者だと思いますが。ってそんなことより、

 「じゃなくて柏桐くんです。知ってるんですか? 行先とか」

 「? ああ、あの子なら被服室に制服を取りに行きましたよ。まだ帰ってないんですか? 心配ですね野木先生につかまってないといいのですが」


 野木先生とは、丸眼鏡の似合う生徒指導担当の女性教員で、そこらの不良グループを締め上げたと言う噂を聞きます。学生時代も相当荒れていたらしく、そっちの方にも顔がきくとか。どうしましょう転入生と知らずボコボコにしていたら。お顔が梅干しのように赤く、しわくちゃになってしまいます。


 そう思うといてもたってもいられません。先生がなにか言いかけていたような気がしますが無視して、職員室をでます。

 大急ぎで被服室へ向かうとなにか人だかりができていました。色々な部活の練習着が見えます。たしか更衣室がたりなくなったら、被服室を使っているとか。しかし、なぜ止まっているのでしょう。そこで手近にいた、卓球部の練習着を着ている方に尋ねてみます。


 「岸織さん。なにかあったのですか?」

 「ああ、男が倒れてるんだってさ。変だよねえ、ここまだ女子高なのに。しかも被服室の前でさ。下着ドロかな? なんにせよ、気の毒にねさっき誰かが野木呼びにいったって。可哀想に」

 ! そこで私は一応確認のためその「下着泥棒(仮)兼可哀想」な男の人を見に行くため、人込みをかき分けながら前に出ました。


 まあ、驚きはしましたがそこには仰向けに寝っ転がっている柏桐さんの姿がありました。

 「おーい、起きろー。おーい」

 一人に生徒が頬をペチペチと叩いています。

 パチリ。

 やっと両目を開いた柏桐さんは、首を360度上下左右に回して情報の取得を行っています。そして私と視線の交差があってから開口。

 「え?何この状況!さっきの衝撃で天に召されたか。しかし、見た顔がある。……あ、管理人さん!ってイッタ」


 額を手のひらでスリスリ。痛みに耐えながら立ち上がりました。その途端周りの生徒が一斉に身を引きます。やはり女子高なので皆さんは驚いたことでしょう。私もノリで引いたのですが。

 その光景を目の当たりにして彼は涙ぐんでいます。きっとガラスのハートなのでしょう。メンタルの砕け散る音が聞こえてきそうです。後でコーヒーでも買って差し上げようかと思いながら声をかけようと近づいていきます。


 するとそこで「どいたどいた」と少々息切れ気味の声が飛んできました。野木先生のようです。

 声の主が暴力を暴力でねじ伏せることのできる人とは知ってか知らずか、柏桐さんは強張って棒立ちになっています。

 状況の処理にも戸惑っている時に、誤解を招くであろう人物がそこに。面白そうな展開になってきたので知人から傍観者へとシフト変更するべく人だまりの中に身を隠します。さすがに生徒たちの前で鮮血飛び散る大胆行為にでるとは思いませんが、そうなる前に止めるとしましょう。


 「おい、お前」

 どすの効いた一言が、柏桐さんの心に10のダメージを与えます。

 「は、はい。な、なんでしょうか軍曹!」

 や、ヤバイ。という風にわなわな震えています。柏桐さんは三等兵くらいでしょうか。

 よくわからない言動に周りの生徒達もクスクス笑っています。

 「誰が軍曹だ! 女王様と呼べ、この変態不法侵入者。お前のせいで、かき氷溶けちまいそうなんだよ。春休みくらい休めや犯罪者。こっちは休みの日でも駆り出されるとかごめんなんだよ。今日は合コンがあるから色々考えてたのに、お前のせいでとんだじゃんか。折角男落とす良いプランだったのに……親に紹介できると思ったのに………グスンッ」


 三十路女性の嘆きがこの場を支配しました。集まる視線。

 その視線は、

 『どうでもいーわ。そんなこと』と語っていました。

 可哀想なものを見る、同情の眼差しがなかっただけでも良い(?)のでしょうか。

 結婚できない女の叫び。容姿もスタイルもいいのにどうしてでしょう。

 そして、先生から発せられる空気はしゃべったらコロスと言っています。なにか誰かが喋ったら、それをトリガーに泣き声が学校を包まんとするでしょう。

 この言いようのない静寂と、カウンターが設置された空気を霧散させたのは――――

 「はいはーい。茶番は終わりでーす。皆さんここは私が取り持ちます。安心して部活動に励んで下さい」

 パンパン。

 金色に光る髪をゆらしながらこちらに向かって歩いて来られます。情報を聞きつけていらっしゃったのでしょう。 

 手を叩いた彼女に反応して、皆さんは散り散りに戻っていきます。私は柏桐さんを弁明しなくてはならないのでこの場に残ることにしました。




 「で、貴方は? ホントに変質者なので?」

 わざわざ体を起こしたのに一言もしゃべっていない変質者(仮)に場を仕切った彼女は訊きます。

 あ、先生はまだうずくまっています。

 「そんなあなたは、教師という風には見えませんが」

 「質問に質問で返さない。私はここの生徒会長だ。よろしく変質者。触らないでくれよ妊娠しそうだ。私は処女だがくれるなら好きな奴に上げたい。オーバー?」

 小ばかにした口ぶりで回答する我が校の生徒会長。


 「なにがオーバーだ。初対面のそれも異性相手に、自分の性事情を暴露するお前の頭がオーバーだわ。回路が燃え尽きる寸前だわ!」

 「うるさい童貞だ。あなた、そんなのだから彼女の一人もできないんだよ。ホント昔から何も変わってないな」

 ? 昔に面識が。まさか、転校先の生徒会長が幼馴染のラブコメ必至のあのパターン!? 困った顔をしながら遠くを見据える柏桐さん。思い出とかを探っているのでしょうか?

 「幼きちょっと嫌な思い出が多すぎる記憶を探したけど、なにひとつひっかからないぞ! ちょっと嬉しかったのに嘘はやめろよ嘘は。嘘つきは詐欺やろうの始まりだぞ!」

 「なんですかー、これくらいのことで。私と幼馴染がそんなに良かったのか?嘘と借りパクは地球人類のほとんどがやってることだぞ」

 借りパクも!? ……心あたりがある。


 「ていうか、なんで俺が童貞ってことしってんだよ! なんだお前、サイコメトリーでも使えんのか」

 「ホントにうるさいな。で、お前ってまじなんなん?」

 やっと本題にお戻りになられるようです。

 柏桐さんは面倒臭そうに、無実を明らかにします。

 「はあ、俺は柏桐弘幸でーす。明日からここに転入することになったもので、今日は挨拶できましたー。そして、なんで被服室にいたかというと制服がここにあると聞き、取りに来たしだいでーす。ほれ、中見てみろ」


 指が教室内の後ろの席の右端を指しています。 

 言われるがまま、私と会長の二人は中を覗きました。ああ、本当ですね。確かに、男性用の制服が畳んで透明な袋の中に入れられていました。

 「まだ、疑うんだったら酌善先生もしくは校長? 学園長? にでも聞いてくれ。おらぁ無実だ。な、管理人さん?」

 「は、はい。会長、この方は本当に転入生ですよ。そのため私がこの学園に案内しました」

 突然振られて驚きましたが、弁明するのが私の役目です。


 「だ、そうですよ。野木教諭、どうします? 帰ります? やけ酒ぐらいは付き合いますよ。なんだったらおごりましょうか?」

 そう言って会長はかがみこんで先生を介抱しています。

 「じゃ、この人保健室に連れていくから。悪かったわね転入生、疑ったりして。ま、学食くらいはおごってやるよ」

 お金もちなのでしょうか。誰にでも奢るってお腹大きいのでしょうね。

 「ああ、よろしくな会長。先生にもよろしく言っておいてくれ」

 彼女は、柏桐さんの言葉を背中に受けつつ、先生を背負い歩きはじめました。 




 「さ~て、これからどうするか」

 制服を回収し、ひとだんらくしてため息をした彼はやはり、疲労感が滲み出ていました。そこで、私は疑問に思ったことを口にしてみます。

 「あ、あの柏桐さん」

 「なんですか?行きたい場所などあるんですか、喜んで付き合いますよ」

 なにやら目を輝かせておいでです。


 「いや、そうではなく。……なぜあんなところに倒れていたんですか?そしてその額の傷。おでこをぶつけられたとかですか?」

 「………………………………………なんでだろ?教室に入ってなにかが飛んできたのは覚えてるんですけど………。さあなんででしょうな。あ、でも教室内に誰か一人いたのは覚えています。誰だったんでしょう」

 深く考えておられますが答えが出てくる気配はありません。

 「そんなことが。ご愁傷様です。で、今からどうするんです?やることとかあるのですか?」

 「ん~。一旦帰りますか。なんか変に疲れましたし」

 「そうですね。では寄り道はまたの機会に、ということで」




 校舎を出た私たちは何気ない会話をして帰途につきました。

 アパートに帰り着くと柏桐さんは徹夜とかで眠るとのことです。夕食にお誘いしたのですが荷物の整理があるとかで。少し寂しい気もしますがいいでしょう。

 明日から新学期です。一緒に登下校くらいはしてみましょうか。

 私は少し浮足ながら床につきました。

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