管理人さんは何となく萌ゆる

「転校」良い響きじゃないか。新しい出会い、素晴らしい!!

 でもさ、あんまりじゃない?気合が逆上がりの失敗時みたく空回りだよ。

 なんでも、親父の仕事がてんやわんやで母さんが手伝いにいくとか。そして、ほとんど泊まり込みの仕事なのだとか……。そして、親父の実家が学校にかなり遠いらしく、俺は近くのボロアパートに格納ということらしい。しかも、憧れの都会(だと思う地元からしたら)で一人暮らし!一人暮らし!もう一回言うけど一人暮らし!

 それにしたって誰ともお別れの挨拶無しで去る。虚しい。まあするほどの相手もいないんだが。

 だけどいいのだろうか。俺、転入試験とか受けてないんだけど。聞くと、母さんは親父のコネとかなんとか言っていた。ダメじゃん。それ。


 一晩またいで翌日。

 「ついたわよ」

 母さんの声か。眠気眼を擦りつつ車から降りると。眼前には二階建てのアパート。古くはないが、ホントにぼろいな。大丈夫かこれ。

 「さ、管理人さんに挨拶に行くよ」

 俺の心配をよそにずかずかと歩いていく。

 荷物の整理は徹夜で行った。届くのはまた、明日だそうだ。

 チャイムを鳴らすとガッシャーンとい音が響く。わわわという可愛い声がしたかと思うと、ガチャッとドアノブが回った。

 管理人と聞いていたのでどんな強面の親父が出てくるのかと思ったが、甚だ勘違いらしかった。

 現れたのは美少女。もう一度言うぞ美少女だ。美少女だ!すまん興奮していたから三度も繰り返してしまった。美少女だぞ!

 「大丈夫ですか。なんか大きい音が聞こえたんですが……」

 管理人にデータを上書き保存しながら訊いてみる。どうせ、ボールを落としたとかだろけど。

 「あ、はい一応。いや~包丁落としちゃってアハハ」

 なごむわ~、ってえ!?さっきのガッシャーンは何だったの?

 ツインテールが似合っている頭の手を置き笑っている。日常茶飯事なのか、怖いな。

「それで、えーとどちら様でしょうか」

 「はい、今日から入居する柏桐です。挨拶に参りました」

 「ああ、柏桐さんですね。お待ちしておりました。どうぞ中へ」

 中は質素にちゃぶ台、冷蔵庫などが置かれた、八畳くらいの部屋だ。

 色々な決まりごとをお茶と一緒に言い渡される。ふーんペット禁止なのか、ま関係ないけど。

しかし、ホントに可愛いなあ。俺は上半身をなめるように見る。いや、俺思春期だし仕方ないよね!?許してくれるよね!

 容姿は上の下。煌びやかな黒髪はツインテールにまとめあげられており、エプロン着用。私、柏桐弘幸、もとい健全な男子高校生は裸エプロン……いいや、ここは違うだろ。帰宅した時の、ご飯にする以下略の下りだろ。(←結局最後は私がくるのでエロを求めてるのは相違ない)

母さんが印鑑を押す。手続きが終わったようだ。

 「母さん、これからどうするの?一回家に帰るとか」

 「うん、色々支度があるしね。アンタは一緒に帰るの?」

 「いや、学校も見たいし、そr」

 「あ、そうだった。今日学校に制服取りに行かなきゃなのよ。取ってきて。ついでに担任の先生に挨拶くらいしてきなさいよ」

 ゆっっくりろ風情ある畳から腰を上げ玄関へと向かう。

 「いや、取ってこいつったて学校のどこに?学校の場所は何とかなると思うけど…」

 「ああ、事務室に取りにこいだって。んじゃま後よろしく~。あ、管理人さんこの子のこと、宜しくお願い致します」

 バタンッと扉が閉まる。一礼して母さんは出て行った。

 どうすんのこの空気。なんか他人の親子喧嘩をのぞき見した感じになってるんですけど。気まずい。普通に。

 「あ、あのー。良かったら案内しましょうか?私一緒の学校ですし」

 「………え?」



 女の子と肩を並べて町を歩く……。青春を渇望するものなら恋い焦がれる素敵シチュエーション。しかも相手が美少女。

 やはり、転校はいいものだ。

 学校にいくので私服はダメかと思い、学ランの袖に腕を通す。少し冷えていたので学ランの下はカッターシャツではなく、パーカーを着た。

 まあ財布とケータイくらいでいいだろう。あ、あとショルダーバックも。

 二つを学ランの前ポケットに入れて「俺」(ここ強調)の部屋一〇三号室を鍵をかけて後にする。コンクリートジャングルの空気を肺いっぱいに取り込む。

 錆ついた階段を下り、管理人さんを待つ。

 周りを見回すとあたり前のようにそびえたつ高層マンション群。デケー。

 ポケ~としていると管理人さんがやってきた。

 「さ、行きましょうか。柏桐さん」

 微笑む彼女はエプロンを装着していた。どじっ娘、いいね!

 「そんな装備でどこに行くと?せいぜいスライムでの経験値稼ぎが関の山ですよ」

 「あ、あはは。間違えちゃった」

 きゃふっ、と目くばせ。そして、コツンと頭に拳をあてる。確信犯か?某ヒロインが神設定でちゃんとした名前が出てこない主人公みたいなノリでツッコむ。管理人でぶりっ子まがいの確信犯。苦労しているなこの人。

 「早くしてくださいよっ」

 アハハと流す俺。なんて紳士的!……あ、はい。キモイですねごめんなさい。しかし、都会の人はキャラが濃いというか……変わっているというか。なに?自分を棚に上げるな?しるか、そこから牡丹餅投げつけてやる。落ちる先は正月の俺のお汁粉かな。なんか前落ちてきたんだよね~。いとこにお年玉として、五百円の図書カード(残り残高三十六円)を渡したのがいけなかったのか?今度あったら謝ろ。

 どーでもいいことを考えていたらすぐ管理人さんがやってきた。

 「じゃあ、案内頼みます」

 「うむ、ついてきたまえ。フランボウくん」

 だから、キャラ重ねすぎだって。別に重ねすぎがいいってわけでもないよ?シベリアらへんで着る服じゃあるまいし。

 「すみません。推理小説はあまり読まないもので。ワトソンでおさめてください」

 ここでおしゃべりもまた一興だが、時間の無駄なので管理人さんについていく。矛盾しすぎだろ。

 


 道中、左右に捻る運動を首で行いながら、管理人さんについていく。

 すると、ひまを持て余したのだろう。唐突に管理人さんが口を開いた。

 「都会の景色はそんなに珍しい?私は田舎に引きこもってみたいけど。空気が美味しくていいわよね、憧れちゃう」

 珍しいのはアンタだよ、コンチクショー。どういう教育受けたか超しりてー!

 「珍しい、んですかね。俺、あっちにいた時あまり外でなかったし、でも、さすがに空気が美味しいとまではいきませんよ。そんな日本臭ただよう穏やかなところじゃなくて、都会に中途半端に染まりかかった所でしたしね」

 「そう、それは残念。でも柏桐さんとは趣味が合う気がします」

 にっこり笑う彼女。俺もそう思います!

 しかし、笑顔は良い。良いのだが……。

 「あの、管理人さん何処へ行かれてるのでしようか?一応ケータイのマップを見ている私なのですが、正規あらため最短ルートとは違うのでは?」

 と、言おうとしたが話しかけずらかった。雰囲気とでも表現すればいいのか、どこかこの空気を壊すなと言いそうな雰囲気。しかし、表情は柔らかい。

 だが、そうは言っても、全然地図に記載されていない道を行くのは、それこそ青春の香りを感じざるおえない。きっとその道では色々な物語が巻き起こっていたのだろう。一人の男を奪い合う二人の女子の修羅場。段差で躓き転びそうなところを助けてもらうところから始まる恋。喧嘩別れした幼馴染との約束の地で交差する成長した二人の視線。

 青春してるね!ま、本当だったら、血の涙がでそうなくらい妬ましいよ。

 そこは周りを石垣で両端を挟まれた小道。桜の木漏れ日が微かに照らす地面は凸凹したコンクリの道。

 センチメンタルな気持ちになり、俺は感慨に耽る。こういう場面でふけっちゃだめだろ俺!このワンシーン、貴重な美少女とのワンシーンを胸に刻んでおけ!しかし、明日から新しい学校か。なんで逆接語使ったかわかんないけど。前の学校では友達いなかったからな。でも、俺は転校生となっている今の俺なら友情フラグなんてすぐに建設できるさ!材料は割りばしと厚紙で。費用は抑えるのが賢明である。だから友達できないんだよなぁ……。

 ごほんごほんっ!

 と、とにかく今の現状を喜ぼうじゃないか。脳内では拍手喝采。黄色な声が交錯していた。

 やっぱこういう時って俺から話た方がいいのかな。女性との付き合いがオオサンショウウオばりに少ないから分からん。リア充すごいなオイ!

 「あ、あの―――」

 「見えましたよ。あそこが学園です」

 あ、タイミングの見計らいをミスった。すみません軍曹!

 だから、上手くしゃべれないんだよね。

 管理人さんが指さす方を見る。逆光で上手く捉えることができなかったが、だんだんと慣れてきた。

 ほへー。デケー。やべーめちゃ煌びやかじゃん。女の子の臭いが漂ってきそうだ。(現国の成績は三)

 「こっちよ」

 先導され俺は、カキーン!の気持ちのいいバットとボールが衝突する音を聞きながらグラウンドの横を通り過ぎ、ダムダム鳴り響く体育館前を通って昇降口に辿りつく。

 そこから、階段→図書室前→階段→応接室横と行き、職員室へとたどり着く。

 「失礼しまーす。酌善先生に用があってきました。入ってもよろしいでしょうか」

 管理人さんには「あとは一人でいいよ」と言ったら、「じゃあ終わったら呼んでね」と言われた。あ、場所聞くの忘れた。

 引き戸を二回ノックして、入室確認を申請する。「へーい」と間の抜けた返事が返ってきたので中に入る。明日から新学期だからだろうか。慌ただしい教師陣の姿が見て取れる。見回すと手を振っている小柄な女性が見えた。身長が百三十センチメートルくらいか。顔がもう小学三年生。あの人が酌善先生?〇萌先生みたいだな。

 一応俺じゃなかったら困るので、人差し指を顔に向ける。首をコクコクと振っているから大丈夫だろう。

 「こんにちは、酌善先生。柏桐弘幸です。よろしくお願いします」

 社交辞令の感覚で挨拶を済ませる。

 「はい、こんにちは。酌善悦子といいます。よろしく。で、制服だけど職員室の先に行った階段を下りた近くの被服室に置いてありますから」

 ここにはないんかい。

 「はい、わかりました。あ、あと教科書などはどのようにすればよろしいでしょうか?」

 「そーですねー」と口元に指をあてて考えこんでいる。少し和む。

 「あ、そうだ!ここに~プリントが~あったような~。……あった!」

 今にも倒れそうな紙の束の中から器用に取り出したA4サイズのプリントは、教科書の発行元が記されたものだった。東京書籍やKEIRINKANだったり。

 「ここに記載されている会社と違うものだったら始業式が終わった後にでも報告して下さい」

 「はい、わかりました」と言いつつ、プリントを畳んで懐に片づける。

 「他に質問などはありませんか?答えられる範囲でなら答えますよ」

 うーん。質問ねー。あ、あった。

 「では一つだけ………先生おいくつですか?」

 すると、喧噪に包まれていた職員室が一瞬にして静まりかえった。コピー機が作動する音と、PCの排気音だけが聞こえる。職員全員が視線をマシンガン並みの激しさで飛ばしてくる。てか、あんたらもしらないんかい。イタイ、イタイヨー。救護班は何処か。

 沈黙が数十秒続く。

 先生が口を開く。

 そして俺にだけ聞こえるようにして、その柔らかそうな唇を耳元に寄せてくる。

 「…………………………!!!!!」

 紡がれた口から発せられった言葉…………。

 口外いない方が身のためかもしれない。

 内緒の意味を込めて人差し指を立てる姿は、恐怖そのものだった。

 「失礼します」

 淡泊に言って、会釈して身を翻す。

 早歩きで出口へと向かう俺と、ただただにっこり微笑む酌善先生を交互に見るキョウシズ。

 確かめたいならセクハラ覚悟で聞いてみろ。

 職員室を出て、右に身体を向ける。歩を進めて、言われた通り階段を下りる。

 ひっふくしつ~、ひっふくしつ~っと。ここか。プレートに被服室とおそらく手書きだろう行書体で書かれたものを発見した。

 ガラガラと乾いた音を聞きながら入室。後ろにでも置かれているだろうと方向転換する。

 そこには下着すがたぁあああああ!?

 「ど、どうしてここに半裸の女子があ?ここ更衣室じゃないんだけど!?この学園って被服室イコール更衣室ってヤツなの?変わってるね!ハハハでは…………しっつれいしましたぁぁぁぁぁぁあああ――――ぐっはぁ!!?」

 なにかが飛んできた。と思う。

 そこで俺の意識が途絶した。

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