第一章

Track.02 テレキャスター

 ――俺が音楽をやっていたのは、たったの五年という短くも長い期間だった。


 高校時代に出来た親友からゲームやらアニメやらを布教、もとい教えてもらっていたのだが、その親友がバンドもののアニメに嵌ったことがある。丁度高校二年生の頃、そのアニメのCDをいきなり手渡され音楽をやろうと言われたときはこいつ流されすぎだろと思ったものだ。実際に聴いてみると中々かっこいい曲が多く、これまで趣味らしい趣味もなかった俺はその誘いに乗ることにしたのだ。


 その決意をした数日後の朝十一時、俺は電車に揺られていた。就職するまでは実家暮らしで地元にいたので、実家の最寄り駅から電車に乗って神戸の中心街である三宮へと向かう。まるでコップから溢れる水のように電車から人が降りていき、俺も流されるようにホームから改札まで歩いていく。そうしてメーター付きの信号をくぐりセンター街という商店街に入れば、そこは様々な人々で埋め尽くされていた。


 洋服屋のロゴが入った紙袋を腕に持つ女性たち、仲睦まじく腕を組むカップル、泣き出した子供を道端であやす家族。旅行スポットとしても人気な神戸には、外国人も多く見える。果てには見覚えのある黒い袋や青い袋を持つ同志たちも歩いている、それが三宮センター街だった。この頃は三宮に来る度に都会だなぁと思っていたものだ。今や東京に住んでしまうと、田舎が恋しくなってしまうが。


 そんなセンター街にあるビルに入りエスカレーターで上の階へと上っていく。そのビルの五階にある楽器屋に入ると、そこは今まで見たことのない異様な空間だった。違いの分からないキーボードたちが立ち並び、奥に行けば行くほど素人が来てはいけない店だったのでは無いかと思ってしまう。壁に吊るされたギターやベースの値札を見ていると、とても俺の財布からは出せない金額が並んでいる。中には二万くらいの物もあったが、それでも財布の中身が全て吹っ飛んでしまうだろう。


 そんな様々なギターが並ぶ中を歩いていると、俺は一つのギターの前で足を止めた。それはまるで初恋のような。いや、まだ初恋なんてしたことはないが。ともあれ俺は一本のギターに目が奪われたんだ。近くにいた店員さんに許可を貰って手に取ったのは、CoolZクールジーというブランドの『テレキャスター』と呼ばれるギター。手に持った瞬間、いや見た瞬間から俺は絶対にこいつ買おうと思った。その夜、生まれて初めて両親にお小遣いを前借りさせてもらった。初めてだったからか、意外とすんなり貸してくれたので助かった。そうして次の日、俺は七万円を入れた財布を握り締め三宮へ向かうのだった。




 飲み会の翌日、俺は変わらず会社で働いていた。


「リーダー、あんだけ飲んでたのに平気なんですね。あいたた」

「次の日も仕事なのに二日酔いになってんじゃねえよ。まぁプロジェクトは一段落ついて、今日はそこまで仕事が無いからよかったものの」

「面目ないです、リーダー」

「へへん!私は二日酔いになったりしませんからね、颯太さん!」

「アホ、お前をおぶって帰るの大変だったんだぞ!?あんだけ酔い潰れたのによくまぁ今日に響かないもんだ」

「肝臓が強いので!」

「いや、肝臓強かったらそんなに酔い潰れないんじゃえねか?」

「分かんないです!」

「自信満々に言うな」


 一人は二日酔いになっているが無事に全員出社できたようで、今日の分の仕事を進めていく。二日酔いなら来なくていいと言ったのに、何故こいつは来ているんだろうか。まぁそこまできつくないようだし、少し気にかけておくくらいでいいか。プログラムを打ち込む手を止めて、身体を解すために伸びをする。こうして集中力が切れたときに思い出すのは、昨日の弾き語りのことだ。


 あの弾き語りを聴いたせいか今日は昔の夢を見てしまった。高校生で始めたギターだが、今はもうやっていない。買った時は死んでも手放さないと思っていたものだが、人生とは不可思議なものである。やめた理由は思い出したくもないが、久しぶりにギターを触りたいなと思っている自分がいる。久々に、楽器屋に行ってみるか。スマートフォンを起動してカレンダーを確認した俺は、次の土曜日に予定を書き込んだ。


 そしてその日、俺達は出会う。


 運命の歯車が噛み合う日は、もうすぐそこに近付いていた。

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錆びたギターを鳴らすには 恒石涼平 @ryodist

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