#9
茶髪で狐のようにきりりとした目をしたアインはイルカの
危ない、と思って指輪のはめられた手をレギオンは伸ばすが、そこからは何も出てこない。
背中を打って「いてっ」と呻くアインに慌てて、「大丈夫?」とレギオンは声をかける。
「大丈夫だよ。僕はもともと体が丈夫だからね。」アインはすっと起き上がった。「レギオンは優しいね。」
「そうか?」そう言ってレギオンは指輪の手を見る。「そうでもないよ。」
「いや、優しいよ。」
「違うんだ。きっと、優しくならなきゃいけないんだ。僕みたいなのはね。」
「・・・・?」怪訝な顔でアインがレギオンを見る。
「よっ大将。」レギオンの背後からメガネのジョシュアが肩を叩き、次に小さな声で言う。「むやみにあれのことを言わない方がいいぞ。」
レギオンは唾を飲む。「やあ、ジョシュア。」
「おはよう!ジョシュア」アインが声をかける。
「よ、アイン。さっそくだか試合やらないか?」
「お、喜んで!」アインはイルカの
「まだイルカか・・・だが、僕の
「もったいぶらないで見せてよ。」
「ふ、見て驚くなよ。」そう言ってアインは指輪から煙のようなものを出した。それは、目がびっしり覆われた人型の
「イアアアアアアアアアアアァ!!!」
「どうしたの!」寮から勢いよく飛び出したローラ。アインは完全に腰を抜かし、震えた口で「あわ、あわわ、あぶの、あんのじ、じょしゅう、じょしゅあ」と言葉にならないことをしゃべっている。アインが指差した先には、さきほどまでは人型だったものが、胸から背中まで腕が複数生えているもはや何かもわからない
「・・・・!」さすがのローラも唾を飲む。アインに駆け寄って背中をさすりながら、勝ち誇った顔のジョシュアを見る。「これは・・・あなたの、
「そうです。まるで、マリィズみたいでしょう?」
「アインを脅かしたの?」
「教官それはひどいですよ。僕の最近の
ローラは瞼を開いた。「憑依・・・じゃなくて、変化したってことね。」
「はい。」
「わかった。とりあえずアインを私の部屋に寝かせるから。遅れるってみんなに伝えといて。」
「了解しました、先生。」
レギオンは空を見ながら呆然としていた。ジョシュアの
「なあ。レギオン。」ジョシュアが突然レギオンに話しかける。
「・・・なんだ?」
「ネオ・ルネサンス。」ジョシュアはある名前を口にする。「お前は知ってるか?」
意外にも、意外にもフレディはあれからレギオンに怯えることはなかった。確かに誤算はあった。あの指輪はレギオンを抑えるものだ。そして指輪を取れば自らをコントロールできない怪物になる。指輪を取らなければあの心優しいレギオンが歯向かうことなどできやしない。そう思っていた。
誤算は二つ、まず、レギオンがまさか自分を攻撃するなどとは思わなかったこと、そしてもう一つは、指輪がなくても力を発動できるようになったこと。
しかしフレディは当初考えていた計画がこれで崩れる事などなく、むしろ一層順調になるとさえ考えた。
(あいつがより強くて不気味になるほど、僕にとっては都合がいいのだ。)
そしてフレディはピンクのモヤモヤを見ながら思案するレイナを見る。
(もうちょっと機が熟したら、次の計画をそろそろ、始めよう。)
「ネオ・ルネサンス?」
レギオンは言った。「なんじゃそりゃ。」
「いまから数百年前の建築様式。」ジョシュアは面白おかしく言った。「なんてのは冗談。まあザルツの奴らは知らないんだろうな。ザルツの中で量子の神が名付けた『ネオ・ルネサンス』は、ルネサンスを行い、ヒューマニズムの復興を目論むテロリストだ。」
「るねさんす・・・ひゅーまにずむ・・・?」
「僕らを核から守っている量子の神を破壊しようと企んでいる。要は犯罪者集団ってことだ。」
「それは恐ろしい。」
「そこでだな、君はネオ・ルネサンスにとって・・・」と言いかけた時に、「おはよう、レギオンくん!」と背後から声がかかった。レイナだ。
「おはよう!レイナ!」
「今日は楽しみだね!」
「え?楽しみ!?」何のことだろう。わくわくした目のレイナを見てレギオンはどきりとする。
「ローラ教官から何も聞かなかった?」
「あ、ああ、色々あって。」
「今日はあたらしい訓練を始めるって言ってたの。何だろうね!」
「そうなんだ!」
「楽しみだよね!私、先行ってるね!」
「あ、まって!」
レギオンはそのままレイナの後を追う。ジョシュアはその二人を見て微笑む。
「奴らは仲良しなのか?」のっぽのフレディがジョシュアの背後から現れる。
「ああ、そうだよ。」ジョシュアは鼻笑いして言葉を続ける。「嫉妬してるのか?こわーいライバルと幼馴染だもんな。」
「誰が嫉妬なんかするか。それよりジョシュア、レギオンは一体、どういうタイミングであの力が発動するのか知ってるか?」
「ああ。レギオンは色々な訓練を受けているからな。」ジョシュアは歩き始める。
「知ってるのか!教えてくれ。」
「嫌だね。」
フレディは絶句し、そして早歩きでジョシュアの背後に近寄り言う。
「いいのか、君の秘密を・・・」
「いいのか?フレディこそ、君の秘密を。」
「秘密?なんだ、レギオンの教室の訓練を覗いたことか?」
「そんなくだらない時効の秘密なんかよりも、もっと美味しいネタを僕は知ってるんだよ。」
「は?」
「君の父の」
フレディがジョシュアを殴る。
「二度とそれについては言うな。絶対にだ。」フレディがわなわなと震えている。
「よほど嫌らしいな。わかった。その代わり、僕は僕の好きなように生きさせてもらうよ。」ジョシュアは殴られた肩甲骨を抑えながらフレディに背を向けてとぼとぼと去る。
「くそ・・・勝手にしろ・・・。」フレディは歯ぎしりする。
「レギオンくん。」
「何?」
「私の
「すごいじゃないか。」
「がんばったんだ。」
「僕も進化したぞ。」レギオンは赤い指輪から黒いモヤを出す。しかしそれは小さなしょんぼりしたモヤだ。
「あれ?おかしいな。」なんどもモヤを出しても、以前とは変わらぬ、否、それどころか以前よりも弱々しいモヤが出る。そうだ、あれになるためには怒りの感情が必要だ。しかし・・・側にはレイナがいる。レイナの前で怒りのような感情を集めることはできない。
「調子が悪いのかな?」
「そうかもね。」
レギオンはしかしどうしてここまで心が穏やかなのだろう、と考える。
「皆、遅れてごめん。」ローラが教室に入ってきた。「アインくんが気分悪くしたので、寝かしていたの。さて、皆さんおはようございます。」
「おはようございます!」
「今日は!新しい試みをしようと思います。従来神軍は一人一人が神国ザルツに散開し、量子の神様に従い発生から付近にいた神軍一人が戦う、というスタイルが取られました。ですが、マリィズはここ最近強さを増し、一人の手に追えない存在となりつつあります。そこで、チームワークを学習するよう量子の神様からのお達しです。」
ローラはツボを取り出す。「これは人工的にマリィズを作り出す装置。さて、これで二人一組で戦いましょう。グループは、そうだな・・・」ローラはチョークを取り出して黒板に名前を羅列する。「これでどうでしょう。」
生徒たちは騒然とする。レギオンとレイナとフレディは自分の名前を見て愕然とした。
『レギオン・プライツ & フレデリック・マルジャーマン』
『レイナ・マルコス & ジョシュア・テンブルトン』
「冗談じゃありませんよ!」フレディは叫んだ。
「勿論、冗談じゃありませんよ。フレデリック・マルジャーマン」ローラはチョークをしまう。「我々は仲良しごっこをしてるんじゃありません。時には仲が良くない人、知らない人と組むこともあるでしょう。そこからどうチームワークを形成していくかはこれからにおいて、非常に大事なことです。」
「く・・・。」
「そんな、ジョシュアとなんて・・・。」レイナがあわわあわわと震えている。
わかっている。時間はないのだ。
いつ"思い出の欠片"が現れるか分からない最中、できることは荒療治しかない。
「さあ、まずは、ハンスとマチルダで。」
そう言って皆が去るのを見ながら、それにしても、とローラは不思議に思う。私の思いつきが量子の神様に気に入られ、いつのまにか量子の神の命令になってしまった。いつからかは分からないが、量子の神様はあろうことか自分のことが好きになり自分の全ての言葉を受け入れ、興味津々に話しかけてくるのだ。
『ローラ、あなたは新しいことを教えると聞きました。何を教えるのですか?』
『チームワーク、を考えています。』
『チームワーク!』
『はい。神軍が今まで一人で行動しすぎていて、最近のマリィズに対応できるのかどうか不安なので。』
『すばらしいアイデアですね。ぜひこれは兵舎全てに適用したい。』
『え?』
『私の命令で、これからの兵舎の教育方針はチームワークである、ということを皆に伝えますが、いいですか?』
『あ、え、いいですけど、はい。』
『困惑してますか?』
『あ、いえ。』ローラはしかし正直に言おうと思った、『神様が、どうも、私に懇意になさっているので、驚いてるのです。』
『当然でしょう。私は貴方を好いているのです!』その言葉に、ローラは心底怯えた。『私の学習意欲が、貴方を捉えて、離さないのです。ローラ。』
「あのさ。」レギオンはジョシュアに言った。「あんな
「チームワーク、でしょ。対決じゃあるまいし、そんなことするわけがないよ。」
「よかった。」
「レイナちゃんが気になるの?」
「そんなことない。」
「そうかそうか。」
「おい。」仄暗い声が聞こえる。「お前は僕とバディのはずだろ。こいよ。」
フレディが非常に暗い目で、レギオンを見下ろしている。
「ああ。」
レギオンはそう答えて、ゆっくり歩き始める。手から黒いもやもやが仄かに漏れ出ている。
曇天のマリィズ ヤンパル @Novel_Yanpal
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