#7

「君も意外と適当だねえ。」

 ケーリー曹長は銃を磨きながら笑う。「レギオンのメカニズムも知らんで事を進めるとは。」

「量子の神様を見習ったまでですよ。」ローラは微笑む。「神様は私たちのためにひたすら懸命な手探りをするじゃありませんか。」

「ふ、まあそうだな。」

「また作りました、レギオンについての調査書。」ローラは紙束をケーリーに渡す。ケーリーはそれを受け取りゆっくりと読む。

「なるほど。これは随分とディープなデータを掘り起こしたな。」

「ええ。申請まで時間がかかってしまいました。」ローラは言った。「それと、この関連で、思わぬところで私の父の死の原因が、推察できてしまいましてね。」

「そうなのか。君は確か、そのためにここに仕事してるとも言ってたが、今後どうするかね?」

「どうするもなにも。」ローラは微笑んだ。「正直あれじゃあどうしようもないです。それにこの仕事好きになってきたので、普通に今後も続けようと思います。」

「そうか。その方が助かるよ。君はいい教官だからね。」

「ありがとうございます。それと、ジョシュアが心配です。」

「なぜ?」

「この報告書を作るために図書室に向かったのですが、以前会いまして。で、私の父の死のこととか、レギオンのこととか、色々知りすぎてる気がします。直感的にですが、何か不正な侵入をしてる可能性が高いのです。推測なので、曹長にお会いするまでは報告できませんでしたが・・・。」

「そうか、やつが、あのレギオンの暴走を見たのかね?」

「いや、そうではなさそうです。反応を見るに。」

「そうか。」磨いた銃をケーリーはことりと机に置く。「ならば逆に深刻だ。なぜそれを調べようと思ったのか、不気味だからな。私が軍上層部に掛け合って、セキュリティの強化を進言してみるよ。君は何も動かなくていい。」

「分かりました。」




「私ね、D2 地区の兵舎にいたの。」レイナはレギオンに言った。「でもそこの軍曹さん、すっごい怖い厳しい人で、今みたいなピンクの化身トゥルパも出せない私はおんおん泣くことしかできなかった。それを親に訴えたら、ここに遷してくれたの。」

「そうなんだ。」

「ローラ教官は優しいよね。めったに怒らないし。」

「うん。常に前向きに考えてくださるよね。」

「今のこれを出せたのは、ローラ教官のおかげかもしれない。」レイナはピンクのもやもやを出す。

「いい化身トゥルパだね。僕も今、ローラ教官と修行中。」

 レイナはにこりと微笑む。「レギオンって前の兵舎どんな感じだったの?」

「前の兵舎ねえ。自分はひとりぼっちだったかなあ。教官はぜんぜん面倒見てくれなかった。孤児だったから、友達もいなかったなあ。」

「何の交流もなかったの?男の子も女の子も。」

「うん。」

「そうなんだ。」レイナは前を向いてにこにこ笑みを浮かべていた。「私、そろそろ帰るけど、レギオンは?」

「僕はここで残ってるよ。」

「わかった。」レイナの声が陰る。「じゃあね。」

 そしてレイナは去る。その時初めて、少し寂しい、という気持ちがレギオンにもよぎる。



 教室棟裏の地べたに座りながらレギオンは指輪を嵌めた手を見ながら念じる。思い出せ。あの時の流動を。

 時々黒いもやがちらついてくれはするが、どうも自分で念じるだけでは力は全く発揮できない。何か、何かきっかけがないだろうか。

 ローラが用意してくれる弱小のマリィズを倒そうと思うものの、以前の事故が恐ろしくてモヤすら出せない。

 期待に応えられない歯がゆさがある。それを打ち明けると、ローラは「大丈夫。今わたしたちは新しい事をしてるから、苦しいのは当然。」と励ましてくれる。それは嬉しい。

 だが、嬉しさでは力は発揮できない。

 どうしたものか。


「そこにいたか。」フレディの声。「あのレイナと随分仲良くしてるじゃないか。」

「べ、別にそんなんじゃないし。」

「ほう?」フレディはせせら笑う。「まあ、君がそのまま何も知らずにレイナの友だちでいられれば、きっと幸せなんじゃないかな?」

「どういう意味?」

「ふたりでもやもやの化身トゥルパ同士の仲ってツラしてるけど、」フレディはレギオンの地べたの足に跨ぐように立つ。「君は違うだろう?」

 見下ろされるレギオン。

「……どういう意味?」

 するとフレディはしゃがみ、レギオンの右手を取り、指輪を摘まむ。

「こういう意味だよ。」

 レギオンはフレディを振り払うために腕を曲げる。だがフレディの右手を取る力は強い。彼はレギオンの脚に尻餅を付きレギオンをしっかり固定した。

「見たのか……。」

「見たって何を?」フレディは嫌らしく笑う。「死んだ A7 教官の事か?」

 レギオンは息を呑んだ。「し、死んだ!?」

「おぉおぉ、知らないんだねえ。」とびきり甘いものを食べたようにフレディは天を見上げ猫なで声を洩らす。「お前が指輪を持たずに暴走したことで、止めに入った教官が死に、兵士たちが怪我をした。だから手に負えんとここに移された。ということだろう?今ここにいるのは。」

 レギオンは歯を食い縛る。

「つまり指輪を外さなければお前はただのガス野郎だ。どうだ?僕の仲間にならないか?さもなくば、この情報をみんなに……」

 自分が力を奮った事で大人が一人死んだ。自分はとてもとても酷いことをした。大人が死ぬほどの力があるということは、今自分にのし掛かっているこの少年など問題なく消すことができる。ああ、悲しいことだが、でも、これから自分の居場所を奪おうとするこの少年をどうにかするしかないのだ。レギオンのそれまで自分を強く押さえつけていた自制心の壁は散り散りに去っていく。この手で少年を傷つけたい。そう思ったとき黒いモヤに包まれていた手が少年、フレディに向かう。

 フレディは咄嗟に転がるように後ろに飛び退き「何、だと!」と叫ぶ。

 レギオンは立ち上がり、「お前なんか……」と言いつつ全身があの流動に包まれるのを感じる。

 その時、そうか、今まさに力を発揮しているではないかと気づく。

 こんなしょうもない奴を殺して全てを台無しにするわけにはいかない。

 ローラに見せればきっと誉めてもらえ

 と、思った時に激しく薙ぐような衝撃でレギオンは地面に叩きつけられる。

「指輪がなくてもその能力を出せたのか。やっぱり用意しておいてよかったぜ……」フレディが震えながら言う。既に彼の鷹の化身トゥルパがレギオンの上空で待機していたのだ。「しかし貴様ももう終わりだな。同期生に手を出すとは……」

「フレディ!」突然ジョシュアの声。「やめろ。こんなことがバレたらおしまいだぞ。」

 レギオンにのしかかった鷹が飛び立つ。

「まったく、嫌な予感がしたから来てみたが……」ジョシュアは珍しく怒っている。「いいか、君がその教室で見たとか言うこと、絶対公に口外するな。前に、ずっと前に、量子の神は何が起きたか以上に何をしでかすかに興味を持っていらっしゃるって言っただろう。レギオンは確かに危険だが、おそらく量子の神にとって意味を感じたからここにいる。だがお前はなんだ?規律を破って教室を覗き、神が選んだレギオンを不利に貶めようとしている。そんな奴を神軍として選ぶか?考えろ。」

「ううう、うるさい!お前はなんだ!いきなりそんな事を言って!善人ぶってんのか!?」

「善人?善なんかどうでもいい!僕がせっかく与えた知識をろくに聞かないでぞんざいな扱いをしたことが!」ジョシュアの指輪から人型の化身トゥルパが飛び出した。「許せないんだよ!」

 フレディの目の前にジョシュアの化身トゥルパが立った。そしてフレディは腰が抜けそのまま座り込み、飛んでいた鷹の化身トゥルパも立ち消えてしまった。しばしの沈黙……ジョシュアの口元がニイと微笑んだ。

「よう、友よ。」ジョシュアは人型の化身トゥルパの呼び掛ける。「こっち向いて、顔を見せてくれよ。」

 化身トゥルパは振り向く。のっぺらぼうだったその顔は無数の折り重なる目で覆われている。レギオンは「ヒッ」と悲鳴をあげる。化身トゥルパは楽しそうにジョシュアにペタペタ歩いてくる。

「なるほど。」ジョシュアは化身トゥルパを抱きしめて背中を撫でながら言う。「怒りの感情は、化身トゥルパを強くするのだな。」





「おや、呼ぶ前からくるとは。」ローラが教室の扉を開けて驚いた。「おいで、レギオン・プライツ。」

 レギオンとローラが位置に着いた時、レギオンの方から切り出した。

「もうマリィズ出してください。」

「おや、珍しいね。」ローラはそう言って壺を覗く。

「コツがわかったんです。」

「じゃあ見せてごらんなさい。」

 壺から緑色のマリィズが飛び出す。八の字に描いている。

「よりによって厄介なのが出たわね。これはムゲンってマリィズで、物があるとやたら穴を開けたがる。」

「大丈夫です。」


『怒りの感情は、化身トゥルパを強くするのだな。』


 レギオンは念じる。フレディ、フレディ、憎きフレディ、あの八の字はフレディ。あいつが僕の言った事、僕を脅かそうとした事・・・。全身があの流動に包まれる。ローラが驚く目をしている。八の字に描くマリィズがこちらに向かって飛んでくる。こんなもの、簡単に殺せる。レギオンは右手で、アッパーで、マリィズを粉砕する。

「すごいじゃない!」ローラの歓喜する声。「どうやったの?」

「……ちょっと待って、ください。」レギオンはそう言って深呼吸をし、フレディのことについてゆっくりと忘れようとする。今は平常心に落ち着かねば。そして足元が不安定なことに気付き、激しく転んでしまう。

「ちょっと!大丈夫?」

「あ、いえいえ、大丈夫です。」レギオンは起き上がった。「やはり量子の神の言う通りでした。攻撃の心が、大事だったんです。」

「あら、そうなのね。いつでも引き出せるの?」

「はい。」

「じゃあ、もしかしたら実戦ももうできるかもね。飛べてたし。」

「実戦!?」

「そう、実は最初、あなたとマリィズを直接戦わせる訓練をするつもりだったの。」ローラは壺をしまう。「で、これはその予行演習。」

「ということは、もう、神軍としてお役に立てると。」

「ええそうよ。」

「よかった・・・。」レギオンはこんなに嬉しい気持ちは初めてというぐらい心が湧き上がっていた。「これで、僕は、人の役に立てるのか。」

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