#5



「また話そうよ!」

「ああ。」

 レギオンはジョシュアと別れ、ローラ教官のいる教室に向かう、その時まで遡る。


「やあジョシュア。」のっぽのフレディが声をかける。「奴と何の話をしてたんだい?」

「マリィズの事とか、話したんだ。」眼鏡でチビのジョシュアは笑顔で答える。

「あいつ、あの赤い指輪については何か言ったか?」

 沈黙。ジョシュアは笑顔を保ったまま言う。「君の野望で使いたいのか?」

「声がでかい。それに、冗談じゃない。逆だ。」フレディは顔をしかめた。「あの指輪からして、あいつは何かと特別扱いされている。あいつの何がそんな価値があるのか理解できないが・・・邪魔されちゃ困る。だから教えてくれ。」

「僕は何も知らないよ。ただ、」ジョシュアは顔を下げて自分の指輪を見つめる。そして人型の化身トゥルパを出す。「君の言う通り、あの指輪は量子の神から支給されたものっぽいけど。」

「そうか・・・ありがとう。」

「じゃ、練習しようか。」ジョシュアの人型の化身トゥルパ戦闘態勢ファイティングポーズを取る。

「いや、ごめん、ちょっと別の用事がある。」

「あ、そうなの。」

「ああ。」

 ジョシュアは化身トゥルパを収納してフレディから去る。

 フレディは先ほどレギオンが入った教室を見ている。そして砂場を歩き出し、周りが自分の練習に夢中になっている有様を確認しながら教室の方までゆっくり歩き出す。

化身トゥルパが所詮レイナ程度だったとしても、あの赤い指輪はどうも気に入らない。)フレディは教室の裏口にたどり着く。窓はカーテンで締め切られている。(何か僕たちとは違う教育を受けているに違いないんだ。)

 フレディはこっそり扉を開ける。

「ローラ教官・・・皆・・・何で・・・何でええええええ!!」

「やめなさい!」

 そして暴風が吹き荒れるような轟音。黒い瘴気に包まれ宙に浮かぶ何か。呆然とするローラ教官。

(あれは、レギオンなのか?)フレディの体は恐怖で冷え切っている。黒い瘴気から微妙に手のようなものがチラついて見える。(浮かんでいるってどういうことだ・・・?まるで化身トゥルパのようだ・・・。)

 ギャン!という音がし、ローラの足元に黒い瘴気が突っ込んだ。つぎにその赤い核はまっすぐフレディを捉えた。

「ヒィ!」

 フレディは扉を閉めて一目散に逃げ出した。



(今扉の音がした・・・?)そう思いながらローラは暴走しているレギオンの攻撃を避け、指輪を額に当てて念ずる。地上を見ると赤の指輪が落ちている。

(とりあえず、これが有効かわからないけど。)

 鳩の化身トゥルパが素早くレギオンの足元を通り、そしてくちばしで指輪を拾う。一瞬レギオンの黒い瘴気に、手が見えた。

(今だ!)

 鳩の化身トゥルパはレギオンの手に素早く近寄り、そして指輪をはめる。うまくいった。これでレギオンも自制してくれるかとローラは願う。しかし黒い瘴気は消えない。瘴気が尖り、鳩の化身トゥルパを完全に粉砕する。

「くっ・・・レギオン!」ローラは叫んだ。もはや自棄である。「目をさましなさい!レギオン!」

 レギオンの赤いコアがまっすぐローラを捉える。

「レギオン!」

 突如黒い瘴気は煙のように搔き消え、呆然とした表情でレギオンが宙に浮いていた・・・が、そんな彼の身体も落ちることを始めた。慌ててローラは再び鳩の化身トゥルパを出し、彼をその翼で包み込み、そしてゆっくりと地面に降ろす。

「レギオン!大丈夫!レギオン!」

 ローラはレギオンに駆け寄り、胸に手を当てる。目を閉じているが鼓動はある。すー、すー、と呼吸が聞こえる。「よかった・・・。」




「まあ、ギリギリと言うか何と言うか。」ケーリー軍曹はため息をつきながら言った。「間に合わなければ奴を追い出すところだったかもね。」

「申し訳ありません。軽率でした。」ローラは胸に手を当てて謝罪する。

「いやあ、君が謝ることはない。ただ、厄介な爆弾を引き受けちまったなあという私自身の勝手な気持ちがあるだけさ。それに、わざわざ報告をありがとう。」

「床が一箇所小さな穴が開きましたので、その修繕を依頼しなきゃいけませんし。」

「そうか・・・誰かに見られたか?」

「・・・非常口の方からドアをしめるような音が聞こえまして、勝手に個人訓練を覗いた訓練生がいた可能性があります。なので、訓練生たちに聞き込みを行なっていますが・・・」

「そうか・・・まあいずれにしろデリケートな話だ。気をつけたまえよ。」

「はい、おっしゃる通りです。」

「訓練はどうする?」

「続けます。それに分かったことがありますので。」

「分かったこと?」

「はい、文章にまとめました。」ローラは紙を渡した。

「ほーう。これは興味深い。」ケーリー曹長はローラの文書を読み、そして最初のレギオンの報告書を軽く叩く。「もはや、この神軍の報告書もあまり役に立たんな。何が起きたか、まではちゃんと書いてあるが、原因・対策は我々で練らなきゃいけないとはな。」

「はい。」

「まったく神国の奴らは予想外な事が苦手だな。もちろん、我々も。」ケーリーはそう言って珈琲を飲む。

「予想できることも、できないことも、全て神様が仕切ってくださいますからね。」

「うむ。」ケーリーは苦笑いを浮かべた。「でもおかげで、レギオンを育てるという神様のお考えすら、ついていけてないのは皮肉なものだな。」

「神様は常に勤勉に世界について学んでおられますからね。」ローラは言った。「神様にとって真理とは変容し続けるもの。付き従う我々は常に行き遅れている。だからどんなに分からない事があっても、神様の仰せに従うしかない。」

「仰せに従う、か。何だか旧世代の神みたいな事を言うね君。」

「今も昔も同じ人間ですから。」

「しかし旧世代の神は死んだ。」ケーリーは再び珈琲を飲む。「旧世代の神が戦争を起こしたようなものだ。変わることのない永遠の言葉に従え・・・とそれぞれの神が言い、その意思に基づいてお互い殺しあった・・・が、それは我々人間が自分の都合のいいように神を利用し押し付け合っている事が明らかになったわけだ。そうして神と呼ばれたものの化けの皮は剥がれちまった。」

「でも量子の神様は違う。」

「そうだな。我々の神は旧世代の神から始まり、そして学習によって進化し続ける。」ケーリーは後ろを向く。「変わり続ける"法"に従う事が、正しいのか、私も知りたいね。」




「神様。」

 レギオンは円筒形の物体に話しかける。

「D3 兵舎懺悔室へようこそ。レギオン・プライツ。」円筒形の物体、量子の神がささやきかける。「この懺悔はローラ・シュニッツベル軍曹の許可により、レギオンと私で非公開で行われます。どうされました?」

「ローラ教官の許可、ということはご存知では。」

「あなたの言葉で対話がしたいのです。どうされました?」

「・・・。」レギオンは赤い指輪を見つめる。「無許可で指輪を外しまして、その、自分でも記憶にないのですが、暴走して、教官を襲ってしまいました。」

「それに対しどう考えていますか?」

「・・・、悪かったと思っています。」

「嘘をついてはいけません。隠してもいけません。レギオン・プライツ。」そう言われてレギオンは激しく驚いた。「ここは懺悔の場。思ったことを正直に明かしなさい。」

「・・・正直・・・」レギオンはぼそぼそと言った。「楽しかったんです。」

「楽しかったのですね。」

「はい。なんというか、脳内が激しく流動する感じというか・・・どういう光景かは覚えていません。大きな敵が目の前にいるように、なんというか、気配で感じて・・・」

「ローラ教官は敵ですか?」

「滅相もないです。ただあの時は何もかもが敵に見えただけ・・・。でも突然、ローラ教官が呼びかけるのが聞こえて、ローラの姿も見えて、そしたら頭の中の流動も消えました。視界もはっきりしていた。それで、とても眠くなってしまい・・・僕は、落ちました。」

「以上でしょうか?」

「はい。何かアドバイスなどありますか。」

「いつも通り生きる事です。必要なことは全て整っています。教官のアドバイスを受け入れる事、そして、自分の感情を武器にする事です。」

「感情を、武器に・・・?」

化身トゥルパを生み出すその指輪トゥルパ・リングは、私のCビームとあなたがたの生体電流のコラボレーションをするものです。従ってより興奮するような強力な感情を利用すればそれに応じて強力な化身トゥルパを生み出す事ができます。」

「でも、そんな、強い感情をどうやって。」

「ですから、必要なことは全て整っています。」量子の神は言った。「あとはローラ教官にお任せします。私からは以上です。」

 そして円筒形の物体はものを言わなくなり、そしてあかりが点いた。

 扉が開き、ローラが現れた。「終わったかしら?」

「あ、はい。」レギオンは慌てて答えた。「その・・・」

「ここで話したことを私に報告しなくていいわ。」ローラは手の平を前に出した。「とりあえずもう夕食だから、食堂に向かいましょう。」




「レギオン!」シルバーブロンドのレイナが駆けつける。「大丈夫?気分悪くして教官室に運ばれたって聞いたけど。」

「ああ、大丈夫だよ。」レギオンは苦笑しながら食堂の椅子に座る。「あんまりできないんで、ローラ教官と一緒に練習したら、力入りすぎちゃって。」

「そっかー、よかった。」

「よっ。」ジョシュアがレギオンの肩を叩く。「あんまり無理するなよー。僕も無理して教官室に運ばれた事がある。」

「そ、そうなのか。」レギオンは若干引きつった。

「ああ。」ジョシュアは隣に座る。「でもなんでそんな頑張ってるんだ?」

「そりゃ、どうにかしたいからさ。」

「そうよね!」レイナは自分に対するように下を向いて相槌する。「私もがんばらなきゃね!」

「逆にジョシュアはなんでそんながんばってるのさ。」レギオンはハンバーグを切りながら訊ねると、ジョシュアは力無い声で答える。

「そりゃ性格を矯正するためさ。」

「え?」ナイフをかちゃりと落とす音。

「A 地区では割と義務教育が多いんだが D 地区はそうじゃない。ここは表向き神軍の訓練ってことになってるけど、色んな目的で来てる人がいる。とくに、ここはそうだな。僕みたいに親に化身トゥルパと向き合うことで教育してもらいなさい、て人もいるし、神軍の資格を持ったら就職に有利だからって受ける人もいる。そんな人たちをこう憎んでいじめてるのが、」ジョシュアはフレディを見る。「あいつさ。」

「でも、君フレディと仲がいいじゃないか。」

「僕はね。僕はほら、趣味で知識を集めてるだろう?だから、それが彼に気に入られてるのさ。奴はああ見えて志が高いんだ。全てに貪欲で、何が何でも1番を目指したいと思ってる、そんな奴さ。」

「何それ、怖い。」レイナは縮こまっている。

「そういえば君はどうしてここに入ったのさ。」ジョシュアがそう尋ねるが、レイナはジョシュアにそっぽを向く。

「君はどうしてここに来たんだい、レイナ。」レギオンが答えるとレイナは嬉しそうに振り向き、しかしすぐに落ち込んで目を伏せた。「分からない。」

「分からないから?」

「・・・そう。自分が分からないの。」

「分かるな。僕もそんな感じ。」

「そうなの?」レイナがはレギオンを見上げた。

「うん。だから、一緒に頑張ろう。」

 レイナは笑顔で頷く。

(絆、か。)遠くのフレディはその二人をひっそりと見つめる。まず、真面目そうなレギオンを見、そして繊細そうなレイナを見る。

(絆、か・・・。)フレディはニヤリと微笑んだ。

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