#4
今夜は初の寮泊まり。寮の寝室は男女に分かれており、二段ベッドと複数の棚と着替えるだけの十分なスペースからなっていた。レギオンの寝場所はアインという茶髪の少年の上であった。
「前ってどうだったの?」下からアインが高い声で話しかける。
「前・・・。こんなベッドがあったわけじゃなかった。みんな床で雑魚寝。」
「そりゃ楽じゃなさそうだね。」
「うん。なにしろ沢山人がいたしね。」
「友達とかいたの?」
「いなかったなあ。色々あって。」
「色々?」
「うん。」事故を起こしたとはさすがに言えない。
「そうなんだ。」アインはそれ以上問い詰めなかった。「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
「ローラ・シュニッツベル、ぐんそう、ですね。」
聖堂に響き渡る無機質な女性の声。ローラは立ちながら答える。
「はい、そうです。神様。今日もレギオンの事でお伺いに来ました。」
「何でしょう。」
「レギオンの才能の育成のために、特別に神軍に加わらせてもらい、マリィズを退治する。数日前にこのような案が浮かびまして、それであなたに相談しようと考えました。いかがでしょう。」
「いい考えです。レギオンは仮想訓練に不向きだからです。よき相談者を見つけましたね。」見抜かれていた。「ただし今行うには時期尚早です。任務を始める前にまずレギオン自身に、マリィズを倒す悦楽を見出してもらう必要があります。ですので人工マリィズ発生機を設計しそちらに送ります。」
「ありがとうございます。仰せのままに。」ローラはふと気づいた。「人工マリィズ発生機・・・?」
「容器の中に入った弱い小さなマリィズを発生させる装置です。」
「マリィズの正体が何なのか、分かったのですか?」
「それは不明です。しかし長い間観測してきたためある程度Cビームで再現できるようになりました。」
Cビームとはいわゆる"御光"のことである。
「なるほど、理解しました。」
「ところで、ローラ・シュニッツベル、軍曹。」
「はい。」
「あれから例の件は進んでいますか?」
その質問に、ローラはため息を付き、答える。
「いえ、全く。」
「わかりました。良い結果になる事を、私も願っています。」
「ありがとうございます。」
「ねえレギオン。」ある日砂場でジョシュアが話しかけた。
「なんだい?」
「僕と一戦交えてみないか?」
「冗談言ってるの?」レギオンは鼻で笑った。そして赤い指輪からもやもやを出す。「僕は今だにこれをどう実体化しようかずーっと考えてるような段階なのにさ。」
「でも、その赤い指輪を外せば何か変わるかもよ。」
「ああ、そうかもな。」とレギオンが答えて、直後に異変に気がついた。「て、何で知ってるんだ、ジョシュア。」
「はは、やっぱりね。寮の図書室行ったことないのかな?」ジョシュアは言った。「あそこはすごいよ。量子の神が管理してる資料を、オンラインでたくさん見ることができる。」
「もしかして・・・」
「そう、まあね。君の名前書いてなかったけど、すごい事故が A 地区で起きたって報告を見た。君が来る一週間くらい前かな?それで、僕が赤い指輪について質問したときの君、なんか隠し事のある感じだった。これで予想ついちゃったよ。」
「・・・。」レギオンは怯えてジョシュアを見た。
「まあまあ、バラしたりしないし僕みたいなリサーチオタクはここにはいないから、大丈夫大丈夫。」
「で、そんなこと言ったって指輪外さないのはわかってるだろう。」
「ああそうさ。ただ確認したかっただけさ。」
「どうして?」
「僕はね、何でも知りたいだけなのさ。」ジョシュアは若干ずれていたメガネを直した。「マリィズについて、
「何かわかったの?」
「ぜーんぜん。」
「マリィズって何なの?」
「わからないんだ。どこから現れるのかは量子の神でしか予測できない。
自分と同じ 12 歳でありながら、はるかに大量の知識を持つジョシュアをレギオンは驚愕している。
「それに僕らが戦うであろう壁の中のマリィズで、一体だけ説明のつかないやつがいる。"思い出の
「"思い出の
「神国ザルツ初期より現れた、最強のマリィズ。必ず真夜中に現れて、そして朝と共に消える。誰も倒したことがなく、関わったもの全員が死んでいる。」
「・・・。」レギオンは絶句した。そんなの、こんなもやもやした
「毎回姿は違うのだが、共通しているのは目のない白い顔、そして黒い姿、無数の手。伸縮自在で、マリィズのくせに知能が非常に高く、襲撃する
「そんな奴が現れたら・・・。」
「そうだね、黙って見すごすしかない。半端なく強くて賢い戦士が現れない限り。」
「レギオン・プライツ!」教室の方からローラの呼び声。
「君の番か。」
「そうらしいね。」レギオンはそう答えながら歩き始める。
「また話そうよ!」ジョシュアはそう言って手を振る。
「ああ。」レギオンも手を振る。
「レギオン、あなたには特別な訓練がやっぱり必要。」
レギオンはローラの教壇に置いてある紫のセラミックの壺を見る。教室は机がすべて端に移動されている。
「レギオン、私もあなたがずっと我慢を強いられてる状況はよくないと思ってるの。」ローラは話を続ける。「だから私は、ケーリー曹長さんや量子の神さまとね、相談したの。で、これ。」
「この壺ですか?」
「そう。これは
「指輪?」
ローラは壺を傾けてレギオンにその底を見せる。確かに、青く光るものがある。
『僕たちが立ち向かうであろうマリィズは、御光の力で生き延びてると思ってたんだけど』
「ローラ教官。」
「なあに。」
「マリィズって、
「そういう説もあったけど現在は否定されてるわ。」
「マリィズと
「では、知性があるらしい、という"思い出の
「"思い出の
「あ、はい。」
「あれだけは本当に謎で、マリィズじゃなくて
「そうですか・・・。」
「私のお父さんは歴史家だったんだけど、」ローラは立ち上がり窓を見る。「ここザルツができるまで戦争で混乱状態で、歴史を整理する仕事が必要だった。で、"思い出の
しばしの沈黙。
「あ、そう、だから、この壺はランダムにいろんなマリィズを出してくれるみたい。」ローラは我に返って言った。「で、これをこれからレギオンと戦わせるの。」
「え、いきなり!」レギオンは驚いた。
「あなたに必要なのは我慢を強いる仮想訓練よりも、実際に戦う実施訓練だと思ったから。」
「でもこんなのでは・・・」レギオンは指輪から黒いもやをだす。
ローラはふふっと笑う。「マリィズだったら遠慮なんかしなくていいのよ。」
「遠慮?」
「あなたは事故のことをハッキリ記憶してないから、力を出すことを恐れていると思うの。無意識で。」
「そ、そうなのかな。」
「ま、やってみよ。」
ローラは壺に指輪をかざす。「じゃあこれでどうかな。」
壺の中でビヂヂヂと鋭い音がし、そしてすぐに中から紫色のはためくものが現れた。その大きさは小さく、教室をあてもなく飛んでいる。
「これはマリィズで『
「これを倒すのですね。」
「そう。」
レギオンが意識を傾けると、黒いガスの
「あら、私がいない方がいいかしらね。」ローラが意地悪っぽく言う。
「いいえ、大丈夫です。」レギオンが少し意地を見せる。引っかかったな、とローラは微笑む。
「そう、じゃあやってみて。」
レギオンは指輪をおでこにあてて念じる。しかし黒いガスは何も様子が変わらず、
「まだこう、滞りから解き放たれてないね。」ローラは言った。
「ち、畜生・・・。」
「頑張れ〜。君ならもっといけるはずだ。」
「う、うう・・・。」
全然うまくいかないからどうしたものか、とローラは
『その赤い指輪を外せば何か変わるかもよ。』
レギオンはジョシュアの言葉を思い出しては首を降る。指輪を取ったら自分は何をしでかすかわからない。ローラが発破をかけてくる。
「ほら、遠慮しないでもっと攻めなさいよ。」
遠慮。誰かを傷つけてしまうという恐れ。これをどう解き放ったらいいのか。わからない。本当にわからないのだ・・・。不甲斐ない。情けない。だんだんと自分に対する怒りが湧いてくる。こんなにも期待をかけてもらっているのに弱小マリィズでさえ舐められなんて、マリィズにも自分にも、許せない。悔しい。
「おや?」
とローラが言った。マリィズは突如方向を変えレギオンの方に向かったのだ。
「追い出すのよ!ほら!追い出す!」
「ぐあああああ!」レギオンは頭を抱える。苦しみと共に色の歪んだ視界から幻覚が現れ、それはフレディの形になる。
『お前はくずだ。田舎生まれはやることは違う。』
フレディの責め苦。
『どうしてフレディにいじめられたときに、何もしてくれなかったの。』
何故かレイナまでレギオンを責める。
『やっぱり面白いから僕、君のことバラしちゃった。ごめんね。』
ジョシュア。そして。
『あなた見込違いだったね。さようなら。』
ローラ。
「ローラ教官・・・皆・・・やめて・・・」レギオンはうわ言を呟く。
「レギオン、追い出すのよ!それは幻覚!」
「僕を、置いていかないで・・・。」
ローラは思わず返す言葉を失う。
「ローラ教官・・・皆・・・何で・・・何でええええええ!!」絞り出すようにレギオンは悲鳴をあげ、そして指輪を掴む。何をしようとしたのか察したローラは「やめなさい!」と飛び出すが、レギオンは指輪を離す。
離した部位からあっというまにレギオンの全身は黒い瘴気に包まれ、
(これは・・・!)
ローラは恐怖と興味の両方の感情で黒いガスに包まれながら宙を浮くレギオンを呆然と眺めていた。胸の位置にある赤い核のようなものが、ローラを恨めしげに見つめている。
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