#3
「おはよう。レギオン。」
レギオンが起きた頃には既にローラは軍服に着替えていた。
「いよいよご対面だね。緊張する?」
「緊張、しますね。」
「大丈夫。胸張って。」ローラはそして白い服をレギオンに渡した。「そして着替えて。」
D3 地区兵舎は寝室と食堂の一体化した寮と、教室と呼ばれる校舎の二つの建物からなっており、L の字型に配置されている。直角に挟まった間は広い砂場となっている。
寮からローラ達が出ようとしたとき、たたたた、と後ろから急ぐ足音が聞こえた。すぐに、メガネをかけた茶髪の少年がローラの姿を見てローラが「あ、寝坊したな?」と呼びかけたので彼は慌てて教室にさらに駆け出した。教室は騒がしい音が聞こえる。
「まったく、ジョシュアったら。」
「今のは?」
「あなたのクラスメートとなる子の一人で、名前はジョシュア。あ、もう着くわ。ちょっと外で待っててね。」
ローラは教室の扉を開き、先に中に入った。すぐに教室は静かになった。
「皆さんおはようございます。」教室の中からローラの声が聞こえる。
「おはようございます!」子供達の元気な挨拶である。
「いいねえ。今日は突然ですが、新入生が来ます。レギオン・プライツくん。」
そしてローラは扉を開け、レギオンに手招きをする。
レギオンが中に入ると、15人ほどの子供達がこちらをまじまじと眺めている。
「レ・・・レギオン・プライツです・・・。量子の、神の、命により、A7 地区からここ、D ...... 3 地区に来ました。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」15人が一斉に挨拶したのでレギオンは驚いてしまう。
「うん、じゃあ、レギオンくん、席について。」
ローラは空席を指した。レギオンは机の間を縫うようにほとほと歩く。
「さて、今日もいつも通り訓練を行いますが、新しいお友達がきたので復習も兼ねて原理からまた説明しましょう。えー、と。ここ神国ザルツは円の形をしていて、中心のE地区の聖堂から円の端まで御光は満ちています。空も含めるとドーム状だね。」
そしてローラは黒板にドームを書く。
「それでわたしたち神軍は、この指輪を通じて御光の力をお借りして
ローラは青い指輪を取り出して嵌める。
「この指輪に想いを傾ければ、
アインと呼ばれた茶髪の狐のような顔をした少年が立ち上がる。
「みんなは砂場で練習しててね。」
ローラが言うと子供達が一斉にどたどたと外に出て行く。
「あなたもよ、レギオン。」
「あ、はい!」
レギオンは慌てて外へ出て、そしてアインという少年一人を残して扉を閉める。
兵舎の広い砂場に行くとレギオンは A7 地区でも見た練習の光景が広がっている。指輪を額に当てて必死に念じている子供、額から光らせてうさぎの
(前はこんなに楽しそうじゃなかったな。)
A7 地区は多くの A 地区同様人口が多かったためか、誰も何も教えずに一方的に指輪を支給して自習させるような酷いものであり、そのため派閥が強く、身寄りのないレギオンはひとりぼっちであった。あの頃の教官・・・すなわちA7 地区の軍曹が誰だったのかレギオンは思い出せない。
(その上、突然この指輪に交換させられたんだ。)
レギオンは赤い宝石の嵌った指輪を見つめ、そして黒いもやもやを出す。(これをつけてから、何か苦しいんだけど、絶対外すなって曹長に言われたっけ。)
「その
突然話しかけられたので驚いて振り向くと、シルバーブロンドの女の子がいた。
「似ている?」
「うん。ほら。」女の子が指輪を額につけると、ピンクのもやもやが現れた。レギオンは驚きで目を開く。
「それ・・・もしかして、ローラ教官が僕に似ている
「そうなの?多分・・私以外にいないからなあ。」と女の子はちょっと落ち込んだような顔で言う。
「どうしたの?」レギオンがそう尋ねながら黒いもやもやを収納する。
「ううん、なんでもない。でも、嬉しいな。私と似た
「あ、うん、僕はレギオン。よろしく。」レギオンはぎこちなく返事をした。
「その赤い指輪はなんだ?」また脇から別の声が聞こえた。振り向けば先ほど鷹の
「これは、その、僕もわからない。」レギオンは返した。
「そうか。わざわざ引っ越して来たんだから、何か特別な力でもあるんじゃないかと思ったが?」
「だから、僕もよくわからないんだ。」
「出してみろよ。
その高圧的な物言いにレギオンは震えてしまう。赤い指輪になんとか念じてみるが、出てくるのはもやもやどころではない黒く薄い煙だ。それはすぐに空気でかき消えてしまった。
鷹の
「フレディ、いじめないで!」レイナがそう叫ぶと、フレディと呼ばれたその鷹の
「そんな悪い事ばかりしてると神様が許さないわ。」
「神が・・・僕を許さない、だと?」
「フレデリック・マルジャーマン!」ローラが教室から呼ぶ。
「はい、なんでしょう。」突然フレディはにこやかな笑顔になる。
「次だよ、はやくきて。」
「はい、はい。」
そしてフレディは去る。レイナが慌てて謝る。
「ごめんね。フレディって、ああいう奴なの。」
「う、うん・・・レイナが悪いわけじゃないよ・・・なんか、すごいな・・・」
「鷹の
「やあ、レイナ!」メガネをかけたジョシュアが挨拶にきた。「そして初めまして、レギオン!僕はジョシュア!さっき会ったね!」
「あ、初めまして・・・」
「君 A 地区からわざわざこっちで教育受ける事になったんだろ?どんな
「大した事ないよ。所詮貧民街出身だし・・・。」
そう口ごもるレギオンにジョシュアが首を傾けていると、「さっきフレディにコテンパンに言われてたのよ。」とレイナが補足するとジョシュアは真顔でこう言う。
「あ、なんだ。あいつ言う事間違ってるから気にしなくていいよ。」
「え、あ、うん。」一瞬戸惑ったがレギオンはホッとした。「じゃあ、こんな
そして再び黒いもやを出す。
「ほほー。」ジョシュアはメガネを掛け直す。「これはまだ実体化できてないやつかな。」
「実体化?」
「ほら」ジョシュアは自分の
「うん。」
「マリィズ・・・じゃない、間違えた、
「私もそのうちはっきりするかなあ。」レイナが口を挟む。
「君の形も面白いよねえ。いくらなんでも曖昧すぎでしょ、形。」
「・・・・。」レイナが黙ってしまう。
「ハンス・レクアンティ!」ローラ教官が名前を呼んでいる。フレディが仏頂面で歩いていた。
「やっぱりな。フレディのやつ、教官に怒られてる。」ジョシュアが言った。レイナが突然そっぽ向いて歩き出したのでレギオンが「あ、ちょっと!」と呼び止めるがレイナは無視してしまう。
「ありゃりゃ、僕の口が過ぎたかな?やっちまったわ。」とジョシュアは引きつった顔で苦笑いする。
「あのさ、僕も、レイナと同じくらい曖昧なんだけど。」レギオンはちょっと苛立った。
「おや、それは失礼した。」
「別にいいよ。」
「んで、その赤い指輪は何だい?」ジョシュアは青い宝石の指輪でレギオンのそれを指差す。
「僕もよくわからないんだ。」
「調べたいんだが、貸してくれるか?」
「だめだよ。外しちゃいけないって言われてる。」
「妙だな?僕たちはそんな事言われたことないぜ。」
「でも、とりあえず僕はだめだ。」
ジョシュアは眉をひそめる。「そうなのか。」
その後ジョシュアは名前を呼ばれて教室に入り、レギオンは以前のようにひとりぼっちで訓練を眺めたり、黒いもやの
やがて。
「レギオン・プライツ!」
ローラの呼び声が聞こえた。レギオンは立ち上がり、教室に向かっていった。
「さてと、」向かい合わせに椅子と机が移動された席でローラが座っている。「まず、フレデリックのことは謝るわ。なんかいじめてるのが見えたから。」
「・・・僕に、貧民街出身はさすがだな、と言って
「そんな事言ったのね、まったく。フレデリックはね、あの子すごい負けず嫌いなの。遠くのA地区からわざわざここに来たレギオンを警戒したのよ。」
「警戒?」
「もしかして、君がフレデリックをもしのぐ天才少年じゃないかってこと。」
「えぇ・・・でも・・・僕は所詮こんな
「所詮なんて、そんな。君は才能あるよ。確実に素晴らしい神軍になれる。だけどね・・・」
「そもそも、この赤い指輪って一体何ですか?」レギオンは思い切って切り出した。
「ああ、そう。丁度それについて言おうと思ってたの。誰も赤い指輪について言ってくれなかったのよね。外すなとだけ。」
「はい。」
「やっぱり言わなくちゃいけないよね。私たちが持ってる青い指輪は、力を増幅するためのもの。御光で
「はい。」
「でね、レギオンの赤い指輪はその逆の力。」
「え?」
「あなたはむしろ力がありすぎて、それで抑える為の指輪なの。」
「力を、抑えなきゃいけないんですか?あ・・・。」レギオンは息を飲んだ。
「・・・まあ、そういう事を伝えることになるから、あまり気が進まなかったんだけど、そう。抑えなきゃいけないの。」
「抑えなきゃいけない・・・」レギオンは自分の手を見つめる。「僕は、何、なのですか・・・。」
「・・・原理はまだよくわかってないんだけど、あなたは常に強力な力が帯電していて、自分自身の身体を
「・・・・。」
「この指輪は、あなたのために特別に作られていて、身体を
「そうなんですかね・・・。」
「?」
「ジョシュアでしたっけ、メガネの人。」
「ああ、うん。」
「あの人は僕の
「まあ、そんな言い方もあるね。」ローラはちょっとため息をついた。
「僕は指輪で力を抑えられてる。この黒いもやもやは、その気持ちそのものなんじゃないかって思うんです。」
「そうねえ。」ローラは言った。「ジョシュアくんのその『実体化』というのも・・・書いてある本あるけれど・・・私は偏りがあると思ってるの。良い悪いって捉え方は違うと思う。確かに
「僕がこの黒いもやもやだと?」
「そう。」
「・・・・。」
「認めるも認めないも決めればいいわ。ありのままの自分を見つめ直すのも、この神軍の訓練には必要なこと。」
「ありのまま?力を抑えつけられたからではなくて?」
ローラはふふっと笑う。「君、最初おとなしいと思ってたけど結構ガッツがあるね。いいことよ。それで、疑念にお答えしますが、力を抑えられてるのはあなたがコントロールできてないからよ。もしもあなたの言う通り、この黒いもやもやが指輪によって力を抑えつけられた結果であるなら、どちらにしても私の結論は同じ。力を全て発揮して破壊活動するだけがあなたのありのままではない。以前のあなたの曹長たちのようにその全てを受け入れない人がいて、あなたもそれをなんとなく感じて気に病んだりもしている。あなたの言う通り押さえつけられた結果のモヤモヤであるならば、まさに、それはあなた自身の全てってことよ。」
「・・・・。」もうレギオンは何も言えなくなってしまった。
「でもね。」ローラは声の力を抜く。「私もまだわかってない。量子の神様は"攻撃性"で才能をコントロールしなさい、って言ってたの、覚えてるでしょう。まだその意味はわかってないの。」
「うん。」
「あなたの才能を伸ばす責務を、私は量子の神様に言い渡されている・・・なんてね。純粋に、あなたの才能を伸ばしたい気持ちは本当だから。」
「・・・。」
「だから結論が出るまでしばらくは皆と同じように訓練してもらえるかな。」
「わかった。」
「いい子ね。」ローラは微笑む。「面談は終わりよ。」
「どうしたね、ローラ教官、相談とは。」書斎でくたびれているケーリー曹長がローラに問いかける。
「悩んでいるんです。レギオンの育て方。」ローラはレギオンの調査書を見ながら答える。
「量子の神は君になんと言ったかね。」
「攻撃性。残酷なこと、暴力的なこと、を楽しませる事で、彼は飛躍的に才能をコントロールすることができます、て。」
「ああ、なんだ、じゃあ簡単じゃないか。」
「何でしょう。」
「レギオンが自由に攻撃できる機会を設ければいいんだろう?」
「はい。」
「これは超法規的処理かもしれんが、量子の神に賭けてみる価値はあるが、」ケーリーはニヤリと笑いながら言った。「レギオンを神軍にし、マリィズを退治させるんだ。」
ローラは息を呑んだ。「そんな・・・・いきなりそんな・・・・!」
「他に方法は浮かぶのかね?奴の攻撃性を利用する、もっとも有効な方法を。」
ケーリー曹長はローラを睨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます