星空に咲いた願い

ザキ…

第1話 星空に咲いた願い

 ゴールデンウィークの最終日。

 映画を観た帰りの喫茶店で、唐突に満里奈はこう言った。


 「ねぇ 今年こそPLの花火大会行こ!」


 「まだ、春だぞ」


 僕は戸惑いを隠し、苦笑混じりに答えた。

 

 PLの花火大会は、僕らの地元である大阪府富田林市の一大イベントと言っていい、日本有数の巨大花火大会である。

 毎年8月1日に行われ富田林市だけでなく、近隣の市どころか気象状況によっては、奈良県・兵庫県からも見ることが出来る。


 「だって去年は、神戸のイタリアレストラン予約したから、とか言って行けなかったんだもん。別に嫌じゃなかったのよ。凄くオシャレだし夜景は凄く綺麗だったから、敏明君の事惚れ直したぐらいなんだから」


 満里奈はいい終わると上品にコーヒーを啜る。

 僕の苦笑が照れ笑いに変わる。


 彼女とは学部は違うけれど同じ大学で、僕は教育学部、彼女は薬学部だった。

 そして彼女と付き合い始めたのは去年の5月半ばを過ぎた頃。

それまで同じテニス部に所属はしていたが、挨拶をする程度だった。

 それが、ふとしたことをきっかけに交際が始まったのである。

 僕は良く一人で映画を観るのだが、彼女も良く観るらしく。

 好きな映画や俳優の好みまで見事に一致していた。


 ここまで彼女との仲は順風満帆だ。


 「明治池公園から観るのがオススメって久美が言ってた」


 彼女は沖縄県出身で、まだPLの花火大会を観たことがなく、大阪に来た時から凄く楽しみにしていたそうだ。

 去年は渋々納得してくれたが、今年は納得してくれそうもなかった。


 「気が早いな~、分かった。今年は花火大会観に行こう


 僕は笑顔で答えた。


 「ヨシ、絶対だからね」


 満里奈は会心の笑みを浮かべコーヒーを飲み干す。

 僕は最後に観た花火大会の夜の事を思い出していた。




 僕が高校生の時、当時付き合っていた彼女と花火大会を観に行った。

 ずっと胸に秘めていた想いが通じ、僕にも初めての彼女が出来た。

 毎日が新鮮で、喜びに溢れ、彼女の事ばかり考えていた。

 そんな日々が高校生最後の夏まで続いた。




 「ここから観ようよ」


 涼子は明治池公園近くの駐車場で空を見上げた。

 何とか時間に間に合った割に、その場所はそれほど人もおらず、遮る建物も見あたらなかった。


 「お、いいんじゃない。」


 そう言って駐車場に椅子を置き缶コーヒを口に含む。


 「本当に好きだね、缶コーヒー」


 涼子がイタズラな笑顔を僕に向ける。

 

 「涼子の次に好きだな……。コーヒーは人類が作り出した最高の飲み物だと思うよ」


 そう言って彼女の肩を抱く。


 「毎日飲んでるもんね。じゃぁ私も毎日愛されてるんだ」


 「もちろん、愛しているよ」


 愛し合う2人にとって、周囲の事など眼中になかった。

 勿論周りのカップルも、僕らなど眼中になかった。 


 「お、上がった」


 どこかでそんな声がした。

 皆が夏の夜空を見上げる。

 ヒュルヒュル……ドン! と次々打ち上げられる花火。

 夜空に色とりどりの花が咲く。


 「綺麗だね」


 彼女はうっとりと見とれている。

 僕は今でも、この時の彼女の横顔が忘れられない。


 「最後のスターマインが咲いた後。最初に目に入ったお星様に願い事をしたカップルは永遠に結ばれるんだって、知ってた?」


 彼女はうっとりとした声で僕に囁きかける。


 「今知った……。お願いしてみるか」


 「うん」


 最後の花火が夜空を明るく染める。

 なかなか星が見えなかったが、ようやく星を見つけた。


 「俊哉君、お願いした。」


 そう言った彼女の顔は、強張ったまま凍りついていた。


 「え、」


 僕は言葉を失い、世界は時を刻むのを止めた……。




 その後、彼女は必死に言い訳をしていたが、僕の耳には入ってこなかった。

 俊哉は僕の親友だった。

 そこからの記憶は殆ど無かった。

 その日、僕は親友と彼女を同時に失った。




 満里奈は少しはしゃいでいた。


 「花火も大事だけど、誰と観るかが大事なの」


 そう力説していたが、よほど楽しみにしていたのだろう。

 歩く速度がいつもと違った。

 先に歩く彼女を、僕が追いかける形で公園に向かった。


 「流石に人多いね」


 少し早めに着いたのだが、目ぼしい場所は既にカップルで埋まっていた。

 僕の脳裏に2年前の思い出が過ぎる。


 「いい場所あるよ」


 僕は公園近くの駐車場に彼女を案内し、椅子を置く。


 「さっすが、地元民」


 彼女はそう言って椅子に腰掛け缶コーヒを口に含む。


 「本当に好きだね、缶コーヒー」


 僕はイタズラな笑顔を彼女に向ける。

 

 「敏明君の次に好きだな……。これがないと生きて行けない」


 「毎日飲んでるもんね。じゃぁ僕も毎日愛されてるんだ」


 「もちろん、愛してる」


 そう言って、彼女は僕を愛ある眼差しで見つめる。

 その時僕はどんな顔をしていたのだろう……。


 「お、上がった」


 どこかでそんな声がした。

 皆が夏の夜空を見上げる。

 ヒュルヒュル……ドン! と次々打ち上げられる花火。

 夜空に色とりどりの花が咲く。


 「凄い! 綺麗だね!」


 彼女はうっとりと見とれている。

 この時僕は、彼女の横顔に涼子の面影を重ねていたのかも知れない。


 「最後のスターマインが咲いた後。最初に目に入ったお星様に願い事をしたカップルは永遠に結ばれるんだって、知ってた?」


 僕は花火に見とれている彼女に囁きかける。


 「え~……今知った。じゃぁお願いしよう!」


 彼女は僕に賛同を求め、また花火に目を移す。


 「ああ……、お願いしよう」


 最後の花火が夜空を明るく染める。

 小さいけれど星が輝いていた。

 僕は夜空に輝く星に願いをかけた。


 「敏明君、ちゃんとお願いした?」


 僕は自然と笑みがでた。


 「愛してるよ……満里奈」


 まるで呪縛から解放さたれたかのように、僕の心が口をついて出た。

 彼女のうるんだ瞳が僕を捉える。


 「初めて愛してるって言ってくれたね。」


 「言ってただろう」


 僕の驚きをよそに


 「好きとは言ってくれるけど、愛してるとは言ってくれなかった……。ずっと待っていたの Like じゃなく Love と言ってくれるのを」


 僕の中で時が刻み始めたのを感じた。

 僕は彼女を抱きしめ、満天の星の下、甘く熱い口づけをかわす。

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 星空に咲いた願い ザキ… @ISHIZAKI

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