恋刃――RENJIN――憐刃

柚緒駆

恋刃――RENJIN――憐刃

 眠る男の夢枕に、大鎌を持った死神が立った。

「そなたの処刑が明日に決まったそうだ」

「そうですか」

 男はそれだけ答えると、小さく微笑んだ。死神は不審げな顔をした。まあ不審げと言っても、その顔はドクロなのだが。

「そなたは自分が死ぬことが怖くないのか」

 男は目を閉じると首を左右に振った。

「怖いです。でもそんな恐怖感よりも今は、幸福感がまさっているのです」

「そなたは幸せなのか」

「はい、幸せです」

「たった一人でこんな暗い冷たい牢屋に閉じ込められて、幸せなのか」

「はい、胸を張って言えます。僕は幸せです」

「明日になれば殺され焼かれ、ただ灰を残すのみの存在となることが、幸せなのか」

「それは僕にとってはどうでも良いことですから」

「そなたは自分のしたことがわかっているのか」死神は呆れたように言った。「そなたが貴族の息子を殺したがために、そなたと同じ移民たちに注がれる世間の目は冷たくなり、排斥の声が高まっているのだぞ」

 男は静かにこう答えた。

「それも僕にとってはどうでも良いことですから」

 男は中空を見つめた。まるでそこに宝石でもあるかの如く、キラキラと輝く瞳で。

「あの娘は優しかった。貧しい花売り娘だったけど、肌の色が違う僕らにも分けへだてない優しさをくれました。その太陽のような笑顔は、皆に希望を与えてくれたのです。その笑顔が、一夜にして失われました。貴族の馬鹿息子のたわむれのためになぐさみ者にされ、彼女は人を憎み世を呪う鬼へと姿を変えてしまった」

「だから貴族の息子を殺したのか」

「僕が彼女のためにできることが、他にあったでしょうか」

 男は勝利者のような顔を浮かべた。その花売り娘は今朝方リンチに遭い、ボロ雑巾のように殴り殺されてしまったのだが、死神はそのことを男には告げなかった。

「つまりそなたは、後悔なく死に臨む、ということで良いのだな」

「後悔などありません。たとえ生まれ変わっても、同じ状況になれば、僕はまた同じ事をするでしょう。ナイフを手に取るでしょう。愛のために!」

 刹那、銀光がきらめいた。死神が、その手に持った大鎌を振るったのだ。驚きを浮かべた顔で頭から真っ二つにされた男は、やがて揺らめき、陽炎のように消え去ってしまった。

「少し早いが、これも慈悲というものだ」

 死神はつぶやいた。現実の世界では、男は処刑を前に突然死したことになる。確かに憎悪を受けて苦しめられながら死を迎えるより、安らかな最期ではあったろう。

 一仕事を終えて死神は、深くため息をついた。そしておもむろに、そのドクロの面を自ら外した。

「愛のために、か。迷惑な」

 面の下から現れたその顔は。

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