第67.2話 田宮と浅間の違い

 どういう流れでそうなったのかは、まあ回想するのも面倒なので割愛するがつまり。

「お前はひよこか?」

「え? なにが?」

「俺の後ろをひょこひょこついて来て、家の前まで」

「いいマンションだよねー」

「……」

 田宮正和は、自分が女に弱い――いや、甘いことは自覚している。父親がいなかったことも原因の一つだし、母親を過労で亡くしたのも小学生の頃だ。それでも、母親という〝女性〟を傍に置いていたため、どうしたって女性そのものには甘くしてしまうのだ。

 もちろん、自分の中の妥協点はあるが、まさかマンションにまで浅間ららが来るとは思っていなかった。途中で食材を購入したのも、てっきり自宅用かと思っていたのだが、こんなことなら材料を確認しておくべきだった。

「まあいいけど、変なことすんなよ?」

「え? するのは田宮じゃないの?」

「オーケイ、俺の判断で決まるならそれでいい……どうぞ」

「お邪魔しまーす。いやほら、システムキッチンがあるって言ったじゃん」

「それが理由か?」

「田宮に興味があったのは確かだよ」

「ああそう……じゃ、着替えは後にしとくか。安心しろ、俺はエスパーだからお前がどうこうできるような相手じゃない――現状はな」

「へ? なにそれ、エスパーかっこ笑いってやつ?」

 なんかにやにやしてた顔にイラっとした田宮は、ESPを使って浅間を屋上へテレポートさせた。がさりと落ちた材料を見れば、野菜やら肉やらが入っている。

「――あれぇ!? なにここどこ!?」

 あ、スリッパじゃ汚れるなと、玄関の靴も屋上へ。

「あ、靴だ。ありがと田宮……――じゃない!」

「うるせえぞ! なに遊んでやがる!」

「ひいっ、すみません!」

 隣のおやっさんだなあと声を聞いて思うが、田宮は自室に入って、手早く着替えをしておく。

 玄関から直通でリビング、ダイニングキッチン。その途中にトイレ、自室、倉庫に使ってる部屋、浴室がある。それなりに〝高い〟マンションだろう。少なくとも学生の一人暮らしで使うような場所じゃない。

 自室には据え置き端末と三つのディスプレイ、クローゼット、ベッドがあるだけ。物をできるだけ置かないのは、そもそも田宮が買い物をあまりしないことと、物欲がないことが原因だ。リビングにはソファもなければテレビもない、ただのフローリングの一室になっている。

 だから、使うのはキッチンの方だろうと、着替えて戻れば、まだ時刻は十五時前。夕食には早いかと、ESPを使ってテラスへの扉の鍵を開けば、上から落ちてきた浅間が戻ってきた。

「ちょっとなにすんのよ!」

「おかえり。ESPは超能力だ、このくらいのことはできる。詳しく聞きたいなら、玄関に靴を置いて、浴室前の洗面所で手を洗ってこい」

「くそう……」

 素直に従うのが笑える話だが、いずれにせよ今日は夜も予定がない。こういう機会は初めてだが、まあ、問題はないだろう。キッチンに入った田宮が珈琲を落としていれば、浅間が戻ってきた。

「で、あれなに」

「だからESPのテレポ。認識そのものはたぶん、一般的に知られてるESPで間違いはねえよ。イメージを基本にして、人間の能力を超えたもので、人間ができないことは、まあできない。いわゆる人間の延長だな」

「でもテレポートって……」

「ボールを投げるのと同じ」

「ああうん、そうじゃなくて、どう対応すればいいのかなって。あ、対処じゃなくてね?」

「そっちかよ……即応したいなら、認識そのものを早くすればいい。俺が使った時の初動っつーか、テレポの前兆はわからんにせよ、された感じはあるだろ?」

「うん、なんか変な感じはあった」

「その瞬間に認識を切り替えるんだよ。どこに飛ばされても、飛ばされる前の〝状況〟から切り離して、を認識すりゃいい。俺もESPに関しては、ある人に訓練してもらったけど、どこに飛ばされるかを掴むのは無理だった」

「へえ……初めて見たけど、やっぱいるんだ」

「少ないけどな? ほら、珈琲。座れよ」

「ああうん、ありがと。でも座るのはまだ。料理したい」

「好きに使えよ」

「ありがと。授業ではよくやるんだけど、寮のキッチンは許可がいるし、なかなか使えなくてさー」

「生活学科だもんな、お前」

「食べてくれる人がいると助かる!」

「キッチンを貸す人と一緒なら、そりゃ手間も減るだろうさ。――〝雪月花せつげっか〟って異名を持ってる人がいるんだよ。つっても、年齢そのものは同い年。ESPの戦闘に慣れた人に教わったんだ」

「……ん? あれ? 人間の能力の延長なら、身体強化もできるんじゃないの?」

「できるし、それは基本だ」

「じゃあ普段の軍式訓練でも……」

「いや使ってねえよ、それじゃ本末転倒だ。能力の延長だからこそ、基礎能力そのものに上乗せされるんだぜ? いくら上乗せが強くても、基礎が育てられるなら、そっちを優先すべきだろ」

「ああうん、なるほど。……なんか、田宮って軍人より狩人ハンターっぽい感じする」

「――はは」

 そうかねえと呟いて椅子に座り、珈琲を飲めば、浅間は材料を手にして台所に立った。

「そっちにあるエプロン使えよ、俺のだけど」

「あんがと。いやでも実際、いろんなこと知ってるでしょ? 事前調査してたとか言ったけど、そもそも、その発想があっても実行するには、いろいろ条件がありそうだし、少なくとも私は、田宮のことを知ろうと思ったら、こうやって追っかけまわすくらいしかできないし。思いつかないんじゃなく、――

「手段の話だな」

 何をしたいかではなく、どうするか。

「大前提、お前らの情報が欲しいという発端があったとして、じゃあそれを知ってるやつは誰だ?」

「少なくともマカロ教官は知ってるよね」

「だが教官に聞くわけにもいかない――ま、それで構わないなら、それでいいんだけど。次のステップは、なら教官はどうやってその情報を知ったのか、だ」

「学園側に問い合わせたんじゃないの?」

「そうだな、その通り。けどから、ちゃんと取捨選択をしないと、望みの情報にはたどり着けないだろ」

「うん」

「けど、学園の情報そのものなら、学生が誰でも持ってるだろ?」

「それが望んだ情報かどうかは別でってことなら、そりゃそうでしょ。学生だし」

「だとしたら、学生が知ってるってのは機密事項じゃないだろ?」

「……そう言われると、そうかも?」

「そこで学生に対して、そういや軍式訓練なんてもんがあるよな、なんて声をかければ情報も集まるわけだが、そんなことしなくても情報屋をノックして、金を払えばそのくらいは買えるってわけ」

「なんでそこで情報屋?」

「簡単だから。売買をしているのが情報屋なんだ、利用してやらなきゃ金は動かない。特にこういう簡単な情報なら、余計な手間もないしな」

「いやそうじゃなく――あれ、なんでこんなに包丁あんの?」

「野菜、肉、魚二種、フルーツ、汎用の六種類だ。何を使ってもいいよ」

「あいお。んー……じゃなくてね? そもそも、情報屋に頼るって選択肢がもう、普通じゃないよ?」

「五十年前の人に、どうして調べものに携帯端末を使わないんだって質問をするのと同じだな。ま、俺だって強くは言えないが、やろうとしないやつのよく使う言い訳だって、そう言われたことはある」

「ぬ……」

狩人ハンター志望だったんだよ」

「――え?」

「だから、狩人志望。今は違うけどな」

「…………」

「なんでそこで目を細める?」

「いや、賢そうに見えない」

「ああそう。洗面所でよく見る顔とどっちが馬鹿だろうな?」

「うっさいわー」

 他人が自分の台所を使っている、なんて状況に違和感はあれど、作業を軽く目で追っていても、ぎこちなさはない。さすがは生活学科の学生だ。

「飯の時間には早いんだけどな?」

「余ったら冷蔵庫ね。――っていうか、田宮も料理するの?」

「カレーが冷凍庫に入れてあるから、確認したらどうだ? 外食ばっかするほど裕福でも――……まあ、ないからな」

「何故誤魔化す」

「仕事してりゃそれなりの収入があるからな。突発的に舞い込む現場の体力仕事だけど。一人暮らしで料理しねえってのは、たまにでいい。日課にしちまえばそう面倒もない」

「じゃあご飯も炊く。何合?」

「お前も食べるなら三合」

「ラジャー」

「それが返事なら、イエスサー。女性ならイエスマァム。相手の言葉を理解したなら、アイコピー」

「そうなん?」

「らしいな。元軍人って呼ばれても、上官はやっぱり上官なんだってさ」

「ほらもう、そういう知り合いがいるし……普通じゃないよ」

「それも、知り合おうとしなきゃ、知り合えないだろ。お前だって、エアライフルの競技用教室に通ってて、先輩と知り合ってるはずだぜ? 似たようなもんだ」

「――なんで知ってんの」

「推測。お前が射撃部に所属してて、軍式訓練を選んだって情報は事前に得ていたし、お前がどっちかっつーと、競技よりも実戦を目指してるのも知ってたから、そうじゃねえかと当たりをつけただけ」

「なにその思考、わけわかんない……」

「疑り深い臆病者なんだよ」

「そう見えれば楽なんだけどなあ」

「その割に、お前の警戒度は低いけど、学生はこんなもんだろって思ってる」

「あと田宮への好意を上乗せしてね?」

「はいはい」

「冗談じゃないのに」

「そういう人付き合いは、距離を空けてるから知らん。明日死んで困るような生き方ってのは、あんまりしたくないんだ。何かを残したくない……昔からな」

「いや、だから、死に方とか生き方とか、そんなもん考えるのがおかしいって」

「かもな」

 だが、どうしたって考えたくなる。

 田宮はもう随分と前に、置き去りにされたままなんだから。

「……足りない食材があるなら、うちの食材を使ってもいいぞ。主にエビとか、貝とか、とろみをつける粉とか」

「うっわ、食材と最初の調理だけで当ててきた……!」

「だから料理してるって言ってる。まだ時間がかかるだろ? 自室にいるから、好きにしろ。あと一応、自室に入るのはやめてくれ。ノックしてくれりゃいいけどな」

「はーあーい」

 呑気な返事に、田宮は席を立つ。

 ――まあ、なんというか。

 家に誰かがいる、ということに少し落ち着きを感じるのだから、まだまだ自分もガキだ。甘えないように境界線だけは守ろう、そんなことを田宮は思った。



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