蒼介、那月、思い出す。


1年2組の教室。

窓際の2席、大体が早い方の番号の2人にとってはお馴染みの席。

今年度から高校生となった飯村蒼介と荒川那月は、新たな学生生活について喋っていた。


「そういえばさ、蒼介。あんた何部に入るの?」

「ん、バスケ。」

「へー、好きだねぇ。」


蒼介は小学校4年、那月と同じクラスになった年から、バスケットボールをやっている。

ポジションはシューティングガードで、中学に上がった頃からその才能が開花。

とことんやり込む本人の性格とも相まって、中学3年の頃には県内でも注目される選手となった。


「まあでも、確かに最後の大会は惜しかったもんねぇ。」

「まあ、な。」

「あ、ごめん、思い出させちゃった?」

「いや、いい。気にすんな。」


中学では年の最後の大会。県大会の準々決勝。

勝てばベスト4というその試合、蒼介のチームは一点差で負けた。

その原因は、明らかな審判のミスジャッジだった。

残り数秒で出たパスを受け取り、シュートを打ったのは蒼介。

相手選手も、勝ちたいという執念でブロックに飛び、蒼介はボールごと吹っ飛ばされた。

明らかなファールだったのだが、その審判は何故か笛を鳴らさなかった。

会場から審判への大ブーイングの中、涙の敗退。蒼介の中学バスケ生活は幕を閉じた。


「もう、二度とあんな負け方はしねぇ。徹底的に勝つ。勝って勝って、少しでも長くコートに残る。」

「………うん、まあ、怪我しない程度にね。」


那月は、蒼介がどれだけ悔しかったか、知っている。

審判が悪いと色々な人に慰められ、仕方ないと笑っていた蒼介も見た。

体育館で1人、泣いている蒼介も見た。

汗だくになって必死に努力した蒼介も、試合で活躍してチームメイトと笑い合う蒼介も、誰よりも見てきた。


自分には、悔しくて泣くほど、必死になって努力するほどの目標が無い。

そう思う。


沢山の友達がいても、何となくやってテストの点数が取れても、体育でやったスポーツが何故か上手く出来て褒められても、本気になってやれている気はしなかった。


自分には無いものを持っている。


そんな蒼介が、憧れるだけの存在じゃ無くなったのは、一体いつからだったろうか。

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