第7章その2 お宅訪問
(分かってる……分かってるよ……)
街の中を、私は雨に打たれながらあてもなく歩いていた。
(私はソフィアじゃない。ここにいても封魂は出来ないし、なにより魔力も武術の心得もない。何の役にも立てないって……、でも、あんな言い方……)
『銀オラ』発売前から、ずっとベルケルが気になっていた。一番に攻略しようと思っていた、好きなタイプだった。
そのベルケルに、この世界に私が存在することを否定された気がした。
(嫌いだ……、ベルケルなんて大嫌いだ……!)
胸が痛い。
(ミサ、あんたの男を見る目は正しかったよ。キブェ、めちゃくちゃいい人だよ、優しいし。でも、私が好きになった人は……)
雨の降り続ける黒い雲を見上げる。
(全キャラの中で一番ヤな人だった!!)
私は天に向かって心の中で叫ぶ。
(ソフィア、お願い、今すぐ私と入れ替わって! 元の位置に戻って来て! 私には……)
視界が滲む。
(この世界のヒロインなんて務まらない……!)
§§§
(……って、あれ? ここ、どこ?)
考え事をしながらさ迷っていた私は、気が付けば酷く荒んだ雰囲気の地域へと足を踏み入れていた。
(これっていわゆるスラムってやつ? ゲーム内の移動コマンドに、こんな場所はなかった筈だけど……)
道端に蹲った人たちが、昏い眼差しをこちらに向けている。
(ま、まずい感じ? ううん、人を見た目で判断しちゃいけないわよね。それにここは『銀オラ』の世界だもん……。そこまで凶悪な人は……)
「おい」
「っ!」
見るからにガラの悪い男たちが、私を取り囲んでいた。
「こんな所に何の用だい、お嬢ちゃん?」
「え……、いえ、あの……」
(か、彼らも聖洞みんと絵!? 違うわよね、これは多分……)
「社会科見学か? ルーメン学園のお嬢ちゃんは酔狂だなぁ」
「ご、ごめんなさい、違います……ちょっと、迷っただけで……」
「迷ったぁ? そうかそうか、じゃあ、俺たちが案内してやるよ」
「いえ、結構です、1人で行けます」
「そう冷たくすんなって。それともルーメンのお嬢さんは、俺たちみたいなのとは連れだって歩けねぇってか?」
「そういうわけじゃ……」
「ほら、雨でずぶ濡れじゃねぇか。俺たちの部屋で服を乾かして行けって」
乱暴に手首を掴まれた。
(ひぃ! 怖い!)
その時だった。
「俺の連れに何か用か?」
背後から聞こえてきた低い声。私の手を掴んでいた男が目を剥いて叫んだ。
「ベベ……ベルケル!?」
(……っ!?)
振り捨てるように、私の手首が解放される。
「こ、このお嬢さん、ベルケルの……お、お知り合い? デスカ?」
「あぁ、そうだ」
丸太のような腕が私の体に回り、ぐいと引き寄せられる。男たちの顔は明らかに青白くなっていた。
「で? 何の用かって聞いてんだよ」
「い、いいいいや、俺たちは別に……」
「おい、行こうぜ!」
「あぁ!」
引きつった笑みを浮かべて後ずさりしたと思うと、男たちは一目散に逃げだした。
「ったく……」
ベルケルの腕が私から離れる。
「…………」
「いつまでこんなところで突っ立ってる気だ。行くぞ」
「…………」
「びしょ濡れだろうが。風邪ひいちまうぞ」
(放っておいて)
そう言いたいのに口が動かない。
「ここにいたら、またさっきみたいなやつらに目ぇ付けられんぞ。いいのか」
「…………」
「だぁーっ! 面倒くせぇ女だな!!」
一度離れた逞しい腕が、再び私を捕える。今度は回されるだけでなく、そのまま肩の上に担ぎ上げられてしまった。
「きゃあっ!?」
「なんだ、声出んじゃねぇか」
「お、下ろして……っ」
「聞こえねぇ」
ベルケルはそのままずかずかと足を進める。
「どこへ私を連れて行く気?」
「ここじゃねぇところだ」
「ベルケル!」
「こんな冷え切ってる人間、雨ん中連れまわせるか。俺の家で服乾かすぞ」
「っ!?」
(ベルケルの家で、服……!?)
少女漫画のお定まりパターンが頭をよぎる。
(濡れた体……服を脱いで乾かす……乾くまで2人一緒に毛布にくるまり暖炉を見つめ……2人きりの静かな空間……炎に照らされる肢体と横顔……)
「無理無理無理無理!!! 私には無理!! 下ろして!!」
「何が無理だ、喚くな、うるせぇ!」
どんなに暴れても、ベルケルのごつい腕は私をがっちりと固めて離さない。
(だめだ、死ぬ!! そんな強烈なシチュエーションに放り込まれたら心臓止まる!! ベルケルと2人きりになったら死ぬぅうぅ!!!)
§§§
(へ……?)
目の前を十数人の子どもたちが走り回っている。
ベルケルに連れて行かれたのは、荒れ果てた託児所のような場所だった。
「あ、あの……、ここがベルケルの家?」
「正確には違うが、似たようなもんだ。おい、アティファ!」
ベルケルが奥に向かって声を掛けると、1人の女性が姿を現した。
「あら、ベルケル。帰って来ていたの」
「政府からの報奨金が入ったんでな、持ってきた」
ベルケルは札束を女性の手へ渡す。
「ガキどもに美味いもんでも作ってやってくれ。あと、学費にも当てろ」
「ありがとう、ベルケル。助かるわ」
「あぁ、それと悪いがこいつの服を乾かしたい。代わりに何か羽織るものをくれるか」
「分かったわ。温かいスープも用意するから、少し待ってて」
「おぅ、悪ぃな」
(え……、これって……これって……)
親し気な美人と沢山の子ども……。
(設定では明かされてなかったけど、まさか……!)
「ベルケル、既婚者……?」
「はぁ!? なんでそうなる!」
「あ、そうよね。何も結婚という形にはめる必要はないわよね……。籍を入れなくても子どもは生まれるわよね……」
「おい……」
「まさかのパパ属性キャラ……。攻めてきたわね、アプサラーも。でもNTR主人公は地雷の人も多いし、私もちょっとこれは……」
「待て、待て待て待て! 何言ってんのかいまいち分かんねぇけど、お前、誤解してねぇか?」
「……この子たち、ベルケルのお子さん?」
「なんでそうなる!?」
「あのアティファって人、ベルケルの恋人? それとも元カノ?」
「だから、違ぇーって!」
「うふふ……」
振り返ると、服を手にしたアティファが戻って来ていた。
「初めまして、ルーメンのお嬢さん。アティファです」
「あ、はい……、睦実、です……」
なんとなく気遅れてしてしまい、身を縮める。
(正妻の前に引き出された愛人って、こんな気持ちなのかしら……)
「そのびしょ濡れの服のままじゃ、風邪をひくわ。まずは着替えましょう。私の部屋へいらっしゃい」
「はい……」
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