第7章その1 持たない側の気持ち
―ボクの機械はキミから魔力を全く感知できませんでした。すなわち……―
―キミはどれだけ特訓をしても、魔法を使えるようにはなりません―
「…………」
私はベッドに寝ころんだ状態で、ミランの言葉を反芻していた。
(そっか……、そうだよね……)
街で友人たちと買った、体に合った新しいルームウェアを身に付けても、心は晴れない。
(別の世界に移動したからって、私自身が変わったわけじゃないもの)
国境を越えた瞬間、容易く未知の国の言葉がペラペラになったりはしない。つまり、そういうことなのだ。
(魔法が使えないのが普通の世界にいた人間が、剣と魔法の世界に飛び込んだからって、いきなり魔力が宿るはずないのよ……、だけど……っ)
ぎゅっとベッドのシーツを掴む。
(もしかしたら……、私でも頑張ったらひょっとして……、そんな希望を持っていたのに……!)
頭の中に、アニメやゲームで見たいくつもの異世界転生もの主人公が、浮かんでは消える。ぼっちでさえない主人公が、異世界に行った途端に勇者で万能でモテモテ……。
「なにそれ、ふざけんなよ……」
突然不思議な力が使えるようになったりしない。見た目だってさえないまま。別の世界に行ったって結局は主役にはなれない……。
(私、なんでこんなところに来ちゃったのよ……。この世界を救う力なんて持ってないのに……)
初めは夢だと思っていた。今でも時々は疑っている。これは、ゲームの記憶を残したまま見ている夢なんだ、って。
(でも、夢ならもっと私に都合のいい展開になってくれてもいいよね?)
「…………」
どうしようもない焦燥感が胸に押し寄せる。
(この物語の主人公は、『封魂の乙女』の力を持っていなきゃいけない。それこそが世界を救う唯一の力だから)
それが発動されなくては、この先に待つのはバッドエンドだけ。
(じゃあ、その力のない私がこの位置に居座り続ければ、世界が亡ぶ……?)
「そんなの……」
私のせいじゃない。ここに私がいるのは、私の意志じゃない。そうは思っても、自責の念から逃れられない。
(どうしたらいいの……! 助けてソフィア、今すぐ私と入れ替わって!)
拭っても拭っても目元に滲んで来る涙を、手の甲で何度もこする。
(ゲームでは、メトゥスが町や人々に損害を与えるたびに、『平和度』が下がっていく。それが0になったらバッドエンド)
導魂士と共に倒すことで一時的にメトゥスを退けることは出来るが、『封魂』で完全に封じなければまた復活してしまう。いくら倒してもきりがない。
(それでも、何の対応もしないよりは……)
私は起き上がり、戦闘時に持ち歩くバッグの中を見る。今日の戦闘で半分くらいにまで減ってしまった、戦闘アイテムの珠……。
(これを使って、少しでも『平和度』が下がるのを防ぐ。今、私に出来るのはそれだけだわ。明日、買い足しに行こう。
ソフィアのポジションにいる以上、何もしないわけにはいかないもの……)
§§§
翌日、私は授業が終わると、小雨の中、残金確認とアイテム補充のために街へ一人で出かけた。
(うん、昨日の分の報奨金はもうちゃんと入って……ん?)
報奨金の振込主は政府なのだが、その下にいくつかの振り込み記録がある。
「なんで……!?」
振込主の欄に並んでいたのは、エルメンリッヒ、シェマル、キブェ、ライリー、ミランの名。
「……っ、どうしてみんなが……!」
§§§
「あ、あのっ……!」
私は離れに戻ると、雨に濡れた髪も拭わず、談話室に集まっていたメンバーに問いかけた。
「これ、どういうことなの!?」
私の口座への振り込み記録を皆に示す。
「どうしてみんなが、私に……」
「『かきん』だよ、睦実ちゃん」
キブェが悪戯っぽい笑みを浮かべ、私を見る。
「課金……?」
「キブェから聞いたよ。好きなものに金を貢ぐことをそう言うんだよね?」
「ライリー……」
「あなたの使用したアイテムは、大変高額なものです。1人で負担するには大きすぎるでしょう。それに、本来ならこれは政府に必要経費として請求して良いものだと考えました」
(シェマル……)
「こちらで今日のうちに政府に要望書を出しておいた。今後、多少使用制限はかかるかもしれんが、代わりに必要経費としていくらか出ると思う。お前個人の出費にすることはない」
(エルメンリッヒ……)
「まぁ、すぐには許可が下りないでしょうから。少しの間、ボクたちも手伝いますよ。『かきん』でね」
(ミラン……)
「なんで……、おかしいよ……」
みんなの心遣いに、胸の奥が焼けるほど熱くなる。
「聞いたことない……、ゲームキャラに課金されるユーザーとか……。
そんなの史上初じゃない、ありえないから……」
「睦実……」
エルメンリッヒの手が私の肩にかかる。
「魔力について告げられた事実は酷だったろう。だが、お前は既に私たちの仲間だ。一人で抱え込もうとするな。今後のことは、皆で解決して行けばいい」
「エルメンリッヒ……」
(ずるい、反則だよ……C.V.城之崎翔で、そんな優しい口調とか……)
涙腺が決壊しそうになるのを必死で堪える。今、一言でも声を発したら、その瞬間に泣き出してしまいそうだったので、私は歯を食いしばって何度も頷いた。
「ん? あれぇ?」
ライリーが振り込み記録を手にして声を上げた。
「ベルケルはやんなかったの? 睦実に『かきん』」
「あぁ、やってねぇ」
(ベルケル……。そう言えば……)
「え~、なんで?」
「そんな義務はねぇからな」
ベルケルは面倒くさそうに欠伸をする。
「それに、お前らと違って俺には人様にくれてやるような金はねぇ」
「ケチ」
「んだと?」
「ちょ……、ライリー、いいから!」
私は慌ててライリーを止める。
「こういうのは強制的に徴収するものじゃないでしょ?」
「そうだけど、ベルケル冷たいよね。睦実を助けてあげたいとは思わないの?」
「じゃあ、言わせてもらうけどな、ライリー」
ベルケルはのっそりと身を起こす。
「こいつに大金つぎ込んでまで、戦場に引きずり出したい理由は何だ?」
「……っ」
「睦実もよぉ」
首を巡らせベルケルがこちらを見る。
「お前、そこまでして戦いに参加する意味はあんのか?」
(え……)
ベルケルの双眸から放たれる眼光が、まっすぐに私を貫く。
「魔力がないってはっきりしたんだろう。なんで戦場に出ようとする」
「なんで、って、私は『封魂の乙女』で……」
「魔力がないのに封魂もクソもねぇだろう」
「……っ!」
「ベルケル、およしなさい! 彼女は彼女なりに……!」
「だぁってろ、シェマル! 俺はこいつのために言ってんだ」
ベルケルの大きな手が、テーブルを叩いた。
「武器も扱えねぇ、魔力も持ってねぇ、自分の身も守れねぇ、そんな人間を戦場に連れて行く意味はあんのか? ねぇだろ!」
「だから、睦実ちゃんは頑張って『かきん』してさぁ……」
「甘ぇんだよ、キブェ。それだって、周りの助けを借りなきゃ、今後は続けらんねぇ状態だろうが。違うか?」
「うぐっ……」
「ベルケル。彼女の預言はこれまで我々を有利に導いてくれた。その功を忘れたわけではあるまい」
「あぁ、覚えてるぜ。けど、わざわざ戦場に連れ出して聞く必要はねぇだろ。ここで聞いて、戦いには俺らだけで行けばいい」
正論だ。
ベルケルの言っていることは正しい。
(だけど……っ)
私は両こぶしをぐっと固める。
「ともかく、睦実、お前はもう戦闘には加わんな。戦闘中に目の前でウロチョロされると……」
「……てしまえ……」
「んぁ?」
「ベルケルなんて……っ!」
叫んだ瞬間に、溜め込んでいた涙が吹き出した。
「二次創作でエルベルとかキブベルとか言われて、全世界にあられもない姿を晒されまくればいいんだっ! 総受け本出てたら買い占めてやるっ! バーカ!」
私は談話室を後にすると、そのまま玄関から外へと飛び出した。
「お、おい!! 外は雨……!」
ベルケルは身震いすると、ボソリと呟いた。
「……意味はよく分かんなかったけど、今のは呪い……なのか?」
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