第5章その6 恥ずかしさの基準
(果たしてあれは、恋愛イベだったのだろうか……)
帰宅後、夕食までの暇つぶしに、私は敷地内を散歩していた。
(や、ゲーム内で2人きりでカフェに出かけるなんてイベが起きたら、恋愛イベだと分かりますけど?)
ライリーと2人でカフェに出かけパフェを食べた。でも、そこまでラブラブしい雰囲気でもなかったし、あれを『恋愛』の一部と判断するのはライリーに対して失礼な気がする。友人同士だって、カフェくらい行くだろう。
(いや、私はリアルで行ったことないけど。でもリア充は当たり前のようにしてることみたいだし……)
そんなことを考えながら、ある場所まで通りかかった時だった。破裂音のようなものが聞こえてきた。
(え? 何、今の……)
音は不定期に何度か続く。私は音に導かれるように、学園の敷地のはずれへと進んで行った。
(ここって……)
かすかな音と共に、円盤状のものが射出される。そして、あっと思った時には既に、それは破裂音と共に粉砕されていた。
夕暮れの迫る射撃訓練場に立つ、スリムで小柄なシルエット。レディシュの髪が夕日に映え、燃え盛る炎のように揺れている。
(ライリー……)
またも射出される円盤。ライリーは素早く横に移動をすると、見事に的を破壊した。
「っ!? 睦実!?」
移動した際に、私が視界に入ったのだろう。ライリーがぎょっとした顔つきでこちらを振り返る。
「あ、ごめん。練習の邪魔しちゃった? 私のことは気にせず……」
「うそ……、なんでそこにいるの?」
「なんでって、散歩して……」
「だーっ、もう! かっこ悪い!!」
(は?)
ライリーは両手で顔を覆うと、しゃがみこんでしまった。
(な、何!?)
「あの、ライリー?」
「なんで見ちゃうの? オレのこんなかっこ悪いところ」
「かっこ悪い?」
何を言っているか分からず、私はぽかんとなる。
「あーもう、恥ずかしい!」
「ごめん……。でも、どの辺がかっこ悪くて恥ずかしいか、理解できない」
「だ、だってさ……」
腕で顔を隠しながら、ライリーが目だけでこちらを見る。
「こんな練習してるの見られたら、天才じゃないってばれちゃうじゃん」
「!? ライリーはみんなの前で練習したことないの?」
「ないよ」
「どうして?」
「恥ずかしいじゃん!」
「だから、どうして? かっこよかったけど?」
「そんなことあるわけない!」
ライリーの頬が赤いのは、夕日のせいだけじゃなさそうだ。
「練習しなくても出来る奴ってみんなに言われてるのに、本当はそうじゃないって知られるなんて……、かっこ悪……」
(こやつ……、天才のふりした、努力家キャラかーーっ!)
若くして天才と呼ばれる少年。だが彼は陰で地道な努力を続ける頑張り屋だった。
(ベタだ、だが悪くない! むしろそこがいい!)
予想外のタイミングでぶっこまれた萌えに、思わず頬が緩む。出来ればゲームのプレイ中に知りたかったけど、もうその辺は諦めた。ありがとう!
「あー、睦実笑ってる。やっぱオレのこと馬鹿にしてるんだ」
「してないよ」
「じゃあ、なんでニヤニヤ笑ってるのさ」
「ニヤニ……これが私の普通の笑い方なの!」
「どっちでもいいよ。あぁ、もう。みっともない、恥ずかしい……」
「あのねぇ……」
練習を見られただけでやたら恥じ入っているライリーに、私は一言物申したくなる。
「そんなの、パジャマ姿見られた私に比べたら、全然恥ずかしいうちに入らないと思うけど!?」
「へ? パジャマって昨夜の?」
「そう!」
「恥ずかしいってどの辺が?」
「どの辺って……、何もかもよ! フリフリのデザインも可愛いピンク色も似合わないし、そもそもパジャマだし、それに……」
(サイズが合わないから、タンクトップの上からボタンをはずして羽織物のように着るしか出来ないなんて……、さすがに言えない!)
ぐっと言葉に詰まった私に、ライリーは不思議そうに首をかしげる。やがてふわりとその口元をほころばせると、屈託のない笑顔を浮かべた。
「可愛いと思ったけどな、オレ」
「っ!?」
(貴様、プロかぁああ!!!)
よくもまぁ、あの姿の私を見て、そんな言葉がすらっと出るもんだ。ライリー、恐ろしい子……!
「こっ、この……、乙女ゲー攻略キャラめが!!」
思わず口をついて出た言葉はライリーに理解されることなく、茜色の空へと吸い込まれていった。
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