第5章その5 気合いで出来るものなら
「やー、逃げ切ったねぇ」
カフェのテラス席、私はテーブルに突っ伏し肩で息をついていた。
(き……気持ち悪い……)
胃から朝食がせり上がってきそうだ。
「ほら、水」
目の前に、澄み切った水で満たされたグラスが置かれる。私はそれを一気に飲み干した。
「何食べる? ここのお勧めは、生クリームとフルーツたっぷりのパンケーキだって」
(さっき朝食食べたばかり……)
それでもいつものコンディションなら食べられたかもしれない、BMI23を舐めるな。だが今は……、
「全力疾走後の生クリームは勘弁して……」
「あははは、だよね~」
ライリーは楽しそうにメニューを見ている。
「あ、これなんてどう? 旬のフルーツをふんだんに使ったパフェ!」
「いや、だから生クリームは……」
「見てよ、ほら」
ライリーは私にメニューの中の1つを指し示した。
「うわぁ……」
名前負けしてはならじとばかりに,みずみずしいフルーツがてんこ盛りになっている。アイスクリームや生クリームの代わりにジェラートやゼリーが使われていて、見た目にも涼やかだ。
「口当たり、さっぱりしてそう……」
「これなら食べられるんじゃない?」
「う、うん……」
私が頷いたのを見届け、ライリーが店員に合図を送る。やがてテーブルに届けられたそれを見て、私は息を飲んだ。
(綺麗……)
ジェラートの間からゼリーが宝石のように輝いている。そしてふんだんに盛り付けられたフルーツから伝わってくる生命力。
「さ、食べようよ」
「うん」
(わ……!)
フルーツが冷たい。凍る寸前に取り出したのだろうか。シャーベットと生のフルーツの中間と言った食感だ。それに絡むジェラートも、舌に触れた途端に濃厚なジュースとなって喉を潤してゆく。
「おいしい……」
「だね!」
にこにこと笑いながらライリーがフルーツを口に運ぶ。
(ぐ……、可愛い……!)
さすがは聖洞みんとデザインの美少年だ。フルーツをぱくつく姿に、嫌みもあざとさも感じられない。ただただよく似合っている。
「ん? 何? オレの顔に何かついてる?」
「いえ、何も……」
私はスプーンをパフェグラスへと突っ込む。
「いいなぁ、可愛いものが似合う人は、と思って」
「何それ。可愛いものは、女の子の睦実のが似合うに決まってんじゃん。昨日のパジャマもよく似合ってたし」
(喧嘩売ってんのか!)
思ったが口には出さず、代わりに一切れ桃を取って口に押し込んだ。
「あの、さ……」
ライリーがスプーンでサクランボをつつく。
「この間のこと、その……、ごめん」
「?」
「だから、ほら。魔法使えなくて、自分の身も守れないって……」
「あぁ、あれ……」
謝るとすれば、今のパジャマについての発言を謝ってほしい。
「いいよ、身を守れないのも魔法が使えないのも事実だし……」
「前は魔法使えたんだよね? なのに今は出来なくなった。そのことで一番苦しんでいるのはきっと君だよね……」
「…………」
「すごく無神経なこと言ったと思う。だから、ごめん」
「ううん……」
以前、魔法が使えていたのは私じゃなくてソフィアだ。
(私が悩んでるのは、魔法が使えないことじゃなくて、ソフィアと入れ替われないことなんだけどな……)
「大丈夫!」
ライリーが、テーブルに置いていた私の手に自分の手を重ねる。
「っ!?」
「一度出来ていたことなら、きっとまたやれるから!」
(ライリー……)
私を真っすぐに見るライリー。その瞳には誠実さが溢れている。
一方私と言えば……。
(いや、ライリー、あの、手! 手が! 手! 手! 手!)
ライリーの温かな手の下で、自分の手がどくどくと脈打っているのを感じる。まるで爆発物にでもなってしまったかのように。
「?」
ライリーが小首をかしげる。やがて、自分の行動が私の挙動不審の原因だと気付いたのだろう。
「あっ、ごめんね」
頬を桜色に染めて、はにかみながら手を引いた。
「ま、魔法のことだけど……」
触れられた手をテーブルの下へと隠し、私は口を開く。
「無理、だと思う……」
「無理? どうしてさ!?」
(どうしてもこうしても……)
恐らく、この世界の人間と私は、根本的に作りが違うのだろう。私から魔法をひねり出そうなんて、石を絞って水を出せと言っているようなものだ。
「大丈夫、きっと出来るよ! 授業中も睦実、頑張ってたじゃん!」
「いや、でも……」
「出来るって! 自分自身を信じてみようよ、ね?」
(うぅ……)
ポジティブな人は嫌いじゃないが、そのポジティブを他人に押し付けられるのは苦手だ。
「ライリーは天才だから、分からないんだ」
「え?」
少しイラッとなって、つい棘のある言い方をしてしまった。
「自分で言ったじゃない、天才だって。いいよね、天才は。訓練しなくても出来るんだもん」
「…………」
ライリーは少しの間黙っていたが、やがていつも通りの屈託のない笑顔となった。
「うん! いいでしょ!」
「っ!?」
「へへっ、やっぱこれ美味しい!」
にこにこと笑いながら、彼はぶどうを口の中で弄ぶ。
(なんだかなー……)
嫌味を言った自分が情けなくなる。
(見た目がこれなんだから、せめて性格ぐらいいい子でいようよ、私……)
くすぶる気持ちをクールダウンさせようと、私もジェラートを口に運んだ。
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