第6章その1 弟子入り
「お師匠様」
授業を終えたある日の放課後。
私が芝生の上に平伏すると、木陰で読書していたシェマルはその美しい顔に困惑した表情を浮かべた。
「なんでしょうか、睦実。私は貴女を弟子にした覚えはないのですが」
「弟子にしてください、お師匠様」
「……まだ、弟子にするとも言っていないのに、その呼び方はおかしいですよ。第一、私はまだ弟子を取れるような立場ではありません」
シェマルは手にしていた本を閉じる。
「さぁ、そんなところで土下座をするのはおよしなさい。周りから変な目で見られますよ?」
「プレイの一環だと思えば、ごく自然な構図です」
「言っている意味が分かりません。ともかく、顔を上げてください」
私が顔を上げると、シェマルは困ったように笑い、私の顔へ手を伸ばした。
「ほら、頬に草がついてしまったじゃないですか」
優美な指先が、私の頬から草を払う。
「取れましたよ。女の子なのですから、身なりには気を付けましょうね」
柔らかな微笑みに目が眩みそうになる。
(どれだけ逆立ちしても絶対に追いつけない、超ド級の美女顔に言われてもなぁ。草の1本や2本、顔についてようとついていまいと、圧倒的格差の前には何の意味もないよ……)
「それで、なぜあなたは私に師事したいと考えたのですか?」
「魔法を教えてもらいたくて……」
「魔法、ですか? 私は一向に構いませんが、どうなすったのですか突然」
「…………」
先日、夕陽の中で1人特訓をしていたライリーの姿が、今でも瞼の裏にしっかりと焼き付いている。
(あれだけの腕前を持つ人でも、練習してるんだ……)
まったく出来ない人間が、時の流れに身を委ね、「そのうちなんかイベントでも起きて奇跡的に魔法が発動するようになるんじゃないかな~」なんて悠長に構えていることに、少々罪悪感を覚えるようになっていた。
(ライリーは私に練習を目撃されたことを、すごく恥ずかしがってた)
彼から感銘を受けたことを、ここでシェマルに話すべきじゃないだろう。
「今日も授業で上手く出来なくて……。このままじゃ、戦闘でも役に立てないし。それで、ふと、身近に素晴らしい先生がいるな~、って思って」
「あぁ、そういうことですか」
シェマルはそれ以上問いただすことなく立ち上がると、微笑んで私の頭を撫でた。
「向上心のある方は、素敵ですよ」
(お……おぉう……)
プラチナピンクの髪が陽の光を浴びて輝いている。背は高いが、声も中性的で、まるで目の前に女神が降臨したようだ。こんな圧倒的美人に至近距離で微笑みかけられたら、「い、いえ、それほどでも、フヒッ」みたいな声が漏れそうになる。
(シェマルには、男性に対する緊張とか恐怖みたいなのはあまり感じないんだけど、格の違う美人に対する気後れみたいなのがちょっと、ね……)
「では、早速ですが始めましょうか。ロッドは持っていますね?」
「は、はい!」
私は自分のロッドをシェマルに見せる。
「ふふ……、私の特訓は厳しいですよ」
「お手柔らかにお願いします……」
§§§
「……今日は、この辺りで終わっておきましょうか」
空が少しずつ茜色に染まり始めた頃、シェマルはそう言ってロッドを下ろした。
「……ありがとう……ございました……」
疲労困憊とはこのことだ。意識の集中を繰り返した脳は限界を迎え、立っていただけなのにクラクラする。
放課後の特訓を始めて、5日が経過していた。
(まっっったく進展しなかった!)
この一週間、厳しいと言いながらも、シェマルは懇切丁寧に指導してくれた。ちょっとしたコツや、自分が幼い頃に意識したことなど、分かりやすく説明してくれた。
(なのに、びっくりするほど前進しなかった……!)
アニメや漫画なら、これだけやればちょっとはレベルアップした描写がなされるだろう。夕陽を顔に浴びながら「出来た……!」というシーンが来るはずなのだ。
「睦実」
「っ!」
シェマルが夕日に肌を染めながら、優しく微笑んでいる。
「大丈夫ですよ、焦らなくても。きっと出来るようになります」
「でも……」
シェマルの腕が伸びて来たかと思うと、私は彼の胸の中へ優しく抱かれた。平らな胸が頬に触れる。
「っ!?」
「どうしました、睦実?」
「胸が……ない」
「…………。私は男ですからね、あったら大変です」
「あ、あぁ、そう……よね」
(何を言ってるのよ、私ったら……)
今、自分を抱きしめているのが男性だということを頭で理解しつつも、疲れ切った体は何のリアクションも起こさない。ただ、しばらくこの心地良さの中に包まれていたい、そんな気持ちだった。
シェマルのしなやかな指先が、私の髪を撫でるのを感じる。
「睦実、そんな不安そうな顔をしないでください。私が必ずあなたの力を引き出して差し上げます」
「シェマル……」
「私を信じて。そして何よりあなた自身を信じてください」
「…………」
「さぁ、今日は相当疲れたはずです。離れに戻って夕食をいただきましょう」
「はい……」
この時、私は知らなかった。
私を見送った後、物陰から出てきたミランとシェマルが目を見交わし、神妙な顔つきで何かを話し合っていたことに。
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