第三話 珈琲の湯気

 次の日。土曜日で休みだった俺は、神保町へと向かった。今回の標的はここの街にいると、上から教えられた。相変わらずこの街は、若者が多い。大学が多いせいなのだが、それだけじゃないと思う。

「さてと、まずは……」

 下調べから始めよう。そう思った時、ふと視界の端に昨日の書店店員を見つけた。

「あれは……」

 気付けば俺は彼女を追いかけ、声をかけていた。不思議そうに振り向く彼女に、頭を掻きながら挨拶をする。

「こんにちは、桜庭さん。今日も仕事?」

「橘さん、こんにちは。いえ、今日はお休みなので街に散歩に。橘さんはどうして?」

「ちょっと、買い物に」

「また、本ですか?」

「そうなるかな、仕事の資料だけど」

「なるほど。お仕事熱心ですね」

「はは。ありがとう、桜庭さん」

 そんな会話を交わし一段落した時、彼女が思い付いたように口を開いた。

「あの、橘さん。よかったら、一緒にお茶しませんか?」

「いいですよ? よかったら、桜庭さんのおすすめのお店とか教えてもらえないかな? 恥ずかしい話、仕事一筋だからそういうところとは縁がなくて……」

 苦笑いしながらそう話すと、彼女は笑顔を浮かべて快諾してくれた。そして、オススメのお店があるということで、俺は彼女に着いていくことにした。

 着いたのは若い年頃の子に人気のようなモダンなカフェではなく、落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。どうやらマスターとも顔見知りのようで、互いに会釈しているのが見れられた。

「桜庭さんは、ここによく来るみたいですね?」

「どうして、そう思ったんですか?」

「マスターと互いに挨拶していたでしょう? だから、顔見知りでよく来るのかと思ったのですよ」

「よく見てますね、橘さん。そうですよ、私はここの常連です。この落ち着いた雰囲気が好きで、よく読書などをしに来ます」

 なるほど、確かにここは読書をするのにはもってこいだと思った。明るすぎず、騒がしすぎない店内。それは、読書家の俺から見ても良いものだと思った。

「なかなか良い雰囲気のお店ですね。俺もここに来ようかな」

「よければ、また一緒にどうですか? あ、もちろん、橘さんがよろしければですが……」

「ええ、俺で良ければまたご一緒しましょう」

 嬉しそうに笑う彼女の笑顔が眩しくて視線をそらすと、ふととある人物を見つけた。それは、今回の標的である人物。まさか、ここにいるとは思わなかった。これも偶然か、はたまた必然か。

「どうしたんですか?」

 不思議そうに顔を覗き込まれ、俺は視線を戻す。

「いや、ちょっと考え事をしていただけだよ」

「お仕事ですか?」

「まあ、そうなるかな」

 嘘と本当の中間くらいのようなことを、彼女に言って誤魔化す。さて、これからどうするか。俺は、視界の端にターゲットを入れながら、彼女の話を聞くのだった。

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