第二話 本の香り

 会社での仕事が終わり、退社の時間。プレミアムフライデーということもあり、いつもより早めに退社して書店へと向かった。ここ最近は積んであった本も読みきってしまい、新しい本が読みたくなっていた。

 歩いて辿り着いたのは、神保町にある新書籍が並ぶ大型書店。流石「本の街」と呼ばれるだけあって、いくつもの古書店も並んでいる。俺は新書店の方に入り、二階を目指した。あとで四階にも行く予定だが、とりあえず新書籍のある二階で買う物を決めてからにしよう。

「んー。続き、置いてるといいな」

 そんなことをぼやきながら、出版社別で五十音順に収められた本の間を歩く。そういえば、松岡先生のシリーズ小説も続きが気になるから買うか。

「ま、松岡……」

「何かお探しでしょうか?」

 声をかけてきたのは、二十代の少女と呼んでもいい程の書店店員だった。名札には「桜庭」と書いてある。

「松岡先生の本を探してまして」

「それでしたら、こちらにありますよ」

 彼女に案内されて、目的の本がある棚に着いた。

「ありがとうございました」

「いえ。松岡先生のシリーズ、面白いですよね。あ、すみません。仕事に戻りますね」

 恥ずかしそうに走っていく彼女を見送り、俺は本を手に取った。

「可愛らしい店員だな」

 そう呟き、他の棚に歩いていく。

 十数冊の本を抱え会計の為に一階に降りようとした時、近くの棚を先程の店員が整理していた。彼女は俺に気づいて、話しかけてきた。

「本が好きなんですね。良かったらまた来てくださいね、えっと……」

「橘。また来るよ、可愛らしい店員の桜庭さん」

「可愛らしくないですよ。またお越しくださいね、橘さん」

 眩しいくらいの笑顔で見送られながら、下の階で会計を済ませて店を出る。

「あんな笑顔は反則だろう……」

 仕事以外では女性と付き合いが無いせいもあって、あまり女性には免疫が無い。惚れっぽいという訳ではないが、今回はどうもそうはいかないらしい。さっきのことが頭を離れずに、口元が緩むのを手で隠すことになっている。

「はあ、らしくないな。こんなことで揺らぐなんてな」

 ぼやきながら、俺は駅に向かった。明日は土曜日。古書と会社で使う資料探しの為に、またここに来るか。それに、別の仕事も標的はこの辺りによくいるようだしな。俺は振り返り、新書店を見上げた。

「こんなところを汚したくはないんだがな……」

 俺は顔をしかめ、足早に駅へと消えた。

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