モノクロ・クロスタイム

樫吾春樹

白狼編

第一話 眼鏡の向こう側

 時計の音で目を覚ます、午前六時。歯磨きをしながらポストの新聞の束を取り、それぞれの一面のニュースに目を通す。歯磨きを終えて、キッチンに向かい朝食を作る。今年で四十になるが、いまだに独身の寂しい男。それが、橘湊たちばなみなとという男だ。

「いただきます」

 机に並べた朝食を食べ始める。本日の朝食はアジの開きとほうれん草の白あえ、厚焼き玉子、冷奴、アサリの味噌汁、五穀米のご飯。これくらい食べなければ、仕事が大変で身体が維持できない。

「ごちそうさまでした」

 食器を片付け、スーツを着てネクタイを締める。最後に戸締まりの確認をしてから、家の扉を閉めて青い空の下に出る。歩いて駅に向かい、人が溢れている電車に乗り込んだ。

 走る電車の窓に映る、黒髪黒目で銀縁眼鏡の根暗のような自分の姿を見て視線を落とす。この見た目のせいもあり、女性が近づいてくることも無く、気づけばこんな歳になってしまった。親は諦めたのか、いつからか「結婚しろ」とか言わなくなった。俺とてそういうことが出来れば、苦労してないさ。それだけが理由では無いのだが。

 そんな風に考えを巡らせていると、スマホが震えた。普段使ってるスマホではなく、別の仕事のスマホだった為、俺は思考を中断した。覗き防止のシートを貼ったスマホを取りだし、内容を確認する。いつものお得意先からで、今度の標的の写真とその内容を送ってきた。金額は平均くらいだとすると、そこまで大物でもないことが判断できる。

「了解」

 そう短く返し、スマホをポケットの中にしまう。あまり長いこと触ってると、覗かれる危険もあるから手短に済ませる。誤魔化すようにイヤホンを取り出して繋ぎ、スマホから曲を流す。

「次は、東京。東京」

 聞き慣れたアナウンスが流れ、俺は降りる準備をする。そして扉が開き、流れるように出ていく人に紛れてホームを歩く。いつものように改札を出て、昔の姿を取り戻した駅を背に見慣れた道を歩いて会社に辿り着く。

「また、今日もか」

 そんなことをぼやきながら、扉を潜り抜けて中に歩みを進める。そして俺は今日も、普通のサラリーマンの真似をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る