第4話 

 幼なじみが就職活動のために東京に来る、というのも、その際僕のワンルームに宿泊するということになっているということも、たった一通の姉からのメールで知った。それも4日前のことだ。

 姉が僕の学費や生活費の一部を出してくれている以上、僕に断る権利が無いのは明白だったとしても、あまりに突然のことに唖然とした。

 6年間、和樹とは会わなかった。

 喧嘩別れでもなければ、自然消滅というわけでもなかった。

 単に、精神的にも未熟な僕にとっては、いずれ終わってしまう「今」を十分に享受することが、不可能なことであるというだけ。

 だから、今日が来るまでずっと色々な断りの文句を考えていたけど、とうとう姉には何も言うことが出来なかった。

 姉からのメールに添付されていたからと、仕方なしに登録した和樹のアドレスは、6年前に消したそれと全く同じだった。


「ただいま」

「お邪魔します!」

 もの珍しそうにキョロキョロする和樹を尻目に、リュックを壁に掛ける。和樹相手に掃除する気にもならず、部屋は散らかったままだ。

「ン」

「あ、ありがとう」

手を差し出し、和樹の荷物を受け取り、同じように壁に掛けた。

「トランクはそこに置いて。あと、手、流しで洗って」

「了解」

 扇風機をつけてから、洗濯物類から新しいタオルを取り出そうとして、机の上に無造作に広げられたエントリーシートが目に入った。

 性別欄のΩオメガに○がついているのに気付き、不自然にならないように何気なく片付ける。

 洗ったばかりのタオルを和樹に手渡すと、自分も手を洗った。水がつめたい。


「にしたって、あついし、狭いなあ」

 申し訳程度に存在する風呂に入ってジャージに着替えた和樹は、足を投げ出して、そうぼやいた。

 二人で何となく卓袱台ちゃぶだいを囲んで、適当につまみを食べていた。飲んでいるのは和樹だけだけれど。

「言ったじゃん。二人も寝られないよ、俺んち」

「まあ、押し入れにでも住ませてもらいますよ、のびたくん」

笑うと殆ど目が線のようになる、和樹。よく知っていたはずのそれをみて、

(僕らの間で、確かに、決定的に変わっているものがあるはずなのに。)

「風呂行くわ」

立ち上がり、髪をまとめた輪ゴムに手をかけ、無造作に引っ張る。案の定、輪ゴムが細い髪を絡め、離さない。

「イテ」

「ちょ、貸し?」

和樹の手が僕の手を輪ゴムからどけて、僕の髪をほどきにかかる。

「輪ゴム使うなや、絡まるじゃろ」

うつむく。

二週間。たった二週間だ。そう自分に言い聞かせる。

「下向くな」

和樹の両手が、僕の頭を正面に向かせた。

エアコンのない部屋の熱さが、じりじりと僕を侵蝕する。

響くのは、扇風機の羽音だけ。

「なあ、やっぱ、ベッド、二人でも寝られんじゃない?」

「……ダメ」

髪を丁寧に解く、その小指が、時折耳たぶに触れた。

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