第5話 虹彩

 『Ω外来』の看板。

 都内の総合病院の、端っこに設けられているΩ外来。東京に出て来てから、僕はずっとここにお世話になっている。とは言っても、時折倒れることを除けば、殆ど薬をもらう為に通っているようなものだ。

 小さなクリニックではないにしろ、平日昼間の病院なんて年寄りしかいない。僕は浮いている。パステルグリーンの硬い椅子に座って名前を呼ばれるのを待っているのは、僕を含めて5人。おじいさんはスポーツ新聞を読み、おばあさん3人組は、膝が痛い、腰が痛い、どこが痛いと低い声で話す。が、全て聞こえている。

 僕は膝の文庫本に目を落としている。さっきから、5度も6度も同じページを頭から読み直している。文章が脳内に入っていかないのは、言わずもがな、部屋で自身のトランクの中身を散らかしているであろう人物のためであった。


「なんで?」

「なんでも」

静かに支度をしたのにも関わらず、目を覚ました和樹。朝はとことん弱いから、もちろん起きるとも思ってなかった。つまりは、何の言い訳も考えていなかった。

「土曜日は授業ないやろ?」

「僕が忙しいとおかしい?」

「そんなんは言ってへん」

「じゃあね」

「えー、友達? 彼女? なんなん?」

「どっか行くなら、鍵は、そこの使っていいから」

「いつかえってくる? ご飯は?」

「夕方までには帰ると思うけど」

同棲しているわけでもないのに、とか。詰問され、なかなか離してくれないヤツを振り切って。

(あんな感じだったっけか、転校する前、……)


「渡邊さーん、渡邊晶也さーん」

看護師の和田さんの軽やかな声が、静かな午後の待合室に響いて、僕の思考は唐突に遮られた。文庫本の読んでいたページに、カバーのそでを挟んで閉じた。

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