第7話 赤とんぼの軌跡

 せみの声がする。

 それで、土の匂いがする。

 僕は日陰の土の湿度を、背中に感じている。

 地面に横たわっていた。いつだって、この雑木林もりは、日陰を作って、僕の逃げ場になってくれる。通学路途中の、山の上の廃れた神社の裏。夏休みだけど、誰もこない。ちょっとした心霊スポットになっていて、薄気味悪いんだ。由来とかは知らない。中学生は、夜に時々来る。だ小学生の僕にはわからないけど、昼間は色々忙しいんだろうな、誰もこない。

 クーラー効いた自室で勉強する、中学2年の姉の絵が浮かんだ。

 今日の朝食は、卵の殻の入ったスクランブルエッグと、焦げたトーストだった。恐らくは、姉が初めて作った朝食。

「ごめん、料理、そのうち上達すると思うから」

僕は何も言えなかった。

 昨晩、なにがあったのか、僕以外の家族はわかっているようだった。

 泣き崩れた母。怒って怒鳴る父。いさめる姉。早々に追い払われた僕。僕だけが蚊帳かやの外だった。

 朝になったら、母はもういなかった。

 首筋を汗が伝った。どんなにTシャツが汚れても、きっともう母さんには怒られない気がする。

 腹の虫がなった。

 心も空っぽだ。

 暑さにまどろんで、僕の輪郭りんかくまでが溶けていく。

 もはや僕は僕としての形を、なくしたい気持ちだった。


「しょおおおおおおおおおおおおおやぁああああああああああああああああ!」

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