第2話 青の星1-2



「よし、到着! ほら、ここからは自分で歩きなさい」

「うぅぅ~。は、はい……まだ目がグルグルしてま、す……」

「グルグルでもゴロゴロでも歩けるなら大丈夫よ。やることはいっぱいあるんだから、さっさっと歩く」

「はいぃ」


 スザクの運転は安全かつスピーディーだ。あれだけのヒトの群れ、しかも一人ずつ声をかけながらひょいひょいと進んでいく様はもはや特技と言ってもいいかもしれない。

 スザクの背から降りたむつが、よろよろと膝に手を添えながら顔をあげた。


「……す、っごい、です」


 空に伸びた半円状の建物は、青空からぽっかりと浮き出てきたように眩しいほどの青。その真ん中に佇む扉は漆喰のような色合いだが、表面は滑らかで複雑な模様が描かれている。空に浮かぶ、ドーム。スノードームならぬスカイドームだ。

 有り体に言って、すごい以外の語彙が思い浮かばなかった。


「ふふん。そうでしょう。なんといってもオルビダンスの精鋭達が心をこめてつくったものだもの」

「あの、これ、なんの建物なんですか? コンサート? にしては、少し小さいような……」

星の導き所スタートラル。簡単に言うと、お仕事案内所みたいなところかしら。異星から来たヒトは初めにここに行かないといけないから、それなら飛びきりのものを作ろうって頑張ったんですって。まぁ、その当時あたしは生まれてなかったんだけど」

「ふわぁ……!」


 星船スタークレーでむつを運んできてくれた船長のコルトも言っていた。この星が大好きだと。この星の、オルビダンスのヒトはみんなみんな、この星が大好きなんだ。

 きっとそれは、観光や産業だけではない。この地を、空を、海を、自然を。そしてなによりその自然と共に暮らすヒトを。まるごとぜんぶ。


(……なんて素敵なんだろう)

 その想いごと、コトコトじっくり煮詰めてアップルパイでも焼いたら、とても美味しそうだなんて。……アップルパイ、美味しそう。

 そこでハッとして、むつはお腹の虫さんが大賛成して鳴かないように慌てて両手をお腹にあてた。


「そうそう。扉の模様の中に天使を見つけるとその日一日幸せに過ごせるって、最近噂になってるそうよ」

「へぇ~。……幸運の天使、かぁ」

「まぁただの噂よ。見つけたっていうヒトもそれぞれ場所が違うみたいだし。そのヒトにとって天使に見えればいいんじゃないかしら」


 あたしはまだ見つけたことないけど。

 ぼそりと呟くスザクの言い方がなんだか照れ隠しのように思えて、むつは思わず声を出して微笑んでしまった。


「ふふっ、恥ずかしがり屋の天使なんですね」


 扉を見上げる。ざっと見渡しても天使は見えない。

(当たり前だよね。だって私、この星に着いたときからずっとずっと笑ってるもん)

 天使はきっと、気まぐれで恥ずかしがり屋で、見つけたいと願うヒトのところにしか現れないのだろう。それならむつは、今はまだいいかなと隣に立つスザクを見ながら思う。


「さて、と。むつ、そろそろ中に入って「おねぇーちゃぁあああんっ!」


 ドゴゴゴゴォォォ!!

 まるで風を切る翼を生やして加速装置のついた靴で地面を抉りながら走っているんじゃないかと思う勢いで、小さな女の子が走ってきた。

 もちろんその背には翼も、足には靴もない。……ん? 靴がないのはなぜだろう。


「あっ、ちょっとイロコ! こらっ、抱きつかないの! あーもう、服引っ張らないっ」

「おねえちゃん! なんで私のこと置いてっちゃうのっ! すっごくすっごく寂しかったんだからー!」

「置いて行ったんじゃなくてイロコが寝てたんでしょう。だーかーらっ、引っ張らないの!」

「うわあぁぁん! おねえちゃんのばかばかー! イロコが寂しくて死んじゃったらおねえちゃんが悲しむんだからね!」


 綺麗な曲線を描いて空中ジャンプを決めた少女はそのままスザクの顔面に向かって飛びついた。しかしすぐに引き剥がされ、今は服の裾を引っ張りながら腰辺りに腕をまわしてぎゅうと力強く抱きしめている。少女の淡い蒼色の長い髪が風に靡く。スザクの髪と混ざり合ったら、まるで海の中にいるみたいに感じるかもしれない。

 呆れたようにため息をついたスザクはふぅと深く呼吸をすると、そこでようやく固まってるむつに気がついたようだ。


「あぁ、ごめんごめん。この子の相手してたらほったらかしちゃったわね」

「あ、いえ。えっと……妹さん、ですか?」

「違うわ。イロコはあたしの守護守妖ハーウィッシュ、パートナーなの。おねえちゃんって言うのはこの子が勝手に呼んでるだけ」

「だってだっておねえちゃんはおねえちゃんだもん! あ、そうだ君っ、おねえちゃんのことおねえちゃんって呼んじゃダメだからね! おねえちゃんは私のなんだから!」

「もー、わかったから少し静かにして。話が全然進まないから」

「むぅ……はぁーい」

「イロコちゃんはスザクさんのことが大好きなんだね」

「もっちろん! だっておねえちゃ「静かにする!」


 今のは私のせいじゃないよぉ~。

 イロコの首根っこを掴んで怒り出したスザクに、さすがのわんぱく娘もしょんぼりとしていた。どうやらスザクは怒ると怖いらしい。

 そんなふうにちょこちょこと変わる景色に見とれてしまっていたむつは、うっかりスザクの言葉を聞き逃してしまった。


「す、すみません。あの、パートナーでしたっけ?」

「正確には守護守妖ハーウィッシュね。でもあたしはパートナーって呼んでるの。きっとこの子とずっと一緒にいると思うし」

「おねえちゃんっ!」

「あー、はいはい。むつ、ちょっとごめん。あとで迎えに来るから先に中に入って手続きしてて。行けば案内してくれると思うから」

「はい。ありがとうございます! スザクさん、それとパートナーのイロコちゃん」

「まったねー!」


 腕を組んで歩くスザクとイロコはなんだか本当の姉妹のようだ。

(……守護守妖ハーウィッシュってなんだろう)

 聞いたことがない言葉にむつは首を傾げる

(でもすごく、あたたかいんだろうなぁ)

 共に過ごすパートナー、自分にもそんなあたたかな繋がりができるだろうか。じんわりと胸に染み込ませるように、むつは小さな声で何度も囁くように繰り返す。守護守妖ハーウィッシュ。パートナー。


 ポケットの巾着に手を添えたむつは、天使の扉をゆっくりと開いて歩き出した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オルビダンス イシイユイ @itumono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ