(6)

 一部の若い騎士たちが、王の和平路線を公然と批判し始めたのも頭痛の種だった。批判だけならまだしも、彼らの主張はいつの間にか、王を貶め、ラグナシャスを賛美するものへとすり替わっていることも多く、ジェスティンから聞いた「改革」の一言を思い出しては、背筋にひやりとしたものを感じるのだった。

 過激な主張の背後に、ジェスティンやラグナシャスの影がちらつく。ラグナシャスは各騎士団の詰所や訓練所に顔を出しては訓示のような、激励のような言葉を残しているらしかった。

 デュケイもまた、若い騎士たちの訓練の様子を見て回るふりをして、それとなく探りを入れてみることにした。こういうとき、金剛騎士の制服は役に立つ。

「精が出るな」

「あ、ディークさん!」

 若い青騎士たちはデュケイを見てぱっと顔を輝かせ、背筋を伸ばして騎士の礼を取った。

 古巣である青騎士団を訪れるのは初めてではない。デュケイが金剛騎士に昇格したのと同時期に、先輩騎士であるカーライルが銀騎士を経て青将軍、すなわち青騎士団長に就任したのである。これは、デュケイの勧めでもあった。

 代々続く騎士の家に生まれ、かつては青騎士団の副団長まで務めたカーライルは、騎士らしい実直さと勤勉さ、部下に慕われる明るさと柔軟さを併せ持っており、貧しい身の上だったデュケイを何度も助けてくれた。その支援は目に見えるものであったり、気配りや根回しといった目に見えないものだったりしたが、彼の存在なくば、今のデュケイもまた、存在していないだろう。

 デュケイがアーソに次ぐ恩義を感じているカーライルは、実力、人柄ともに十分に備えており、銀騎士としてイルナシオン騎士という看板を背負うにはこれ以上ない人物だったが、先王が身罷り、ゼクサリウスによる新体制が始まるにあたって、国内にあって後進の育成という大事を任せた方がよいのではと進言したのである。

 四十になったばかりのカーライルが将軍に就任する際には古参の将軍たちと一悶着あったが、瑠璃騎士の介入を待たずとも青騎士団は規律がよく守られ、統制も取れているとあって、次第に他の将軍たちもカーライルの手腕を認めるようになった。

 そのカーライルが、青騎士から金剛騎士にまでなったデュケイのことを度々口にするのでデュケイとしても顔を出さないわけにはいかず、柄ではないと承知しつつも、期待に目を輝かせる正騎士になったばかりの若者や、見習い騎士たちの前で体験談などを話し聞かせていたのだ。

「団長なら中においでですよ」

 と、詰所を指差す騎士に頷いてから、何でもないふうを装って「そういえば」とデュケイは足を止めた。

「ここのところ、ラグナシャスさまが熱心に視察に来られると聞いたんだが」

「はい。一昨日も来られました。王族の方が来られるなんて滅多にないことですから、みんな緊張しちゃって」

 なあ、と仲間うちに穏やかな笑いが広がる。微苦笑が滲むその笑顔からは、彼らがラグナシャスの訪問を必ずしも歓迎しているのではないらしいと察せられた。

「みんなそう言うよ。ラグナシャスさまは勇ましい方だから、へまをするといけないって」

 意外にも、見てきたような嘘はするすると滑り出た。すると、思い切って、といった様子で騎士のひとりが口を開いた。

「あの、ディークさん、王弟殿下の視察と瑠璃騎士の処罰って、何か関係があるんですか?」

「どうしてそう思うんだ」

 思ってもみなかった瑠璃騎士の一言に、デュケイの背筋が強張る。訊き返した声が動揺することだけは、どうにか自制した。

 騎士たちは目配せしあっていたが、結局は話を切り出した男が後を続けた。

「殿下はいつも真珠騎士じゃなくて瑠璃騎士を供に連れていらっしゃるんです。殿下のお話に賛同しないと……あ、いえ、殿下のお話はよくわかるし、騎士の誇りだとか、かつての強いイルナシオンだとか、頷くことばかりなんですけど、それって、その、和平政策を採られる王とは真逆のことを言っておられるわけだし……」

「王の方針とは逆のことを仰るラグナシャスさまに賛同しないと、瑠璃騎士が出張ってくるんじゃないかってことか」

 はい、と消え入りそうな声で呟いた後、騎士は黙り込んだ。みな一様に俯いているところを見ると、彼らは血気盛んな騎士たちとは別の意見を持っているようだ。ラグナシャスと瑠璃騎士の意図が掴めず、戸惑っているのだろう。誰しも処罰は恐ろしい。しかも、瑠璃騎士の権限が強まってからというもの、罪を犯したとされる騎士は所属の騎士団を交えることなく、瑠璃騎士の独断で裁かれるようになった。瑠璃騎士に罪人だと断じられれば、挽回の機会は皆無なのだ。

 カーライルがそのような瑠璃騎士の独断を許すとも思えないが、瑠璃騎士とことを構えるのも危険だ。特に、瑠璃騎士の背後にはラグナシャスがいる。軍事に関する決定権の半分を持つ王弟殿下を表だって敵に回すのは、利口なやり方ではない。

「確かに今は不安定だ。こう言っちゃ何だが、陛下よりもラグナシャスさまのほうがずっと押しが強いし、殿下が何をお考えなのかもはっきりしていない。でも、こんなやり方が長く続けば将軍たちも不満を表明するはずだ。団長にも話をしておくから、あまり思いつめるな。はっきりとした意思表示を求められなければ、うやむやにしてその場を凌いだっていい。ひとつだけ言えるのは、俺も、きみたちも、イルナシオンの騎士たる者はすべて王の騎士であるということだ。いくら裁量の半分を殿下がお持ちだとはいえ、騎士は御旗のため、国民のために在るということを忘れてはいけない」

 アーソの言葉を体よく利用して、騎士たちを諭す。デュケイ自身、先行きの不透明さに困惑しているというのに、よくもまあこんなに舌が回るものだと我ながら呆れるが、騎士たちの表情は目に見えて明るくなった。

「有難うございます」

「しっかり励めよ」

 はいっ、と頼もしい返事と騎士の礼に小さく返礼し、デュケイは詰所に急ぐ。先に来訪の意を告げていたためか、カーライルは仕事の手を止め、茶菓子まで用意して待っていてくれた。歓迎の握手の際は笑顔を見せたものの、精悍な顔には憂いが広がっている。

「ラグナシャスさまと瑠璃騎士は何をやってるんです」

「それはこっちが聞きたいよ、ディーク。弟さんからは何も聞いていないのか?」

 夜会以降、ジェスティンは遠くに姿を見かけるばかりで、すれ違いさえしていない。デュケイは首を振って否定した。

「あいつが精力的に仕事をしているのか、それとも避けられているのかはわかりませんが。ただ、新年の夜会の時に話した限りでは、ラグナシャスさまには何かお考えがあるとか」

「陛下とは違って直接的だからな、殿下は……。気性の激しい方だから、このままでは兄弟喧嘩に発展するのも時間の問題に思えるな。むしろそれを望んでおられるのかもしれん」

「兄弟喧嘩、ですか……」

 アーソのもとで共に剣術を学んでいた頃から、ラグナシャスは欲しいものを絶対に諦めない執着心と、何としてでも手に入れようとする乱暴なまでの行動力を有していた。一方のゼクサリウスは、弟がそのような性格であるからか温和で、ルネが腕を失うこととなった一件以降は争いを極端に嫌うようになった。自らが退くことで闘争が回避され、丸く収まるのならゼクサリウスは喜んで退くだろう。今回の和平協定にもそれがよく現れている。

 だが、王その人の性格云々を越えて、譲ってはならぬ一線があるのが国政というものだ。時には非情を通さねば、我を通して争わなければ、国は守れない。人が好く優しいだけでは、よき王とは言えまい。

 そんなゼクサリウスの柔さ、甘さに、ラグナシャスは苛立っている。自分ならばこうするのにという思いが先走り、瑠璃騎士を私兵のように扱ったり、王弟という身分をさて置いて真っ向から兄王に反対意見を述べ、批判しているのだろう。

 改革だ、と言ったジェスティンのうっとりした表情を思い出す。彼もまた、ラグナシャスの理想に感化されたのだろうか。よく似た気性の二人だから、不思議なことではない。

 そして、ラグナシャスがゼクサリウスに苛立ちを覚えているのと同じように、ジェスティンもまた、デュケイに思うところがあるのだろう。

 喧嘩というならいくらでも受けて立つが、王と王弟の兄弟喧嘩となれば一大事だ。

「喧嘩で済めばいいが……」

「殿下が騎士団を視察されているのは、理想を説くためですか」

 理想ね、とカーライルは苦く笑う。

「誇り高く強いイルナシオン騎士たれ、だそうだ。緩み、たるみ、腐りきった慣習を断ち切り、かつてのように諸外国から恐れられ、自国民からは畏れられる騎士団を取り戻そうと仰っておられるよ」

「前半だけなら、賛同できるのですが……」

「まったくだ。王あってこその騎士、いくら騎士が単独で強く気高くあろうと、御旗に背くようではそれは騎士ではない。王をお諌めするのがつとめの議会の面々も、いまや保身に忙しいようだしな」

「子弟を騎士位に就けている家は、瑠璃騎士にずいぶんやられたようですしね。ラグナシャスさまや騎士の台頭を快く思わずとも、肝心の王が何も手を打って下さらないのなら……」

「貴族たちは王弟殿下につくだろうな。我が身を可愛く思うなら」

 針が転がる音さえ聞こえそうな、痛いほどの静寂が執務室に満ちる。

 デュケイもカーライルも、あらぬ方を見て視線を交わすことはしなかった。頷き合ってしまえば、後戻りできない事実を認めてしまうことになる。現実を見つめなくてはならないとわかっていても、心のどこかでそれを拒否する気持ちがあるのだった。

「王は……このことをきちんと理解しておられるんでしょうか」

 デュケイの声は震えていた。カーライルと考えていることがほぼ同じであると知って、最悪の事態がすぐそばに迫っていると認めざるを得なかった。

「そう思う。理解したうえで……きっと王は、抗おうとはしないだろう」

「抗ってもそうせずとも、多くの生命が失われます」

 口にしながら、デュケイはあまりの虚しさに頭痛を覚える。

 ゼクサリウスは優しすぎる。

 王としての器は、あの日に欠けたきりだ。温和さで継ぎ接ぎされた器は脆い。むしろ、今日までよく保ったと言えるかもしれない。

 失われた欠片は、永遠に戻らない。ルネの左腕が戻らないのと同様に。

 ――改革だ。瑠璃騎士の制服を纏ったジェスティンが叫ぶ。

 行政に関わらぬラグナシャスが為そうとしているのは、改革ではない。

 内乱だ。

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