(5)

 イルナシオン王国には、色名を冠した五つの下級騎士団と、黒、白、金、銀の中級騎士団、真珠、翡翠、瑠璃、瑪瑙、金剛の上級騎士団が存在する。そのうち、白、翡翠の二つの騎士団は貴族の子弟が集まる、いわば「高価な」騎士位だった。

 初等部の課程を終え、進級試験に合格すると見習い騎士となり、下級騎士団のいずれかに配属される。下級騎士団は持ち回りで北、東、南の国境警備と近辺の町村の警備や消防を担い、残る二つの騎士団が王都を受け持つ。公式の剣術試合や日々の勤務で成績・態度が良く、何かしらの手柄を挙げた者は中級騎士団への昇格試験を受けることができる。中級騎士団で経験を積んだ騎士が王族や高位の貴族の推挙により、宝石の名を冠した上級騎士となれる。これが、大まかな騎士制度だ。

 便宜上、上中下と騎士団が位分けされているが、制度上は騎士団に序列はない。制度発足から年月を経て、いつしかこのように分かれていった。国で一番の猛者は金剛騎士団長として騎士最高の栄誉を賜る。真珠騎士は近衛騎士として王宮、王族の警護に当たり、瑠璃騎士は騎士団内部の綱紀の乱れを正す役割を担うこととなった。

 見習い騎士から正騎士、下級騎士から中級騎士へと位を高めようとすれば、その都度実技を伴う試験が課され、その者の人品を保証するという意味での推薦状も必要となる。

 推薦状はつまり、誰が推薦状を書いたか、誰を推薦したかという、互いに互いの名声を上げる役割も果たすのだった。だからこそ、推薦状が金で買えるという事態になっている。

「これで、騎士に、なれるね!」

 アーソの邸宅で、筋肉をほぐしながらシャルロッテが弾んだ口ぶりで話す。ルネも心なしか、表情が明るかった。どうして皆がそこまで、デュケイが騎士になることを望んでいるのかはわからないままだったが、昇格試験を受けると決めてしまうと心が軽くなったのは事実だった。

「まだ、実技試験が、あるよ」

「そんなの、ディークならあっという間さ! なあ、兄上!」

 ラグナシャス王子は相変わらず、無邪気だ。アーソの元で共に稽古をするようになってからというもの、彼はデュケイに妙になつき、事あるごとにすごいな、強いなと目を輝かせている。ラグナシャス王子自身もかなりの使い手なのだが、同い年のルネに勝てないことが悔しくてならないようだった。

「そうだね、ディークは本当に強いよ。ディークが騎士になるなら、この国も安泰だな」

 一方のゼクサリウスは相変わらずおっとりとしていて、自分の身を守るのが精一杯という有様だ。ゼクサリウスとラグナシャスは王族なので、騎士位を得ることはできない。厳密にはシャルロッテも同じなのだが、彼女の場合は直系ではないという理由でお目こぼしされているようだった。昇格試験が終わり、正騎士位を得ればすぐにでも嫁ぎ先が決められるだろう。あるいはもう、決まっているのかもしれない。

 シャルロッテは時に不満をぶちまけつつも剣術に励み、真剣に騎士位取得を目指しているらしかった。

 ルネはといえば、人形の無表情を保ったまま、黙々と素振りをしている。弟のジェスティンが初等部でルネを見かけ、兄がお世話になっていますと挨拶したらしいが、軽く頷いただけで一言も発さなかったとかで、ひどく憤慨していた。ルネはちょっと変わった子なんだよと宥めるのに苦労した。

 ちぐはぐな面々ではあるが、年が近いせいか、あるいはアーソの命で平等が徹底されているせいか、居心地は悪くなかった。アーソと打ち合うことは剣術の新たな地平や視点を知るきっかけになったし、柔軟なシャルロッテの剣、破天荒なラグナシャスの剣、気迫で押してくるルネの剣、どれもが見習い同士での練習試合と違って、届かぬものに手を伸ばそうとする意志に満ちていた。力でねじ伏せるは易いが、ひとつひとつに対処する剣を使うとなれば、なかなかに難しい。

「ディークはいつ昇格試験を受けるんだ?」

「夕焼月生まれなので、その月のうちに」

「試験ってオレたち、見に行っちゃだめかなあ? ディークの弟も連れてさ、みんなで見に行けたらいいのに」

 ラグナシャスは気軽に言うが、正騎士への昇格試験など、現在は先輩騎士による度胸試し程度のもので、真剣勝負でもなく、とても王族に見せられるものではなかった。対戦相手に選ばれた騎士はある程度試合を盛り上げつつ、見込みありと見れば最終的には負けてやるのが美しいとされているし、見習いのことを気に食わないと思っている騎士が相手になると、容赦ない私刑の場となる。

 見込みありか私刑か、その境目は推薦人や見習い自身の態度で揺れ動く。デュケイの所属する青騎士団にもいくつかの派閥があって、アーソのように国を憂い、誇り高きイルナシオン騎士と呼ぶに相応しい者もいる。副団長派と囁かれる一派の誰かが対戦相手ならば見込みあり、それ以外なら私刑、と見て間違いなかった。

 何にせよ、そんな薄汚い試合を王子たちに見せるわけにはいかない。デュケイは大慌てで、別の話題を探した。

「でもラグナさま、試合が見たいなら来月の御前試合がありますよ。そちらの方が多くの騎士が参加しますし、華やかです。騎士の剣ひとつとっても……」

「そっか、御前試合か!」

 根が単純なラグナシャスはすぐに飛びつき、去年はこうだった、その前は雨が降って大変だった、などと思い出を挙げてゆく。ゼクサリウスは微笑んで相槌を打っているだけで、あまり興味はないらしい、というのがはっきりとわかった。

「試験、誰が出てくるかなぁ」

 シャルロッテがデュケイの試験について楽しそうなのは、彼女の場合、勝利が約束されているからだ。やんごとなき身分の彼女が騎士になりたいと言うなら、騎士団とて位を与えぬわけにはいかない。

 誰もシャルロッテの実力には目を向けず、対戦相手は下手な役者のように不自然に敗北し、騎士位は授与される。筋の読めている劇など、面白くもなんともなかった。

「シャルロッテは強いのに、誰もちゃんと見ようとしないのは馬鹿げてるよ」

「よく言うよ、ディークは私の三倍くらい強いのに」

「いや、それは絶対俺が負ける。シャルロ三人になんて、かないっこないよ」

「……それ、剣の話よね?」

 もちろん、ととぼけてみせると、シャルロッテが怒って木剣を振り回した。ルネが珍しく微笑みながらこちらを見ていて、痴話喧嘩だ、とラグナシャスがはやし立てる。

 初夏の木洩れ日と、緑混じる風の爽やかな匂い。

 分不相応な幸福。

 騎士になればこんな穏やかさは二度と訪れないだろう。確信めいた予感が心を縛りつけ、デュケイはその夜、枕に顔をうずめて泣いた。




 夕焼月の十四日、デュケイの騎士昇格試験が行われた。

 洗濯のしすぎで薄くなった稽古着に革の胸当てと手甲をつけ、木剣の握りを確かめる。対戦相手は知らされていないが、誰が出てこようとも負けるつもりはない。殴る蹴るの暴力にこそ耐えられるが、アーソやシャルロッテ、そして両親への感謝を思うと、負けるわけにはいかなかった。平民階級だからと、侮辱を許すわけにはいかなかった。

 だから、副団長が飄々とデュケイの前に立った時には思わず笑みがこぼれた。

「有難うございます」

「まだ何もしてない」

 青騎士団、副団長のカーライルは肩をすくめた。正確な年齢は知らないが、三十にはなるまい。歳の離れた兄のようにも、父のようにも見える。青騎士団の良心、とは先輩騎士の言葉だが、見習いのデュケイたちにも分け隔てなく接してくれる数少ない正騎士のひとりだ。

 彼が対戦相手ということは少なくとも、平民階級めと嘲笑う貴族の若様や、シャルロッテやアーソにえこひいきされていると嫉妬を燃やす者たちの鬱憤を晴らすための生贄となることは避けられたというわけだ。

 カーライルの麦わら色の髪も肌もよく日に灼けて、凛々しい。精悍な顔立ちとも相まって、市街地へ巡回に出た際は必ず何がしかの贈り物を持って帰ってくるほど人気があり、訓練所の門で若い女性の一団に待ち伏せをされたことも一度や二度ではないと聞く。

「金剛騎士に教わってたって?」

「ご縁がありまして」

「あのじゃじゃ馬か」

 とシャルロッテに視線を投げるものだから、思わずデュケイは笑った。そうです、と。

「真面目なお前のことだから、迷ったんじゃないか。貴族の口利きで金剛騎士の推薦状を得るのは、金で買うのと変わりがないって」

「……はい」

「気にするな。運も実力のうちだ。神の思し召し、というやつかもしれん」

 と、カーライルは王宮の方に目をやった。王宮の東には、ソル・ソレラ教の王都教会がある。自然のありようこそが神の意志であるとし、太陽の恵み、風や水の流れ、大地の息吹に深い感謝を捧げる彼らは、田畑を手入れし、家畜を養い、素朴に慎ましやかに暮らしていた。教会には武具の持ち込みが固く禁じられていることもあり、騎士にとっては縁遠い場所だったが、国祖イルナナージュが信仰していたとされる神を疎かにするわけにもいかず、女性ばかりで構成された瑪瑙騎士団を派遣し、一帯の警備に当たっているのだった。

 時の流れも、人の生き死にもまた自然の一部。神の定めであるとソル・ソレラ教は説く。

 彼らの言うように、万物に神が宿り、すべてが神の意志だとはデュケイには思えないし思いたくないが、これまでの並外れた幸運の数々については、神に感謝する気持ちもないではなかった。

「さあ、構えろ。金剛騎士殿に恥じぬ試合をしろよ」

 審判役として選ばれた団長派の正騎士が、試験の開始を高らかに告げる。

 試合の場は厳密に定められておらず、およそ十五歩四方の広さを囲ってあるが、実戦を考えると場外負けということはありえず、動き回る目安に過ぎなかった。

 その外側を市街地巡回に出ている班を除く騎士団の面々がずらりと取り囲んでいる。正騎士も見習い騎士も、目を皿のように見開いてデュケイとカーライルの一挙一動を見守っている。

 片や、青騎士団最強と名高い剣の名手。対するは、金剛騎士直々に教えを受けた見習い。

 勝敗だけではない、どのように勝つか、どのように負けるかまでを彼らは克明に知りたがっているのだった。

 デュケイが仕掛けた。思いきり振り抜いた右腕が空を切るや、すぐに握りを変えて突く。カーライルは背が高く、腕も長いから、距離を取るだけデュケイが不利だ。間をおかずにデュケイは斬りかかり、突き、右からと見せかけて左から、踏み出しては退き、牽制を交えて果敢に攻めた。

 守る意味はない。デュケイにとって正騎士昇格試験は、いかに勝つかという、底力を見せつけるための場でしかなかった。

 カーライルは手を抜く様子を見せず、デュケイの隙を突いて的確な重い一撃を放った。直撃を食らったわけではないのに、木剣が肩を、腕を、脚をかすめるたびに重い鎖で縛められるようで、おののく。長引かせず、一気に勝負を決めなければ。

 不思議と、試合を見守る面々の野次や歓声は耳に届かず、ひどく静かだった。カーライルの動きだけが妙にくっきりと、はっきりと見える。突き出される一撃をぎりぎりでかわし、懐に飛び込む。させまいと繰り出された横凪ぎの一撃を地面に這うようにして避け、全身のばねを使って飛び上がる。大きく踏み出した左足が体重を受け止め、肩が、腕が、胸が、腰が、全身の筋肉が叫ぶのを聞きながら、両腕の延長となった木剣を振り下ろす。

 がっきと噛み合った剣がみしみしと悲鳴をあげ、デュケイは腕と左足から力を抜いて、後ろに倒れ込むように距離を開けた。カーライルの、普段は温厚そうな煉瓦色の眼が飢えた野獣のようにぬらぬらと輝くのを見て、恐らくは俺も同じなんだろうなと冷静な声を頭のどこかで聞く。

 さすがというべきか、カーライルはデュケイの攻撃を可能な限り軽く受け流すよう動いていて、呼吸こそ乱れているが動きに支障はなさそうだ。

「どうした、ディーク。もう終わりか!」

 試験が長引くごとに全身の力が抜けて、木剣の重さ、胸当ての煩わしさに投げ出したくなる。カーライルの様子では、慣習通りデュケイに花を持たせて美しく負けてくれるとは思えなかった。ともかく、がむしゃらにやるしかない。

 どうすればいい? シャルロッテの柔軟さを、ルネの気迫を、アーソの実直さを反芻したのも一瞬のこと。

 デュケイは低く跳ぶ。前髪が汗で額に張りついて気持ちが悪い。かすったところはきっと痣が残るだろうな、などと余計なことばかりが脳裏を巡って、どう攻めればカーライルに勝てるのか、具体的なやり方は少しも思い浮かばなかった。

 それなのに、身体は自然に動いた。

 木剣を構えてデュケイの攻撃を防ごうとするカーライルの動きが、遅い。右足で踏み込んで、上体をふわりとそよがせる。轟音と共に目の前を過ぎていった木剣が戻ってこないうちに、またもカーライルの懐に飛び込む。

 右、左、左、右。肩の力で剣の先を揺らし、左側にカーライルの重心が傾いたその瞬間、デュケイはカーライルの首筋めがけて剣を振るった。

 剣先は狙い過たず、思い通りの軌跡を描いて一点に吸い込まれていく。ありったけの力を腕に込めて、剣を止めた。

「そ……そこまで!」

 うおおお、と怒号のように響き渡るのが歓声だと気づいて、ようやくデュケイは剣を下ろした。カーライルが苦笑しながら、一礼する。

「あー、やられちまったなあ。俺、今すごくカッコ悪ぃじゃねえかこの野郎!」

 満面の笑みを浮かべたカーライルに小突き回されているところへシャルロッテが飛び出してきて、背中に強烈な張り手を放った。木剣で打たれるのと同じくらいに痛い。

「やったね、ディーク! おめでとう! それでこそ、わたしのディークよ!」

 力任せにデュケイを抱きしめるシャルロッテはやはり甘い花の香りがして、かといって邪険にすることもできず、困ったように背を叩くに止めた。

 シャルロッテの銀髪越しに、遠く、アーソの姿が見えたような気がした。

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