#41 神に愛された者と小さくて大きな嘘
「……神に愛された者」
シンシアが持つスキルの名称に、その文字列が並んでいる。
【神に愛された者】と、そこには書かれていた。
その文字に対し、何気なく俺の人差し指が文字をなぞる様に動いた。
無意識で行った自分の行動に首を傾げながら、俺は小さく長く息を吐く。
「そ。それが彼女がマリス教の大司教になった最大の理由だね」
マリス教の大司祭。
フィリーが言うことには、その役職に選ばれる条件はその"スキル"と高い"運"であるらしい。
神から寵愛を受けた証が最も顕著に表れるのが、その二つ。
中指と人差し指を伸ばしながら、フィリーはそう言葉を発する。
「生まれた時から彼女は、幸運な人生と気高き身分が約束されている」
フィリーの目線が、ゆっくり下に移動する。
「その娘と違って、ね」
対極に位置する、ナナとシンシアの関係。
それはまさしくフィリーの言葉通りだった。
「……とまあ、私が知るところだとこんなところかな?」
他に質問はある、とフィリーは俺へと問いかけた。
俺は思考を回し、最後に二つだけ尋ねる。
「具体的にどれくらいでマリス教は動くか分かるか?」
「……ん。近日と言っても、頭でっかちな教団だからね。早くても準備やもろもろで5~7日はかかるだろうね」
5~7日。それが俺たちの答えを出すタイムリミットだろう。
だとすればタイムリミット前の3日くらいには答えに沿った行動をしなくてはいけない。
「……」
いや、もう答えなんてほとんど決まっている。
ミヤもきっと同じ考えだろう。
「んじゃ、もう一つだけ」
時間は限られている。
もう準備を始めた方がいいのでは? こんなことをしている場合じゃない?
そんなとりとめのない思考回路だからこそ、
俺はその馬鹿な質問をした。
「このエルバッツで何か楽しめる、おすすめの場所はないか?」
俺のその言葉を受けて、
フィリーはあんぐりと口を開けていた。
* * *
枯れた牧草の匂い。緑色の草原に隣り合った古ぼけた施設。
フィリーに教えてもらった牧場のようなその場所には、あるモンスターが飼われていた。
若草をもぐもぐと頬張り、一見すると馬のように見えるそいつは。
ずんぐりむっくりした体躯に馬鹿面が特徴で、どちらかというとロバやポニーに近い。
オウマ、という名前のモンスターらしい。
オウマは人には危害を加えない優しいモンスターらしく、ここでは現実世界で言うところの、乗馬体験できるらしい。
「アキラ~おそいで~」
だが乗馬という概念がないに等しいそいつは、相も変わらず乗虎をしていた。
「……」
普段それを羨ましそうな目で見ていたナナ。
そんなナナが楽しめるぴったりの場所かと思ったが……俺の予想は外れた。
オウマが、ナナの"力"を警戒したのか。
人懐っこく穏やかな性格とは正反対に激しく暴れだし、乗れたものではなかった。
「……うーん」
結局オウマに乗ることを諦めたナナは、どうなったかというと。
……俺が馬にされていた。
「アキラ~おそいで~そんなんじゃ馬はつとまらないで~」
「俺は馬じゃないわ」
ナナを肩車するという、図らずも昨日のような感じに納まってしまった。
だが肩の上にいる少女は満足してくれたらしく、ポンポンと嬉しそうに俺の頭を叩く。
こんなことをしていていいのか、という疑問もある。
だが、最後ぐらいは馬鹿なことをやったりや思い出を作ってもいいだろう。
「……ここにはもう、長くはいられないだろうしな」
草原をオレンジに照らす夕焼けを見ながら、俺は決意を固める。
明日から"この街を去る"準備を、始めようと。
……にしても、神に愛された者か。
何か引っかかるな。
* * *
「まさか楽しめる場所を教えろと言われるとは思わなかったな」
最初は彼の意図するところが全く分からなかった。
が、しばらくしてそれは、"彼が出した答え"をより堅固にするための行動ということを何となく理解した。
「やっぱりアキラは人間臭いね」
何をするにもきっかけは必要だ。
誰もが誰も、迅速に最適な行動なんてできるはずがない。
その過程に至るための、必要で"無駄な行動"を彼は今しているのだろう。
「……嫌いじゃないよ、そういうのは」
君が私と同じくらいの立場の人間だったら、親友になれそうなくらい。
私は君の選択に、好感を、そして親近感を持った。
「……ふぅ」
だからこそ、こんなにも心が痛むのだろう。
私が君を、試していることに。
「マリス教が動く――それは間違っていない」
真実の言葉の中に、紛れさせた。
たった一つの、嘘の毒。
「近日動く――それも間違っていない」
覚悟の強さを確かめるため。
そして、君の中に眠るその"素質"を知るため。
「……ごめんね、アキラ」
そしてそれら全てが"大切なあの方"のため。
エルバッツを支えるために、今日も道化を演じるあの方を私は守りたい。
――だからこそ、私は君に少し意地悪をした。
「君に話した話は、ほとんど真実だよ」
口元に、冷たい指を当てる。
「だけど、一つ。嘘をついたことがある」
無理やり口角を押し上げる。
嘘を語った言葉を真実の言葉で、書き換える。
「マリス教が動くのは
――――――――明日、だよ」
悲しく歪に緩んだ口元から、言葉が零れる。
明日私は、君の全貌を知るだろう。
君は、
凡人か、
魔王か、
それとも勇者か。
「凡人なら、友達になりたいな」
どの口がそれを言うのかと、
私は乾いた笑い声をあげる。
「でも、もし君が勇者だったなら」
その時は――。
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