#40 対極の存在

 

 文脈センテンス齟齬エラー

 意味が通りません。【アナグラム】不成立、元に戻ります。



「……駄目、なのか」


 翌朝。

 俺はナナにステータスを表示してもらい、空白の運の部分に数字を入れようとした。


 ナナが不運なのは"運の値"がないのが、一つの原因と考えたその先の行動だが。

 結果としては齟齬エラーとして認識され、失敗した。



 ――使用制限ペナルティ発動。

 一日間【アナグラム】使用できません。



「……なんで?」


 "数字"の入れ替えで失敗したことは無かった【アナグラム】。

 その初めての失敗に、俺は驚きを隠せない。

 

 ……やはりスキルの影響なのだろうか?


 そんなこんなで訳の分からない事態に首をひねっていた俺に、

 ドンドン、というノック音とミヤの声が響く。


「アキラ~お客さんが来てるで」

「お客さん?」


 俺はまた、首をひねった。



 * * *



『――近々、マリス教が動くよ。その娘を始末しにね』


 わざわざ俺たちを訪ねてきたフィリーから、

 その何とも不吉な言葉をかけられる。


 フィリーの話を聞くために冒険者ギルドに訪れた俺たちは、広間の端のテーブルに席を取った。

 ホットミルクのよう飲み物で喉を潤しながら、フィリーは口を開く。


「それにしても、個性豊かな面々だね」


 俺の横にいる、ミヤへと視線を向けたフィリー。

 先ほど挨拶を交わした時にも、Aランクのモンスターを連れているという話を聞くなりフィリーは目を丸くしていた。


「よろしくなぁ~フィリー……さん?」

「フィリーでいいよ。よろしくねミヤちゃん」


 気さくな笑顔で答えるフィリー。

 そして次に視線は、俺の膝に座るその娘へと移った。


「数日とは言え、随分懐かれたね」

「……まあ、色々あったし」


 俺の膝に座るナナを一瞥し、フィリーは小さく笑った。

 しばらく、ぼんやりとそのナナの様子を眺めていたフィリーは、ふぅと小さく溜息を吐きながら、本題を話し始めた。


「で、本題なんだけど――」


 フィリーの口から語られるのは、物騒な言葉の数々。

 マリス教がナナを殺しにくるという無慈悲な内容だった。


「血も涙もない教団やな。やっぱ〇神教以外はあかんな」


 ミヤの言葉が意味が分からなったのか、フィリーは小さく首を傾げた。

 そんなポカンとした表情を浮かべるフィリーへ俺は尋ねる。


「それは確かなのか?」

「う、うん、確かな筋の情報だから間違いないよ」


 フィリーはこくりと頷き、言葉を続ける。


「遅かれ早かれ、君がその娘を助けた時からこうなるだろうとは思っていたけどね。アキラも薄々は気付いていたんじゃない?」

「……まあ、そうだな」


 自分が蒔いた種と言えば、そうだ。

 思ったよりも#大事__おおごと__#になりそうで戸惑ってはいるが、俺自身は間違ったことをしているとは思わない。


「だから、これから君たちが取れる選択肢は三つだね」


 その三つ。

 それは多分、『マリス教と戦う』か『マリス教から逃げる』か。

 そしてもう一つは……。


「アキラ、うちはどれを選んだって文句は言わんで~。ある"一つ"は許さへんけどな」


 明るく声色だが、重い信念を孕んだミヤの言葉に、俺は頷く。


「ああ、それだけはない」


 もう一つは『ナナを見捨てるか』。

 それだけは絶対に選ばない。


 残るのは『戦う』か『逃げる』という二つの選択肢。

 ……だが、どちらも出来れば避けたいというのが本音だ。


「話し合いとか、そういった解決方法はないのか?」

「話し合いが通じる相手じゃないよ。私と君が"その娘"に対する考え方が違ったように、倫理観がまるで違うからね」


 俺の甘い考えは、フィリーの言葉によって簡単に否定される。


「前にも言ったけど、その娘が持つ"スキル"は私たちにとっては忌まわしきものなんだよ。だからアキラに理解してほしいのは、君たちが立っている立場が異端だということ」


 都合のいい考えなんて、

 してはいけないことを認識させられる。


「私もあまりこういうことを言いたくはないんだけど……私たちの常識から言って"マリス教の立場"が間違っているとは言えないんだ。仮に君とマリス教が相対した時、世間は間違いなくマリス教の味方になる」


 フィリーを含めたこの世界の人々にとって、俺の膝に座るこの少女は、


「多数決で正義を決めるとしたら、君たちは間違いなく悪の立場だよ」


 やはり迷惑な存在らしい。

 フィリーの言葉がしばらく止まると、ミヤは溜息のように言葉を吐いた。


「……うちには理解できんへんな。ただの女の子やで」


 それはまた俺も同じ意見だ。

 だが、やはりフィリーの言葉がこの世界では普通なのだろう。


「私たちの常識を理解してほしいとは言わない。ただ君たちが置かれた立場を、何となくでいいから分かってほしい。私だって、話していて面白い話だとは思わないから……」

「そっか、ありがとな」


 フィリーにこのことを話す義理なんてないし、俺たちにマリス教の動きを教えるメリットなど無い。

 だから、俺は無償の言葉に礼を述べた。


「ううん、こちらこそごめんね。正直、私は君たちの味方になれるとは限らないし……だからこんな言葉やモノでしか手助けできないかな」


 そういうと、フィリーは何やら荷物を漁り、カサカサと音を立てながら紙のようなものを取り出した。

 その紙の束をトントンと整えると、俺へと向ける。


「もしかしたらこれが、私からの最後の餞別になるかもしれない」

「なんだ、これ?」

「マリス教の幹部の情報だよ。君たちがこれからどう動くかは分からないけど、主要人物の顔と名前は憶えていて損はないと思う」


 数枚の紙がテーブルの上に陳列する。

 マジックアイテムのようなそれは、履歴書のように顔や情報が表示されている。


「……オルソン」


 一人見慣れた顔のそいつ。

 嫌悪感のあるその紙を流し見しながら紙を捲っていくと、銀の髪をした美しい女性が目に入った。


 そこに記されていたのは、

 先ほどまでと違うその役職名。


「……大司教」

「――大司教シンシア」


 俺の声を、フィリーが上書きする。


「その人が現マリス教の最大権力者だね」


 そう言うなり、ちらりとフィリーがナナへと視線を向けた。

 悲しげに、それでいて空虚な、何とも言えないよう表情を浮かべる。


「その娘が神に見捨てられた"スキル"を持つなら、彼女は対極に位置する存在」


 フィリーはすぅと息を吐き、ゆっくりとその言葉を吐き出した。


「彼女――シンシアはこのエルバッツで最も神に愛された存在」


 大司教シンシア。


 その情報が載った紙にある、一つの文字列。

 それは見覚えのある"スキル"の文字だったが、全く逆の意味を持つ文字として記されていた。

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