#37 アグステの森とオレンジベリー

 森の中に入ると、感じるのは懐かしさ。

 異世界初日に見たその光景は、今が"非日常"だったということを思い起こさせた。


「はへ~。アグステの森っていうんやな、ここ」


 ミヤもまた、少しばかり感慨深げにその言葉を発する。

 服などの身なりは変わり、ここで出会ったトラッキーに乗る姿が様になってきたが、根本は変わらないそいつ。


 そして、今はもう一人。

 キョロキョロと辺りを見回しながら、てくてくと歩くそのエルフ少女――ナナ。


 過去と今が入り混じるその光景を見ながら、俺たちは森の中を歩いていく。


「しかし相変わらず迷いそうな森やなぁ~」


 先導するトラッキーの上から声をあげるミヤ。

 ドスドスとその大地を踏みしめながら歩く、トラッキー後ろ姿にもまた見覚えがある。


 その光景も同様に懐かしさを感じる俺。

 だが一方で、何か腑に落ちない感情が湧いてきた。


「……?」


 トラッキーのその姿に、何かが、引っかかる。

 それはまるで場違いのような、不釣り合いというか、恐らく初日には思わなかったその違和感を俺は覚えた。


「ん~? アキラなんかしたん?」


 気付かぬうちに、歩が止まっていた俺。


「――いや、何でもない」


 ミヤのその声に空返事を返す。

 どこか釈然としない思いもあったが。


 ……ま、大したことじゃないだろ。

 それに今はオレンジベリーを探すのが先決だ。


 そう結論付けると、俺は再び歩み始めた。



 * * *



 木漏れ日が照らす、その一角。

 光の形で縁どられたその場所に、オレンジ色の果実が艶やかに光沢を放つ。


「これがオレンジベリーっぽいな」

「うーん、想像を裏切らない見た目やね」


 オレンジベリー。

 それはオレンジ色をしたベリーだった。

 それ以上にそれを表す最適な表現は、俺の辞書にはない。


「アキラ、これ食えるんかー」

「食べれるけど、ほどほどにしろよ」

「ほーい」


 そう言うと、ミヤはベリーがなる低木をうんうんと言いながら見回っていた。

 どうやら品定めをしているらしい。 


「……」


 そんなミヤの様子を見てか、ナナも食べたそうにそれを見ていた。


「ナナも少しなら食べていいぞ」


 俺のその言葉を待っていたとばかりに、ナナは小さく頷くと、一瞬で駆け出した。

 一番近くにあった低木の前で立ち止まり、まじまじと眺める。


 そんな二人の様子を見ていると、食べたくなるのが人の性らしい。

 俺もまた、オレンジベリーがなる木へと近づき、一粒それを取った。


 衣服で軽く吹いた後、それを口へと運ぶ。

 プチっという音を立て、口に広がるのは、甘酸っぱい"オレンジ"の味。


 粒の一つ一つがプチプチと口の中で弾けると、

 まろやかでとろみのある果汁が口の中に溢れた。


「……うまいな」


 つい2つ目のそれに手を伸ばし、口の中へと運ぶ俺。

 そして、視界に映るその二人もまた同じ行動をしていた。


 ミヤも「いけるやん!」といいながら頬張る姿。

 ナナも気に入ったのか、もぐもぐと口いっぱいに詰め込んでいた。


 その後、採ったオレンジベリーを口の中に入れたくなる衝動を我慢し、俺は採集に努める。

 二人も採集を手伝ってくれているが、どちらかという食べる方が優先的であった。


 結局、ギルドの依頼用に30個採集した後、もう数十個ほど採集した俺たち。


「えー、もっと採っていこうや。というか全部採っていこうや」

「いや、流石に全部は持っていけないだろ。荷物的にもこれくらいがちょうどいい」

「ちぇ~」


 そんなことを言いながらミヤは立ち上がると、休むためか近くの手ごろな木へと飛び乗った。

 太い枝の上。大きく欠伸をしながら、ミヤが身体を伸ばそうとしたとき。


 ――刹那、その動きが止まった。


「なあ、アキラ」

「……なんだ?」


 オレンジベリーは無理だぞと言いかけた俺だったが、何かおかしいと気付く。

 ミヤの声色が変わっていたその言葉に、どこか嫌な予感がした。


「ここって、Fランクの冒険者でも大丈夫な場所なんよね?」

「……? ああ、そうだが」


 依頼がFランクというのもそうだし、冒険者ギルドのミリアさんも『弱いモンスターしか出ませんよ』って言ってたし。


「ここは弱いモンスターしか出ないらしい」


 俺は記憶を頼りに、ミヤへとそう答えを返した。


「ああ、そうなんや……うーん」


 歯切れの悪いミヤの言葉に、俺もまた違和感を感じた。

 オレンジベリーに気を取られ、今まで気づいていなかったそれ。

 聴覚が、何か、感じた。


 ググッと鳴る唸り声。

 すぅーぐぅーと空気を震わすような息遣いの音。


「んじゃ、うちらを囲んでるこいつらも弱いモンスターってことやね」

「……へ?」


 囲んでいる?

 その言葉を受け、俺が辺りを見回すと――ギラギラとした幾多もの眼光がこちらを覗いていた。


 ……普通に囲まれていた。

 木々の隙間に、弱いモンスターであるはずのそいつらが見える。


「……えぇ」


 弱いモンスター。

 弱いモンスターというと、普通スライムやゴブリンなど小さなモンスターを思い浮かべる。


 弱肉強食の世界で体躯は、重要だ。

 生き残るためには強くなくてはいけないし、身体の大きさはこれまで生き延びてきたときに比例する。


 だとしたら。


「……」


 だとしたら、こいつらは何でこうも。


「うん」


 こちらが目線をあげるほどの大きさをしているのだろうか。


「デカくね?」


 木々の隙間から見える、その巨大なモンスターたち。

 悪魔のような翼、角、牙を持つ黒いモンスター。巨大なラフレシアの花弁に鋭い歯が生え、にょろにょろと緑の触手を生やすモンスター。目が一つで、鬼のような見た目をした馬鹿デカいモンスター。


 様々な個体が入り混じり、体長3mを超えているモンスターもざらで、大きいのでは5mを超える個体も見受けられる。


「……大王河童ロブスターよりもデカいのもいるし」


 俺が呆気に取られていると、その一体がこちらの様子に気付いたらしい。

 威嚇するためか、その大木のような右足でドンッと地面を蹴ると。


 ズズズンッ!


 地面が大きく揺れる。

 木々から葉が飛び、近くの木の何本かが倒れていくと、視界を覆いつくすのような砂煙が舞った。


「……」


 明らかに弱そうじゃないんですが、これは。

 あーもうめちゃくちゃだよ。


 足元に見えたオレンジの水たまりを見ながら、俺は頭を抱える。

 こんなんじゃ、Fランク任務なんかやってられないわ。


「ミヤ、あっちの方向から突破する」

「ほーい」


 俺が指差す方向を見届けるとミヤはこくりと頷き、トラッキーへと飛び乗った。


「ナナ、いくぞ」


 ナナを肩車しながら、片手でこんぼうを握りしめると。

 勢いよく俺は走り出した。

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