#27 エルフ少女との距離。そして、餌付け
ばたりと、オルソンが地面へと倒れた。
「お見事お見事〜。まあアキラが負ける訳はないと思って見てたけどね〜」
オルソンが倒れたことを見届けると、フィリーはからからと笑いながらこちらへと近づいてきた。
そして倒れたオルソンを見ながら、言葉を続ける。
「いや〜スカッとしたよ。こいつムカつくけど、腐ってもマリス教の幹部だからあんま公に手を出せないだよねぇ――気絶している今のうちに一回蹴っておこうかな」
本気とも冗談とも取れるフィリーの言葉を、これまた近づいてきたクラードが言葉で制す。
「やめておけ……こいつの安全な場所まで運ぶのは俺だぞ」
面倒なことはしないでくれ、という仕草するクラード。
少し不服そうな表情をするフィリーを片目に、クラードはこちらへと視線を向けた。
「……アキラ、だったか。お前は何といっていいか分からんが、興味深い奴だな」
眼帯の無い方の目でこちらを見据えるクラード。
「マリス教に盾突くのもそうだが、神に愛されなかった者を助ける奴なんて聞いたこともない――これからお前がどうするのか、どうなるのか、興味は尽きないな」
渋い顎髭が生えた口周りを緩ませながら、クラードは続ける。
「で、多分、俺より強い奴にどうのこうの意見するつもりはないが……これからどうするんだ?」
どうする。
その言葉は多分、お前はこのエルフ少女のことをどうするのかという意味だろう。
「……」
その返答に、言葉を詰まらせる俺。
正直に言うと、これから先のことは考えていなかった。
もちろんこの娘を助けたいと思ったのは本当だし、助けたこと自体には全く後悔していない。
だが助けただけで「はい終わり」とはいかないのが、今の現状だ。
振り向けば、こちらを不思議そうに覗くそのエルフ少女。
綺麗な翡翠色をした瞳がこちらへと向けられている。
「俺が面倒見るしかない……ですよね」
俺が出したその結論は、恐らくこの少女を助けようと思った時からの必然的な結論だろう。
先ほどの反応から言っても誰もこの娘を囲ってくれなさそうだし。
「――うん」
これは自分の蒔いた種だし、しょうがない事だと思う。
何度も繰り返すが、助けたことに後悔はしていないんだ。
ミヤも状況を話せば、分かってくれそうだろうし。
そんなことを考えながら、俺は一つ一つの問題を思考で消化していくが。
ある問題が、最後に一つ残った。
この娘は、どう思っているんだろう?
とどのつまり、それは俺側の問題ではなく、このエルフ少女側の問題だ。
エルフ少女が、俺に囲われてくれるのか、俺に付いて来てくれるかってことだ。
「ついてきてくれるのだろうか?」
そんな言葉を発しながら、俺は再びその少女を臨む。
エルフの少女は相変わらずまじまじとこちらを見ていた。
少しばかり土に汚れた顔から覗くその瞳は、冷たい感情の光がまだ感じられるものの、初めにあった時には無かった幾何か感情が溶けているのを感じられる。
……この娘にとっても、この状況は不思議なんだろうな。
そんなことを思いながらぼんやりと少女を見ていると、ふとある変化に気付く。
それは距離感だった。
先ほどは3歩ほどの距離感があったと思うが、今は2・5歩くらいの距離を保ちながら俺が動くと少女も動くといった構図になっている。まあ感覚的なものなので俺の勘違いかもしれないというのは否めないが。
「これは一応、距離が縮まっているってことなのか?」
その差は0.5歩分。
助けたわりには少ないその進展に少しばかりため息を吐く俺。
逆に何をすれば、この娘との距離は縮まるのだろうか。
もちろん最悪無理やり連れていくことはできるのだが、出来れば自主的についてこさせたい――と、そんなことを思っていると。
ぐ〜。
その可愛い腹の虫が鳴る音が、辺りに響いた。
俺は辺りを見回すが、フィリーは小さく笑いながら手を振り、クラードは目で俺は違うと意思表示をする。もちろん俺でもない。
「だったら」
俺が再び視線を戻すと、エルフ少女の様子がおかしいことに気付く。
頬がほんのりと桃色がかり、少しばかり恥ずかしそうに俯いているその少女。
こんな表情もできるのかと、俺は少し驚く。
そして同時に、チャンスだとも思った。
「そうだ、確か……」
俺は鞄を手を入れ、ごそごそと中身をあさり、それを取り出す。
手に取ったそれは、ライ麦パン。昼飯用だったそれを一欠片ちぎり、少女へと向ける。
「……!」
言葉を与えられていない少女は、出されたライ麦パンの一欠片に文字通りの言葉にならない声をあげ、パチパチと目を瞬きさせた。
ライ麦パンを求めるように手を伸ばしながら、恐る恐るといった表情で小さく一歩。
また一歩と少女は進む。
しかし、まだ警戒心は解けていないらしい。
目は穴が開くほどにライ麦パンを見つめながらバタバタと手を振りながらも、距離1.5歩といったところでその歩みは止まった。
「……まあこれが今の限界か」
そう感じた俺はライ麦パンを持っている手を振り、投げるぞというジェスチャーを行う。
エルフの少女はそれが分かったのか、分かっていないのか、そのライ麦パンを持っている手の動きに連動するように顔と視線が上下にぶんぶんと動く。
一定のリズムで頃合いだと思った瞬間。
俺はそれを、ポイと投げた。
ライ麦パンの一かけらが、大きく山なりに弧を描く。
エルフ少女はその軌道を目で追いながら、一瞬わたわたしながらも、自分の所にきたそれを見事に身体全体でキャッチする。
「おお、ナイスキャッチだね」
フィリーが小さく手を叩く。
そんな反応をお構いなしに、エルフ少女はそのライ麦パンの欠片を一気に口の中に押し込んだ。
ぽっぺを膨らませながらもぐもぐする、その食事方法。
それはまるでリスのような食べ方に見え、ほほえましい光景だった。
まるで餌付けだな。
と、思った瞬間、俺は名案が浮かぶ。
「……この方法で宿まで連れていくか」
名付けて、餌付け誘導。
ライ麦パンでつりながら、俺は少女を宿まで連れていくことにした。
欠片が食べ終わる頃に、遠目に距離を取りながら、もう一度同じようにライ麦パンで釣る。
それを繰り返し、宿まで行くという方法。
その方法は最初は順調だった。
しかし、エルフ少女は俺が投げた4つ目の欠片でもう食べていなかった。
失敗かとも思ったが、何故かエルフ少女はキチンと俺の後ろをついてきてくれていた。
後ろでとことこと歩くそのエルフ少女との、その距離感は1歩程度。
手を伸ばしても、その少女に届かない距離だが、それは確実に縮まっていた。
……でも単純に考えれば、助け(0.5歩分)<餌付け(1.5歩分)だし、それ差は3倍だ。
食べ物の力は偉大だなと、
俺は謎の敗北感に襲われた。
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