#26 勝負の結末


「フィリー、頼みがある!」


 この戦闘を見ているフィリーに向けて、俺は声を上げる。

 自分の名前がいきなり呼ばれると思っていなかったのか、少し間が空いた後にフィリーは答える。


「何〜? さすがにその娘を匿ってとかいう頼みは断るけど〜」


 少しばかり素っ頓狂な声を上げるフィリーに、俺は続ける。


「この娘は関係ない。二つだけ頼まれてほしい」


 フィリーはその言葉を聞いて、とりあえず話してという体でこちらを見ながら腕を組んだ。


「一つは、オルソンを殺さないで戦闘不能にするくらいの攻撃量を教えてくれ」


 俺は間髪入れずに次の言葉を続ける。


「もう一つは、今から俺が地面に攻撃するから――その攻撃力を随時教えてくれ」


 フィリーは一瞬不思議そうな表情を浮かべるが、意図は理解したらしい。

 少し考えるふりをしながら、俺の頼みに”返答”した。


「まあ、面倒事はごめんだし、私はマリス教にはかかわりたくないから、その頼みは断るよ――ただ」

 

 ニカッと悪い企みを思いついた子供のような、浮かべるフィリー。

 その笑顔から俺はその返答の意図に気付く。


「私は今から独り言などを言います。それはそれはつまらない戯言なので、お聞き逃しないように」


 きらりと瞳を光らせると、フィリーは間を置かずにその言葉を述べる。


「170〜190くらいかな。あ、クラードの身長そのくらいあるよね」

「……ん、まあ、そんくらいだな」


 クラードにまで話を振るという芝居までうったフィリーの口から出たその数値。


 170〜190。

 それはおそらく、オルソンを殺さないで戦闘不能にするくらいの攻撃量。


 俺は心の中で礼を言う。

 それが分かれば、後は俺がその攻撃力に調整すればいいだけだ。


「光の矢ぁあああああああああああ」


 もっとも、そんなやり取りの合間にも、オルソンの攻撃は絶えず俺に降りかかる。

 ぱちぱちとした閃光をこんぼうで振り払いながら、俺は合間を見つけ、さっそく行動に移った。


「――おりゃ!」


 俺は手に持ったこんぼうを地面にたたきつける。

 こんぼうと地面が触れ合った瞬間、鈍い振動と音が響く。


 草と砂煙が勢いよく舞うと、そこには小さな穴ができた。

 

「358――あ、これ私の今日のラッキーナンバーね」


 先ほどよりも手加減しようとこんぼうをふるが、その加減が難しい。

「355」

「376」

「347」


 力を弱めようとするものの一切数値に目立った変動がない。

 下手な時には前よりも上がってしまうことも多々だ。


「385」

「334」

「412」


 その後も続けるが、なかなかコツがつかめない。

 これが練習や鍛錬ならいくらでも時間をかけてられるんだろうが、

 

 この場ではそうも言ってられない。

 その間も、オルソンの攻撃の手は緩まないのだ。


 オルソンは怒りで我を忘れているらしく、単調な攻撃のみをただただ繰り返しているが、

 そこそこ威力が高い攻撃にいつまでも余裕綽々とはいかない。

 

 さすがにこれを後何十回も食らうとなるとシャレにならないと、感覚でわかる。


「――どうしたもんか」


 繰り返す、地面への攻撃とオルソンの攻撃への対処。


 先刻と同じようにオルソンの攻撃をこん棒で振り払う。

 が、少しの油断があったのか、光がいつもよりも多く零れた。


 刹那、飛び散る閃光で一瞬目がくらむ。

 

「――っ」


 視界が白に染まると、平衡感覚が一時奪われる。


 それ追い打ちをかけるように、自分が空けた穴に足を取られ、態勢を崩してしまう。

 こんぼうと共に、手から地面へと倒れる形になった俺。


「何やってんだか」


 直後に来たオルソンの攻撃をなんとかこんぼうで振り払いながら、俺は態勢を立て直し、立ち上がる。

 余裕があるからといって、油断してはいけないと言い聞かせた瞬間、視界に違和感が映った。


 あれ?

 ある意味、俺が倒れて起き上がっただけの先の事象。


 それに対する影響としては、この光景は何ら不思議ではない。

 だが、今の俺にとってはそれは違和感にしか思えなかった。

 

「……穴が空いてない?」


 先ほど倒れた場所に目を向けるが、そこには”穴が開いていない綺麗な緑色の地面”が残っていた。

 それは当たり前の光景だが、俺には妙に引っかかる。


 仮にも、こんぼうを持った俺が摂食したそこに、傷一つついていないのだ。


「……いや待てよ」


 そこで浮かぶのは、一つの仮定。

 考えれば、日常生活においても俺はこの攻撃力で何ら不自由なく生活しているのだ。


 逆に言えば、これが普通だ。

 だとすれば、考え方を間違えていたのかもしれない。


 力を加減するのではなく、力を加えてやれば?

 攻撃を、日常生活の行動に見立て、そこに力を加えば?


 このこんぼうを振り下げる動きを日常で思い浮かべると、ある食事中の動作が連想された。

 体が覚えている動きに、今の動きを連動させるように俺はこんぼうを動かす。


 ”コップをテーブルに下ろす”時をなぞる様に俺は、こんぼうを地面へと下ろした。


 コツン、と。

 小さな音を立て、地面は鳴った。


「……へぇ、1だね」


 これに少しずつ、


「22」


 力を加えていく、


「43」


 段階的に、

「66」

「89」

「111」

「134」


 力を入れていくと、


「157」


 俺が目指したそれに辿り着く。


「177」

「182」

「179」


 この感触だな。

 これを忘れないために、俺はオルソンの元へと駆ける。


「光の槍ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 オルソンの攻撃を軽くいなしながら、俺は先の自分の攻撃をなぞる。

 こんぼうの描く軌道が、オルソンへと向かう。

 

 鈍い衝撃をこんぼうから受け取ると、響くのは肉の打ち付ける音。

 そして、甲高い叫び。


「180だね。お見事〜」


 オルソンが白目を向きながら倒れいく。


 その視界の片隅に映った、その小さな翡翠の瞳。

 それはさも不思議そうにこちらを覗いていた。

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