#25 お前とは違う


 エルフの少女へと続くその光の矢の軌道は、終着点を前にして途切れた。


 光の矢が弾ける。

 幾何の轟音と、光の閃光が辺りを包む中、その事象の中心に俺はいた。


「――何のつもりです?」


 自分の攻撃を阻止された苛立ちからか、オルソンは俺を睨みつけながらその言葉の語気を強める。

 そのオルソンの反応に呼応するかのように、クラードやフィリーも驚きの声と表情を浮かべた。


 ここにいる奴らからしたら、この状況があり得ないんだろう。

 神に愛されなかった者が、誰かに助けられるというこの状況が。


「こいつが殺されるようなことはないと思った。だから助けた」


 それは俺の今までの常識だ。

 異世界の常識がどうであれ、目の前で少女が殺されてたまるか。


 エルフの少女を一瞥すると、表情は乏しいがこちらをまじまじと見ているのが分かった。

 きっと彼女もまた俺のことを不思議に思っているのだろう。

 それが無性に不思議に見えた俺は、小さく笑った。


「変わった思想をお持ちなようですが、退いた方が身のためです。私を敵に回すことは、マリス教を敵に回すことになりますよ?」


 次の攻撃を邪魔するようなら容赦しません、という言葉を発しながら、そいつは詠唱を始める。

 先ほどよりも強い光を放つその魔法の矢がこちらに向けられる。


「――死にますか?」


 空気を割くような音と共に、その矢は飛んでくる。

 俺はそれを真正面からこんぼうを盾に受け止める。


「……ん」


 こうぼうの盾では収まり切れなかった、光の欠片がパチパチと音を立てて身体に突き刺さる。

 物理攻撃ではしばらく味わったことのない痛みが襲うが、それはクラゲに刺された程度の痛みで大したことはない。


「神に愛されなかった者だかマリス教だが何だか知らないけど……」


 こんぼうを振り、その光の欠片を吹き飛ばす。


「そんなどうでもいい理由で、こいつを殺していいことにはならない」


 閃光が消え、辺り一面が晴れた時、対面していたオルソンは静かに口を開いた。


「先ほどからあなたは屁理屈ばかり。また、私やマリス教まで馬鹿にするような言動。許せません許せません」


 その一言一言に力を籠めるような口調の最後に、オルソンは冷めた目つきでこちらを一瞥した。


「どうやらあなたは、その少女と一緒に死にたいようです?」


 ピキピキと血管が浮き上がると、先ほどまで青白かったオルソンは赤く染まる。


 どうやら本気で怒らせたらしい。

 先ほどとは比べ物にならない早く強い口調で、オルソンは詠唱を始める。


 ――下手に攻撃を食らいたくないし、先手必勝だな。


 そう思い、俺は奴の懐まで走り、こんぼうを振り上げようとする。


 が、その瞬間、脳裏にフラッシュのようにその疑問が走る。

 あまりにも予想できうる未来の光景が、脳裏に浮かび上がる。


 俺の攻撃によって、それははじけ飛ぶ。

 脳が破裂し、赤い鮮血に染まった、その肉塊。

 それはオルソンの頭だったもの。


「――っ!?」


 ――このまま攻撃したら、こいつ、死ぬのか?


 その光景が脳裏に浮かんだ瞬間、俺は踵を返し間を取った。

 その瞬間、オルソンの詠唱が終わり、光魔法の攻撃が飛んでくる。


「私に恐れをなしましたかぁ!?」


 こんぼうでいくらか振り払うが、全ては防ぎきれない。

 チクチクとした痛みを伴うそれを、身体に受けながら少女の盾になる俺。

 ダメージという点では全くだが、何度も食らいたくはないというのが本音だ。


「……耐久だけはあるみたいですねぇ」


 その一連の攻撃がいったん終わるのを見届けると、俺は小さく息を吐いた。


 ――どうする?


 人殺しが嫌だからこの状況になったのに、俺がこいつを殺したらそれこそ同じ穴の狢だ。

 殺したら、こいつと同じことをすることになる。


 殺さないで、オルソンを倒す。

 手加減してもオーバーキルな攻撃を出してしまう俺にそれができるだろうか。


「……いや」


 できるかじゃない。

 やるんだ。


 そう決意を固めると、俺にある名案が浮かぶ。

 間髪入れず、俺はそれを行動に移した。

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