#24 神に愛されなかった者
一言でいえば、その姿は人形だった。
その特徴的な大きな瞳。
そして年相応らしいあどけなさ残る顔のパーツ一つ一つに至るまで、綺麗に均整がとれていた。
またその彼女を表す上で、最も特徴的な金色の髪は肩までかかり、絹の金糸のように光沢を放っている。そして、髪の隙間から覗くその耳は、おそらく彼女の種を表しているのだろう――長く尖っていた。
「……エルフ?」
この世界に見て、初めて見る姿。
その姿は少しばかり驚くものの、俺が最初に抱いた違和感は彼女がエルフであることではなかった。
俺の心の中でくすぶり続ける、違和感。
そこでまた気付くのは、初めに抱いた印象だ。
生気のない、無機質な、人形。
俺の眼に彼女は人形としか見えない。それが違和感の根源だ。
なんといえばいいかわからないが、彼女から生命力が感じられない。
その目に、光を感じない。綺麗な翡翠色をした瞳から、生気を感じない。
まるで負の感情を凍らせた氷みたいなその瞳を、俺は茫然と見ていた。
「お前、一体?」
その言葉をぽつりと吐いた瞬間、そのエルフの少女はこちらをぼんやりと見ながら小さく後ずさりしたのが分かった。
俺が一歩進むと、その少女は体を地面に擦らせながら、その分だけ後ずさりをする。
警戒されているのだろうか?
そんな風に思っていると、後ろからその声々が俺の耳へと届く。
「アキラ~何しているの――ってエルフ?」
「まだ子供のようだが」
振り向けば、フィリーとクラードがこちらに向かってきていた。
その後ろにも数人がゆっくりと、こちらに歩いてきているのが見える。
「アキラ、その娘どうしたの?」
「影狼に襲われていたから助けたんだが」
その言葉を聞くとクラードは辺りを見回すと、眉をしかめ怪訝な表情を浮かべる。
「エルフの子供が一人でこんな場所でか……怪しいな」
フィリーはその言葉に頷きながら、俺の肩をトントンと軽くたたいた。
「アキラ、ちょっと通してね」
そういうと俺の横を通ったフィリーは、それを発動させた。
「――【鑑定M】」
フィリーの目がきらりと光ると、エルフの少女のステータスが表示される。
「……なるほど、ね」
フィリーが合点のいったように頷きながら、少し寂しげな表情を浮かべた。
クラードもまたその表示されたステータスを見ると納得したらしい。
その二人の表情を一瞥しながら、俺もまたそのステータスに目を通した。
【 名 前 】
【 種 】 エルフ
【 レベル 】 9
【 経験値 】 703(次のレベルまで297)
【 H P 】 35/55
【 M P 】 100/100
【 攻撃力 】 25
【 防御力 】 18
【 俊敏性 】 50
【 運 】
【 スキル 】 神に愛されなかった者
「名前が、ない?」
いの一番に感じたのは違和感は、それ。
彼女の存在を示す項目に、文字がなかった。
また運の項目にも何もないことにも気づくが、そのすぐ下のスキル。
その項目にある、その文字列に言いようのない嫌な感じを受けた。
「神に愛されなかった者?」
「そう、神に愛されなかった者」
フィリーが俺の言葉を復唱すると、こちらを一瞥小さく頷いた。
「その反応だと初めて見るんだろうけど……一言でいえば、神様に匙を投げられた存在かな」
神様に匙を投げられた存在?
その言葉の意味を補足するように、クラードが言葉を述べる。
「たまにいるんだ。俺たちが世界に生を受けるとき、普通は神に祝福されて生まれてくる。だが一方で、気まぐれに神に祝福されなかった者がいる。それがこの【神に愛されなかった者】だ」
クラードは頭をかきながら、言葉を続ける。
「神に愛されなかった者は悲惨だ。名前を与えられず、言葉を与えられず、ほんの少しの幸さえ与えられない。生物としての威厳を奪われ、生きる意味さえ与えられないそんな存在だ」
理不尽すぎるというのが、その言葉における感想だった。
先ほどから声を出さないなとは思っていたが、話さないのではなく、話せないのか。
クラードたちの言葉を受け、俺はエルフの少女に対して、最初に感じた思いと違った思いが湧いてくる。
「……と、こんな話をしているが、こいつらには近寄らないのが一番だな。神に愛されなかった者は必然的に不幸に襲われ、近づくものに不幸をよんでくる。こいつらとかかわって死んだ奴もいて、死神とも呼ばれているくらいだ」
まるで腫れ物に触るかのように、クラードは少女から距離を置いた。
「お前もあまり近づかない方がいい。死ぬかもしれない」
何とも無茶苦茶な言い分だと思った。
だが、フィリーが否定しないことを見るに、本当にこの少女はこの世界ではそんな存在なのだろう。
神に愛されなかっただけで、こんなにも忌み嫌われる。
――俺にとってそれはあまりにも理不尽に思えた。
「この娘がいるからきっと影リンリンゴがいたんだろうけど……どうするの?」
フィリーのその質問にクラードが答える。
「ほっておいても問題ないだろう。なぜここにいたのかはともかく、少なくとも影狼からは逃げられないだろう。まあその前に奴が放っておくかと言われれば、放っておかないだろうが」
どうするとか逃げられないとか少しばかり危険そうなその話が展開されていた瞬間、その声があがった。
「――神に愛されなかった者と聞きました」
その声の主はもう一人のCランク冒険者のオルソンだった。
見るからに血色が悪く不気味な顔をしたそいつはムン〇の叫びの一端を連想させる。
俺的にはこいつの方が神に愛されなかったような気もすると思った瞬間、
その物騒な言葉がそいつから飛び出た。
「マリス教の信徒としまして、神に仇なす存在は処理します。神に愛されなかった存在、その歪な存在は世界にとっての癌――故に殺します」
殺す。
その物騒な一言に俺は凍り付いたが、他に異論を唱える者はいない。
クラードは普段と変わらぬ、表情を浮かべている。
フィリーは目を瞑ってるが、止める気配はない。
冗談だろ?
その俺の言葉が喉より先に出ない雰囲気の中、事は淡々と進んでいく。
オルソンは呪文の詠唱を始める。
エルフの少女は自身の危機を感じたらしく後ずさるが、あまりにもその進みはあまりも小さい。
もうその構図は狩る者と狩られる者として完成しており、もうこの光景を見ている誰もがこの後の運命を容易に予想できた。
彼女は殺される、と。
そこで気付く、この世界においてはこれが普通なのだ、と。
今展開されるこの光景に誰一人、疑問を持っていない。この娘が殺されるのが、この世界における常識なのだ。
「……だからって」
神に愛されなかった者だから、この少女は死ぬのか。
殺されるのか。
死神だから。不幸になるから。
そんな質素な理由で目の前の命が、
そのエルフの少女の命が、奪われるのか。
もう一度、俺はエルフの少女を見た。
動いている。息をしている。
俺らと変わらぬその生物としての姿がある。
一体俺らと何が違うのだろうか?
「……変わらないよな」
小さくそう呟くと、俺は軽く地面を蹴った。
詠唱が終了したオルソンが、その魔法の光の矢を彼女に向けて撃つ光景。
「――死ね、神に愛されなかった者よ」
真っ白な光の矢が、彼女に迫る。
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