第13話 ひと段落した

 何日もかけて、広い田んぼの稲刈りが終わった。

 週末のみで稲刈りをしていたが、無事に終わらせることができた。

 稲刈りが終わるころには家族の顔には疲労が見えた。


「今日はなーにすんの?」

 稲刈りが終わった次の日の朝、日曜日で父は仕事が休みであった。父はリビングのソファーで新聞を読みながらくつろいでいた。そんな父へ千春は声をかけた。

「稲刈りも終わったし、今日はなにすっかなあ」

 特にやることもなかったようで、新聞を広げたまま父は答えた。

「なにもないんだ、へえ~」

「千春はそろそろテストもあんじゃないんか? 勉強でもすれば?」

「そのうちね~」

 他愛もない会話をし、千春は何もせずリビングから出た。

 勉強でもするかと自室へ向かっているとき、姉の美咲に会った。しかし、美咲は完全にスルーし、すれ違うだけであった。

(何にもなしかよ……最近会話したのっていつだっけ?)

 ここ最近会話した記憶がない。高校生の千春は朝早く家を出で、夜11時ごろには眠る。大学生の美咲は朝遅く学校へ向かい、日付が変わってからの終電で帰るような生活を送っているため、平日に会うことがなかった。また、土曜日にも学校へ行ったり、日曜日にはアルバイトや遊びに行ったりと家にほとんどいない。姉の姿を見るのは主に日曜日だが、会話はしない。食事も一緒にとることはなかった。

 美咲は今日は遊びに行くようであった。なぜなら日曜日にしては服がおしゃれであったからだ。アルバイトに行くのならパンツにTシャツなどを着ているが、今日はスカートであるために、容易に想像できた。

(いっつも遊びに行ってるよなー……あんな週に一回のアルバイトでこんなに遊んでいられるほどお金が入るのだろうか……)

 疑問を持ちながらも千春は自室へ向かった。



 お昼を過ぎると何か違和感を感じた。

 その原因はすぐにわかった。

 朝から祖母の姿を見ていなかったのだ。お昼になれば一緒にご飯を食べるために会うが、まだ会っていない。嫌な感じがした千春は、祖母がいつも寝ている部屋へ向かった。

「ばあちゃん、入るよー」

 ドアを開けると、そこには布団の中で寝ている祖母がいた。すでにお昼を過ぎている。こんな時間まで布団にいるのはおかしい、そう思った千春は布団に近づいた。

「うん……? 千春かい?」

 寝ていた祖母だったが、人気を感じたのか祖母が起き上がった。

「もうお昼だよーどうかした?」

 千春は祖母の布団の近くに座り、話を聞いた。

「なんだかねえ、体がだるくって……昨日の夜からだるいのよ」

「熱は?」

「ちょっとあるみたいでねえ。なあに、寝てればすぐ治るよ」

「……そう? ママに言っておくね。ご飯は食べる?」

「おかゆをもらおうかねい」

「わかった。できたら薬と一緒に持ってくるね」

 強がってはいるが、祖母の顔色はよくない。食欲もないようであったが、何も食べないで薬を飲むと、胃が荒れてしまうこともあり、少しだけお願いして、祖母はまた布団で横になった。

 横になった祖母を確認し、部屋を出た千春は、昼食を作っている母の元へ急いだ。

「ママ、ばあちゃん、熱があるって」

「まあ! 朝から顔色よくなくて休むとは言ってたけど、熱があるなんて……」

「んで、おかゆよろしくってさ。薬も一緒に」

「わかったわ。すぐ作って持っていくわ」

 あいていたガス台を使い、すばやくおかゆづくりを始めた。

 

 手際よく作り、たいして時間がかからないうちにおかゆは完成し、母が運んだ。

「おばあちゃん、やっぱり顔色悪そうだったわ」

 祖母の元へおかゆを運んだ母が言った。

「心配よね……日曜だから病院休みだし……明日まで熱があったら病院に連れていくわ」

 千春のような若者が熱を出すのと、祖母のような高齢者が熱を出すのではわけが違う。若者は免疫力も高いし、熱がでたとしても重症化しにくい。しかし、高齢者では免疫力も低いために重症化もする。

「そうだねー」

 千春も熱が続くのはよくないことぐらいわかっている。何か祖母にしてあげたいが、安静にするのが一番だろう。何もできることがないと感じた千春は悔しかった。

 結局祖母は、一日中寝込み、姿を見せなかった。



 日付が変わり月曜日。

 千春や美咲は学校へ。父は会社へ行く。母は専業主婦であるため、家にいる。祖母は田んぼの管理や野菜を育てたりして過ごす。これがいつもの平日だ。

 夕方、学校から帰った千春は驚く話を母から聞いた。

「ただいまー」

「おかえり。千春、ばあちゃん、入院することになったよ」

「え? 急にさらっと言うね……熱まだあったの?」

「昨日よりだいぶ下がったんだけど、食欲もないし、念のために病院行ったら点滴とかするし、1週間ぐらい入院しましょうみたいな」

「ほえー。でもすぐに退院なんだーよかったー」

「パパには連絡したし、パパが必要そうなものを持って行ってくれるっていうから準備してるのよ。パパ早く帰ってくるはずよ」

 入院ときいてぎょっとした千春だが、すぐ退院できることを聞いて安心した。

 母は祖母の入院の準備をしていた。邪魔しないように自分の部屋へ戻ることにした。


 制服がしわにならないように、リラックスできるような服に着替えた。そしてベッドにダイブした。

(パパには連絡したって言ってたけど、姉さんには……?)

 母の言葉がひっかかった。家にはいないようだから、学校へ行っているはずだ。

(一応言っておくか……)

 スマートフォンを手にとり、姉にメッセージを送る。


『ばあちゃんが入院するって』


 メッセージを送り、SNSを見ていると、メッセージを送ってから数分で返事が返ってきた。


『なんで?』


 その返事を見たとたん腹が立った。昨日は日曜であり、家に帰ってきている。祖母の体調が悪いことを知っているはずだ。入院する理由なんて予測できるだろう。なぜそんなことを聞いてくるんだ。普通は祖母の心配をするなり、わかったと返事をするのではないか。こいつは何を言っているんだ。

 姉の返事に腹が立ち、返事をしないことにした。

(気分悪……宿題しよ)

 千春はとりあえず、学校で出た宿題をして気をまぎらわせた。


 後日、母とともに祖母のお見舞いへ向かった。

「千春、来てくれたのかい」

「うん来たよー大丈夫?」

 祖母はベッドに座って備え付けのテレビを見ていた。

「もう全然平気なんだけどねえ。先生がなかなか退院させてくれないのよ」

「あーらら。疲れてたから熱もでちゃったのかね?」

「そうみたいよう。稲刈りで疲れちゃったのと、終わって安心したからかもねえ。でも、ほら! もう元気よ。ピンピンしてる! 動かない方が体に悪いわ。だからよく散歩してるのよ」

 思っていたよりも祖母が元気そうで、ニコニコしている。

 入院のように体を動かさないでいると筋肉も弱ってしまう。それもわかっている祖母は退屈な時間は散歩しているようだ。とは言っても、病院内から出ることはできない。大方、病院1階にあるお店で何かを買いに行ったりしているのだろう。祖母のベッドの横にあったごみ箱には、ゼリーやヨーグルトなどのゴミが入っていた。

「お義母さん、元気そうでよかったわあ。もうそろそろ退院させてくれるんじゃないかしら?」

「そうだといいがねえ」

 そんな会話をし、元気そうなのを確認したので母とともに帰った。

 帰りの車の中で千春は母に姉のことを聞いた。

「姉さんはお見舞いきたの?」

「学校が忙しいらしくて、全然来てないわ」

「ふーん」

 運転している母はほかに何も答えなかった。

(忙しいってなんだよ。毎日忙しいの? なんなの、あの姉は)

  母の後ろのシートに座り母の返答を聞いた。千春は稲刈りが終わり、金色だった田んぼが茶色へ戻った風景を見ながら姉への不満を募らせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る