第2話 種をまこう!

「千春ー! 手伝ってー」

 日曜日の朝のアニメをリビングのソファーに座って見ていた千春に、父が玄関から声をかけた。

 父は玄関に座り、つなぎを着て、首にタオルを巻き、キャップをかぶって、ふくらはぎをすっぽり覆う長靴をはいているところであった。

 千春はソファーから降りて、玄関にペタペタを歩いていった。

「きょうはなにやるの?」

「米の種まくんだよ。スイッチ係やってくれ」

「すいっち? はーい。よくわかんないけど、準備できたら呼んでー」

「いつでもできるようにお前も準備しとけよー。ママにもやるぞーって言っといてくれ」

「はーい」

 父はそう言って長靴をはき、外へ出て行った。

 千春は走って食器を洗っていた母のもとへ行った。

「ママ、準備しといてだってー」

「千春も帽子の準備しときなさいよ。今日は暑くなるわよ」

「ねえねえ、ねえちゃんは手伝わないの?」

 素朴な疑問だった。千春の姉が、農家の作業も家事も何も手伝っているのを見たことがない。昨日、姉に蹴られて泣いて以来、姉を見るのも嫌だったが、とりあえず聞いてみた。

「美咲は寝てるんだからいいんじゃない?」

 母はそう言って、洗い物が終わると別の部屋へ行ってしまった。

「ふーん……」

 去ってく母の後ろ姿を見て納得を示した。姉が手伝わないことはうれしいような、さみしいような複雑な気分だったが、しょっちゅう姉に泣かされるため会わないことはうれしい。しかし、家の手伝いをしないのはどうなのか。

 6歳の子供ではそんな風に考えても、次の新しいことを考えるとその前に考えてたことはすっかり忘れる。千春も帽子を用意しなきゃと帽子のことだけ考えてたら、姉のことなんてどうでもよくなった。



「千春ーやるぞー」

 外から父の声がかかり千春は帽子をかぶって外へ出た。庭には米の種をまく機械の手前に縦横それそれ1メートル、高さ10センチぐらいの木でできた台がいくつかおいてあり、機械の横にははしごを伸ばして地面においてあった。そして機械の奥にはつなぎを着た父、いつもの作業着に農協の文字が入ったキャップをかぶった祖父、長袖のポロシャツにゆったりめのズボンをはき、日よけ対策のサンバイザーのような帽子に布をつけたようなものをかぶった祖母がいた。

「何したらいいのー?」

 何もわからずやってきた千春は父に聞いた。

「パパが止めてって言ったら、ここのスイッチを切ってくれればいいよ」

 父は機械のスイッチを指さして言う。とても簡単な作業であった。

 種まきの手順は、まず前もって、苗箱とよばれる縦横60センチ×30センチの深さの浅い黒い箱に土を入れる。この土は、お米を育てる田んぼから運び出した土である。運んできた土には、藁や石を含んでおり、土も固まって大きくなっているので、まずはふるいの要領で土の大きさを均等にし、藁などのゴミとわける機械に土を入れていく。そして大きさが均等になった土を苗箱に入れるのだが、これを人が地道に行わなくてはならない。適度に苗箱に土を入れて、余分な土をすり切り板で落とす。こうして大きさも量も均等な土が入った苗箱が完成する。

その箱の土に水を含ませ、種をまく播種機に置く。あとはベルトコンベア式に種がまかれ、それを覆うように土がかけられる。この時の土は、栄養を含んでいる購入した土である。播種機は種とその上の土をかけるところをやってくれるだけであり、水を撒く、機械に乗せる、機械から降ろす、なくなりそうになった種や土を補充する、種をまき終わったものをきれいに積む、この作業はすべて人の力で行わなくてはならない。かなりの重労働である。毎年行わなくてはならない。高齢者が多い農家では、とても大変である。この作業をせずに、すでに種をまいて育った苗を買う家もある。

 千春の家では今年、この苗箱を600枚近く種をまくのだという。600枚全て同じ日にやるのではなく少し間をあけるが、2日で全てまく予定らしい。時間がかかるのは間違いない。

 一度苗箱を大きな木の台に広げておいて、ホースで水をやり、機械に乗せるのが母と祖母、種と土の補充をするのが父、機械から降ろして積むのが祖父。父はそのほかにも全体の様子を見ながら指示をする。水を含むと重くなる苗箱を千春はまだ持つことができないので、スイッチのあるところでスタンバイする。苗箱を広げるのと水をやるのが機械で種をまくよりも時間がかかってしまう。そのためにスイッチを切るのだ。別にいなくても父がスイッチを切ることができる。しかし、暇そうな千春に何か仕事をあげようと頼んだ手伝いであった。

 最初はしゃがんで言われた通りにスイッチを付けたり切ったりしていたが、あまりにも時間がかかるし、同じ作業で退屈であったため、千春は2時間で飽きてしまい、外で飼っている猫と遊び始めた。

 遊び初めて30分が経とうとしたころ、猫と遊ぶのにも飽きた千春は再び種まきの手伝いを行うことにした。倉庫の奥にほこりをかぶって放置されていた、小さい折り畳みのイスまで持ってきた。そして今度は座って手伝う。

 種まきを始めてから3時間が経つと、太陽も高く上がり、お昼休憩となった。

 約1時間のお昼休憩が終わったら、再び種まきを再開する。種まきが終わるころには夕方になっていた。

 千春は種まきが終わったとたんに家の中へ行き、屋内から家族が後片付けをするのを見ていた。自分はすぐ飽きてしまうし、ただスイッチを付けたりするだけであったが疲れてへとへとなのに、後片付けまでやっている家族はかっこよく見えた。特に一番働いている父には憧れた。ただスイッチをいじることしか手伝えない千春は自分が情けなく感じ、大きくなったらもっと手伝おうと決意した瞬間だった。

 ちなみに姉はお昼のときにしか見なかったので、家の中で何をしていたか知らない。会わなければいじめられないし、姉のことはどうでもよかった。

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