農民の何がわるい

夏木

最初

第1話 最初の最初

 突然だが、あなたは今日何を食べただろうか?

 ご飯? パン? 麺類? それともサラダ? 何もまだ食べていない?

 今まで何も食べたことがないという人はいない。

 誰しもが食べているものは、必ず作ってくれる人がいる。それは、自分で作ることもあるだろう。ほかにも家族であったり、恋人であったり、お店の人、工場で作っているというのもある。

 作るためには原材料が必要だ。

 野菜や魚、肉、ご飯も麺もパンも材料が必要だ。

 最近は輸入品も増えているが、それも同じ。必ず作っている人がいる。

 野菜を作る野菜の農家、漁業を行う漁師たち、肉や牛乳、卵を出荷する畜産農家。そして、日本人の主食ともいわれるご飯を作る米農家。

 どれも欠けてはいけない仕事である。

  これはその中の1つ、お米を作る米農家の話である。



――約10年前……

「うわあああああああああん! 姉ちゃんがいじめだあああああ」

 日も長くなって少しずつあったかくなってきた春のお昼時、家の中で吉岡千春6歳は泣き叫んでいた。

 理由は簡単であった。リビングで一人で遊んでいたところに3歳離れた姉の美咲が突然やってきて、邪魔だと言われて蹴られたのだ。

 両親はたまたま買い物に行っていない。祖母は庭先の畑で何か作業をしており、祖父もこれから作業をし始めようとしているところだった。

 千春は大泣きしながら、姉から逃げ、靴を履いて外に出た。祖父は青い車体で屋根もなく扉もない古いトラクターで田んぼに行くつもりだったようだが、千春は真っ先に祖父のトラクターに近づいた。祖父はそれに気が付き、動かすのをやめ、千春が来るのを待った。

「んだい? どうした?」

 トラクターの横に来た千春に、ドゴゴゴゴとトラクターの大きなエンジンの音をかけながら、祖父は千春にやさしく声をかけた。

「ねえぢゃんがけっだあ……」

 泣きながら必死に出した声はそれだけだったが、祖父はよくわかったようだった。

「んだ、またか。まったくなあ」

 祖父はあきれたようだったが、どうしようもなく、泣き止ませる方法もわからないようであった。

「乗るか? 乗るならしっかりつかまっとけ」

 どうしても泣き止まない千春を見て、祖父はトラクターのステップに千春を乗せ、落ちないように前方にある柵につかまるように言った。千春もうなずき、しっかりつかまって立った。

 大きなエンジン音とともにトラクターは車庫から出るためにバックした。普通の車より大きいトラクターは、振動も大きかった。まずは庭にあるトラクターの後ろにつける作業機のところへ移動する。たかが数メートルの距離だが、バックしたり前進したりするのが楽しかった。まだ身長も小さい千春にとって、大きなトラクターに乗った視界はとても高く感じ、前へ後ろへととても楽しく感じたのであった。祖父はその間何も話さなかったが、すっかり千春は泣き止んでいた。


「あんれ、千春、乗ってたんかい? いいねえ」

 作業機を付け終わったときに畑から祖母がトラクターの脇に乗ってる千春を見かけて声をかけた。

「うん!」

 今まで泣いていたのが嘘のように、元気に答えた。

「んじゃ田んぼ行くから千春はお留守番な。ばあちゃんの手伝いしてな」

 千春が泣き止んで笑っているのを確認した祖父は千春をトラクターからそっと降ろし、祖母に預けたあと、大きなエンジン音をたてながら田んぼへ向かって庭から出ていった。千春は耳を澄まして、エンジン音が聞こえなくなるまで祖父が出て行った庭の門を見ていた。

「それじゃ、手伝ってくれるかい?」

 エンジン音が聞こえなくなったところで、祖母は千春に声をかけた。

「うん!」

 またしても元気な声で返事をし、祖母がやっていた畑の手伝いをすることにした。

「何するのー? 手伝う!」

「これからジャガイモをまくんだよ。千春はばあちゃんが言ったところにこのジャガイモを置いてくれるかい?」

「はーい!」

 たかが6歳の子供にできる手伝いなんて微々たるものだ。しかし、畑作業となると、立ったりかがんだりするものである。祖母にはそれがなくなるだけでも助かった。

 祖母がジャガイモの種イモを置く畝を作る。そこへ等間隔で半分に切った種イモを断面を下にして置いていくのだ。やることはわかった千春は作った畝に種イモを置いていった。

「できた! ばあちゃん、置いた!」

「そうかい、そうかい。どれどれ……」

 祖母は次の畝を作っていたがその手を止めて振り返り、千春を見た。

「置けてるねえ。でもよく見てみ。だんだん間隔が狭くなってないかい?」

 そういわれてみてみると、最初は種イモの間隔が30センチ以上あいていたが、どんどん狭くなっていき、畝の端の方を見ると、20センチぐらいしか間隔があいていなかった。

「あれ? 狭いね?」

「もう一回直してくれるかい?そうしたら肥料をまこうね」

「はーい」

 いわれた通り種イモの間隔を調整し、祖母の合格をもらった。種イモと種イモの間に肥料をつまんでおいていく。それが終わったら、また祖母が上から土をかける。それで終了だ。特に水やりなどはしなくていいと祖母が言ったのでやらなかった。

 およそ5メートルの長さの畝、2つ分にジャガイモをまいた。

「収穫も手伝ってくれるかい?」

「芋ほり!? やる!」

 いつできるのかもわかっていないが、泥だらけになりながらも自分でまいたジャガイモを自分で収穫するのが楽しみになった。


 ジャガイモをまくのに使った道具や余った肥料などを祖母と一緒に片づけていると、買い物から両親が車で帰ってきた。

「あ! ママきた!」

 車を車庫に入れ、両親が車から降りてきた。

「パパ、パパ! ジャガイモまいたの! えらいでしょ!」

 どちらかといえばパパっ子の千春は降りてきた父に向って走っていき、楽しそうな顔をして話した。

「おっ、じゃあ収穫も頼むな」

 父は泥だらけの手に驚きながらも、祖母と同じく収穫を手伝うように言った。

「ばあちゃんともやるって言ったのー! いつできる? いつ芽がでる? ねえ、ねえ!」

「そんなすぐは収穫できないから、な。毎日見てな」

 千春の勢いに圧倒されながらも、父は答えていた。

「見るー!」

 父と一緒に車から降りた母と、片づけを終えた祖母は、2人を見て笑っていた。

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