「ジャンパーズ・ダイアリー」 伊東京一
――1――
私のスマホの連絡先は16件だけ。何の取り柄もない。見た目も冴えない。コミュニケーション能力も低い。クラスのどのグループにも入れず、教室の隅でひとりお弁当を食べる生徒――それが私だ。
そんな自分が嫌いで、生まれ変わりたくて、中学卒業に際して選択したのは自宅から12駅先の高校だった。今までの私を知る人がいないその環境で、髪型を変えて丈の短いスカートをはき、作り笑顔を絶やさないよう日々を過ごした結果、幾人かの友達らしきものができて、スマホの連絡先は三倍に増えた。
さらに一学期の終業式の直後、同じ高校の三年生――
爽やかなイケメン男子との恋愛なんて、私には縁のない世界だと思っていたのに。
◆◆◆
夏休みに入った7月29日――S町の夏祭りの日。
私は午前中にわざわざ遠くの美容院まで足を運び、目いっぱいのお洒落をしていた。
すでに先輩とは二度の図書館デートを重ね、三度目の今日。縁日の賑わいを途中で抜け出して、9時までに家に帰るとの条件つきで、近くの浜辺までドライブに行く予定だった。4月生れの先輩は、高校生なのにすでに車の免許を持っていたのだ。
「
私が激しく首を振ると、先輩が「じゃあ、俺が君の一番目だね」と白い歯をこぼす。
ドラマのような会話とともに、車がコインパーキングから車道に出た直後だった。
「……まっ……てっ。と……まっ……て」
突然歩道から人が飛び出してきて、私は「あっ!」と大きな声を上げていた。
中学生だろうか。小柄で華奢な少年だった。暑い中とはいえ不自然なほどの汗の量で、湿った前髪が額に張りついている。一瞬で確認できたのは、そこまでだった。
少年が勢いそのままに、車の側面――私の座る助手席のドアへと飛び込んできた。
急制動で車が止まるのと、少年が車に接触するのと、ほぼ同時。なのに――、
パンッ、という軽い音とともに少年の体が後方に吹っ飛び、今まで車を停めていたパーキング内を転がっていった。まるでハリウッド映画の派手なスタントシーンのように。
「えっ、なんで……?」
私が声をもらしたのは、その光景のためだけではない。少年が車と接触した瞬間、彼の左手首から先だけが、車の内側にあったように見えたからだ。
ヒビひとつなく、ぴたりと閉まったサイドウィンドウの内側に――。
「先輩っ。今の見ました?」
「お、俺は悪くないぜ。あいつが自分でぶつかったんだ。当たり屋だろ、あいつっ」
先輩は私の質問には答えず、ハンドルを固く握りしめたまま早口でまくしたてた。
やはり目の錯覚だったのだろうか。いや、それよりも今は少年を助けるほうが先だ。
私が助手席から降りようとしたとき――私の太ももに載せていたポシェットの上から、何かが足下に転がり落ちた。ついさっきまで、そこにはなかったはずのものが……。
それは私のものでも、先輩のものでもない、見慣れぬグレーのスマホだった。
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