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「おはっち、あすみんです」
事の初めは夏休みが近い、七月初日。放課後の文芸部部室。
女子高生アイドル声優、
「ど、どうして、亜珠美様がこのような吹きだまりに……。うお……マジかよ、なんだこの肌のきめ細かさ……陶器かよ……」
「……君、イケメンなのに、この一瞬でキモく見えるってすごいね」
おかしい。秒速で僕がキモイことがバレている。なぜだ?
しかし、幸いにも、亜珠美先輩の表情には嫌悪感はなく、むしろ楽しげだった。
「なんで文芸部に来たかというとね、次の出演作品であたし、売れっ子ライトノベル作家の役に決まったんだ。なんと正真正銘ヒロイン役だよ! だから気合い入ってるし! そゆことで、役作りのために文芸部の人たちを取材させてもらおうと思って」
なるほど、実際の書き手への取材か。僕が現在書いているのは、目の前の亜珠美先輩を題材にしたエロ小説だったが、それでも取材対象には違いない。文芸部に入っていてよかった!
心の中でガッツポーズをしていると、亜珠美先輩がこちらをじっと凝視していることに気付いた。
「な、なんでしょう?」
「イケメン君って童貞だよね」
美少女が、突然とんでもない単語を口にする。
「ど、童貞……。まあ、童貞か童貞じゃないかと言えば前者であるけれども……っていうか、その、チャンスはあったんだけどね。でも僕って正直そういうことに必死になれないというか純情だからプラトニックな感じでも満足できるところが――」
「うわ……必死さがすごい童貞」
脂汗を浮かべている僕を、より興味深そうに亜珠美先輩は
「イケメンでも、その性格だったらモテないもん?」
遠慮なくぶっ刺してくるなこの声優。
「……い、いや、まあ普通かな? 小学生の時に日直だった女の子と、楽しく話したりもしたし。それにコンビニでレジの女の人が、すごく丁寧に釣り銭を返してくれたこともあるし」
「うわ、何その貧弱なエピソード……。なんでそんなゴミエピソードを大切にしてるの? イケメン君が大切に持っている思い出、当たっていないアイスの棒だよ?」
「亜珠美先輩、さっきから僕に厳しすぎやしませんかね!」
「あはは! あれだよね! ネットで『※ただしイケメンに限る』って言葉があるけど、君その概念を覆すよね!『※ただしイケメンでも無理』だよね!」
「ええ……! 攻撃をやめるどころか、たたみ掛けるの!」
亜珠美先輩は僕のツッコミに、ゲラゲラと笑っている。明らかに僕のことをバカにしているのだが、その心の底から楽しんでいるような笑みは魅力的で、とてつもなくかわいいのだ。
一頻り笑った後に、亜珠美先輩は僕をビシッと指さす。
「君に決めた」
ポ●モンのセリフみたいなことを言った後に、とんでもないセリフを続けた。
「しばらくこのイケメン君、借りることにする!」
なぜ、亜珠美先輩がこんな衝撃発言をしたのか?
それは、亜珠美先輩がヒロイン役を務めるアニメの主人公が、僕にそっくりだったかららしい。主人公は彼女いない歴実年齢の童貞で、コミュ症だそうだ。ほっとけ。
しかも僕は腐っても文芸部員。自分の役柄である、ライトノベル作家の気持ちも分かるかもしれない。
そういういきさつで、僕らは次の休日だった日曜日に、本屋巡りをすることになった。
って、おい。
これってデートじゃね?
月の小遣いの半分をつぎ込んでいた声優を、独占できるってことじゃね? いいの? 無課金でそんなイベント起こり得るものなの?
日曜。待ち合わせ場所の町田の小田急線改札口前で、一時間ほどそわそわしていると、時間通りに来た亜珠美先輩の姿が改札口の向こうに見えた。キャスケット帽をかぶってはいるが、そのかわいいオーラはちっとも隠せずに、周囲から浮いていて、視線を集めている。服装は、ナチュラル系というのだろうか? ゆったりめのボーダーのTシャツに、ふわっとしたロングスカートを着ている。制服姿とも、アイドル活動時とも、全然印象が違う服装だった。
僕に気付いた亜珠美先輩は、改札を抜けると小走りになる。
「おはっち」
笑顔でチョップしてくる。
やばい、好きだ。
ベッドインしたい。
と、デレデレしている場合ではない。デートなのだ(誰が何と言おうと)。気の利いた言葉の一つでも言わなければならない。
「その服かわ――」
「その服かわいい、とか言うのやめてね、少女マンガか何かを参考にしてきたのが丸見えでキモいから」
押し黙る。まさにその通り、少女マンガを参照にしてきたからだ。
これが童貞の想像力の限界か……。もう、大人しく黙っていよう。
「おい」
うなだれている僕に、また亜珠美先輩がチョップをしてくる。
「な、なんでしょ?」
「ちょっとツッコんだくらいで何を黙ってるんだよ。それでもあたしの言葉を遮って、かわいいって言えよ」
「ええ……!」
童貞に求めるレベルが高すぎる。
「つーか、亜珠美先輩。僕に言われるまでもなく、かわいいって言われ慣れてるでしょ?」
「うん」
はっきりと肯定しやがる。
「でも、いくら言われても、かわいいって言葉はたまんないよね。はあ……麻薬だよ麻薬! だからあたし、どんなキモいファンでも、かわいいって言ってもらえれば、サービスできるんだ。あたしのファンって97%キモいけど、それでも愛おしいんだ!」
絶対この声優、演技が好きで声優になったんじゃなく、ちやほやされたくて声優になっただろ……。
「ってか、ファンをキモイって言っちゃダメでしょ」
「それはそうだよね。……でも、君も声優ファンでしょ?」
「まあ……嫌いじゃないけど」
「ほら」
「……今の『ほら』は一体?」
「え? やっぱり声優ヲタはキモイって事だよ。『嫌いじゃないけど』って言い回しもまたキモイよね。声優ヲタはなぜか素直に好きって認められないんだよね」
「色々とオブラートに包んで!」
……でも、女性とまともに目を合わせられない僕が、亜珠美先輩とは自然に話せている。こんな楽しく女の子と会話できるのは、生まれて初めてだ。
「そうそう。あたしなりに売れてるラノベを調べてきたんだけど、最近は異世界ものが流行ってるんでしょ?『エロマンガに出会いを求めるのは間違っているだろうか』ってのあるよね?」
色々と間違ってはいるが、一つ言えるのは、僕はその異世界で出会いを求めたい。
「おっし、本屋に行こ行こー」
そうして亜珠美先輩は僕の手を引っ張って――ということはさすがになかったけれど、機嫌がよさそうに無駄にくるくると回っていた。
正直なことを言えば、前回のデートは人生のボーナスステージであり、二度と亜珠美先輩と二人きりになるようなことはないだろうと思っていた。しかし僕らは、デート終わりにLINEのアカウントも教え合い、次の日も図書室で落ち合うことになった。
今日の目的は、本屋で買ったライトノベルを読むことだった。……のだが、亜珠美先輩は本に手を付けず、イヤホンをしてずっとデ●ステをやっていた。タタタタうるさい。
「いやー、ファンを大切にするアイドルの生き様に共感できるわあ」
心にもないことを!
「亜珠美先輩、ラノベを読んで!」
「えー……文字読むのって大変なんだよなあ。……あ、じゃあ、君が書いた小説を読むよ。文芸部だから書いてるんでしょ?」
ええ、あなたを題材にしたエロ小説をね。アフレコスタジオで隠語を言わされ、あられもない姿になってばかりの物語をね。
「見せてよ」
見せられるか!
水曜。僕と亜珠美先輩は、テスト勉強も兼ねて、放課後ファミレスにいた。
亜珠美先輩はすっかり勉強に飽きて、教科書を放り出して、テーブルに顎を着けていた。
「……あー、イケメン君。なんか楽しい話ない? あ、童貞にそんな気の利いた会話は無理だよね。ごめんごめん」
相変わらずかわいくなければ許されない発言ばかりするなこの人は。
「何かあたしについて聞きたいことがあったら聞いていいよ」
「じゃあ、胸のサイズとカップ数」
「78のC」
冗談だったのに、平然と答えた。
……しかし、Cカップか。なんとまあちょうどいい。つまり、おっぱい自体の大きさは15センチということになるな。
なんでもないことのように言った亜珠美先輩は、パフェを口に運んでいた。なんだ、女子にとってこの程度のことは恥ずかしいことではないのか、と僕が思ったのもつかの間、スプーンをくわえている亜珠美先輩の顔がみるみるうちに赤くなっていく。赤面していることを自覚したのか、スプーンをパフェにぶっ刺すと、顔を覆う。
「ああもう、平然として逆に困らせようと思ったのに! うああ、失敗した! イケメン君ごときに
ちなみに亜珠美先輩は、ファンの間で、髪型のみ清純派と言われている。
「あの……亜珠美先輩、言いにくいんですが」
「何よ!」
「とても重要なことです。いいですか?」
僕の顔があまりにも真剣だったからだろう。亜珠美先輩は身構えて、姿勢を正す。
「事務所のホームページにはバストサイズ82って書いてありましたよね? 盛っていたんですか?」
亜珠美先輩に、使い終えた手拭きナプキンを顔に投げつけられた。
土曜日は二人でカラオケに行った。亜珠美先輩はふざけて自分の曲を歌い出し、僕も初めは笑っていた。が、よくよく考えたらこれはアニサマで何万人の前で歌った曲だと気付き、状況の贅沢さに僕は混乱し、タンバリンを壊れるぐらいに叩いた。
次の週の月曜は、部室で亜珠美先輩の、演技への熱い想いを聞いて、業界の愚痴を聞いた。
水曜は、下校途中の公園で、二人でアイスを食べた。たわいもない話をしていたが、僕はその間、亜珠美先輩の汗ばんだシャツに浮かんでいる水色のブラジャーにばかり目が行ってしまって、でもそれはバレバレで、帰り際に「胸ばっか見てたっしょ?」といたずらな笑顔で言われた。
金曜の放課後は、ゲーセンでクレーンゲーム機のぬいぐるみをせがまれて、二千円を掛けて取った。痛い出費だったが、めちゃくちゃ喜んでくれて、一緒に撮るプリクラ代は奢ってもらった。
日曜には、一人では絶対に行けないようなオシャレなカフェで、ナルシストだった元カレの話を聞いた。散々元カレの悪口を言っていた亜珠美先輩は、少しだけ泣いていた。
そして、テスト週間が終わった次の日曜日に、上野亜珠美は、僕の六畳一間の部屋に遊びに来ることになった。
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