「無事女子にフラれる、夏」 御影 瑛路

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 唐突だが、ある一人の女子について話をしよう。


 名は、上野亜珠美うえのあすみ


 同じ高校に通う一学年上の、現役女子高生声優だ。声優アイドルユニット『Beebit』に所属していて、絶賛売り出し中。ユニットでは最年少で、オレンジ色を担当している。ファンからの愛称はあすみんだ。


 現役女子高生声優! その蠱惑的こわくてきな響きったら! 一ヲタクとして、気にならないわけがない!


 なので、入学初日にそのことを聞きつけてから、高校での友人を作ることなんてそっちのけで声優上野亜珠美を探していた。高校生活の出だしを犠牲にしたかいもあり、入学して三日目に、学食で友人らしき人たちと談笑している彼女を見つけることができた。


 ああ、一目で視線を奪われたさ。


 顔が普通の人より一回り小さく、反対に二重の目は一回り大きい。黒髪ポニーテールに、前髪はパッツンで揃えている真っ直ぐな髪は、アイドルらしい髪型だ。これまで僕が人生で見てきた誰よりも、明らかに美人だった。


 でも引きつけられたのは、顔の造形が理由じゃない。遠目から見ても、明らかに他の人と発しているエネルギー量が違うのだ。大げさではなく、輝いているのだ。


 ――これが本物の声優!


 正直、跳び上がるほど興奮していたが、そのときたまたま一緒にいたクラスメイトたちに、僕はこんなことを言っていた。


「ふーん。まあ、さすがにかわいいんじゃない? 一般ウケしそう。でもあれかな? ちょっと僕の好みとは違うかもな。顔立ちが華やかすぎるんだよね。僕はもっとこう、さちが薄そうな感じの人が好みだから」


 この超絶上から目線である。けれど、ヲタクとは基本そういう人種なので許して欲しい(偏見)。


 しかしどうしてだろう? 亜珠美先輩がたぐまれなる美人であっても、好みではない、そう思い込んでいたのは事実なのに、僕は彼女が出演するアニメは、どんなちょい役だろうと見るようになっていた。ニコ生も、ウェブラジオも、声優雑誌も全部チェックした。ラブコメの準ヒロインに抜擢されたときは、部屋で雑誌のグラビアページを開きながら、「やったな!」となぜか仲間意識でガッツボーズをしていた。


 そのラブコメアニメは、なぜモテるのかが分からないうだつの上がらない優柔不断の主人公が、ヒロインズのパンツを無駄に目撃しまくるだけの陳腐なラブコメだったが、主人公の名前が『雄司』であることだけは素晴らしかった。幼馴染み役の亜珠美先輩が、主人公のことを「ユウ君」と呼ぶからだ。僕の名前は「祐一ゆういち」であり、「ユウ君」はまるで自分のことを呼ばれている感覚になれた。それだけで神アニメ認定してもいい。


 そこまでお膳立てされてしまえば、こういう行動を取ってしまうのもしょうがないだろう。僕はアニメ音声を編集し、自分用の亜珠美先輩ボイス集を作り、ファイルを作ってiPhoneに入れた。



 ――ユウ君、起きて! もうっ、遅刻しちゃうよ!

 ――ユウ君、あのさ……キスってしたことある?

 ――ユウ君、大好きだよ。



 毎日聞いた。


 いつの間にか僕の小遣いの半分は、上野亜珠美のCDやグッズに費やされていた。タイプではないはずなのにおかしいな……と首を捻り、自分の行動を振り返ってようやく――本当にようやく、自覚した。


 僕は、素直になれないだけのキモヲタなのでは?

 亜珠美先輩のことを大好きなのでは?

 なんなら亜珠美先輩から産まれたいと思っているのでは? いや、実際思ってるし。ママー!




 ここで僕自身のことも紹介しよう。


 僕の名前は棚橋たなはし祐一ゆういち。現在高校二年生だ。


 自称するのは憚られることだが、客観的事実として、スペックは悪くないと思う。渋谷を歩けばモデルにスカウトされるほどの容姿であり、ガリ勉をしなくともテストの点は学年トップ、運動神経も中学時代、陸上部に所属していないのに大会に引っ張り出され、短距離走で県大会入賞を果たしたほどだ。


 だが、そのすべてを台無しにする、根っからのキモヲタである。


 そして女子が壊滅的に苦手だ。まず女子の顔など直視できない。女子を目の前にすると、緊張で言葉を失う。一ヶ月ほど前に、前の席の山城に「ごめん、消しゴム拾って?」と言われたのが女子と話した最後なのだが、そのときは顔を見られずに消しゴムを無言でそそくさと渡したために「え? キモ……」と言われてしまう始末だった。

 高スペックをもってしても、「キモ」だ。


 その現実を直視すれば、ここまで亜珠美先輩への好意に気付かなかった――否、気付かないようにしていた理由は思い当たる。僕は言うまでもなく、彼女いない歴実年齢の、カースト最底辺男子である。同じ学校という共通点があっても、女子高生声優様という天上人に相手にされるはずがない。この好意は報われるはずがなく、好きだと自覚してしまえば、ただただ苦しむだけだと分かっていた。


 どうせ一言も話すことなく、亜珠美先輩は僕を知ることもなく、高校を卒業する。それが現実だ。


 だから僕の身にそれから起こったことは、ただの奇蹟だった。

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