「7月のちいさなさよなら」 石川博品

前編 4月5月

こう、暇ならコダマサマにお供えしてきて」


 高1の4月から不登校やらかしてたら、祖母にこんなことをいわれた。


 俺の家には蔵がある。そんなに古いものでもないが、中にある小型の神社みたいなものはかなり古い。祖母が若い頃にはすでに古ぼけていたというのだから相当だろう。


 そのミニ神社を我が家では「コダマサマ」と呼ぶ。何なのかはわからない。このあたりには大きな神社があって、7年に1度のお祭りでは死人が出るくらい盛りあがるのだが、それとは関係ないらしい。


 昼近くなって台所に顔を出すと、祖母が例のお供えを用意していた。


「えっ、これ……?」


 テーブルの上にはカレーパンが乗った皿と麦茶のグラスがある。ふつうこういうのってご飯とか酒とかではないのか。


「いいのいいの。コダマサマは何でも食べるから」


 祖母はむかしから「コダマサマはお供えを食べる」という。その現場を見てみたいと思っていたが、「蔵に近づくな」ともいわれていたのでできなかった。


「おやしろの中を見ちゃだめよ。我が家の守り神だからね」


 台所を出るとき、背後からいわれる。オカルト的なもののフラグだろうか。だがそういうのは山奥の村とかで起こるもののはずだ。うちなんて最寄り駅には特急が停まるくらい都会なのに。


 蔵は家の裏手にある。途中、木製のベンチがあって、その上に鳥の餌の入った皿が置かれている。このせいで朝は雀が集まってうるさいのだが、いまは静かだ。


 鍵を開けて中に入る。重い扉がぎいっと鳴る。お茶っ葉みたいな匂いがする。


 蔵というとお宝が眠っているみたいなイメージだが、うちのは何もない。畑の道具とか父の釣竿とかが転がっているだけだ。


 というか、お社の占める割合が大きすぎて収納スペースがないのだ。床面積の半分がお社に占められている。高さは俺の胸くらい。形はまるっきり神社で、メインの建物の両側にひとつずつ別棟があって渡り廊下でつながっていて、縁側みたいなのがあって、そこにあがる小さな階段もついている。正面の板戸は閉めきられていて、中は見えない。暗くてはっきりしないが、柱や軒下には細かい彫刻が施されている。出すとこに出せばお宝認定されるかもしれない。


 板戸の前にカレーパンと麦茶を置き、一応かしわを打つ。神頼みしたいことは特に思いつかなかった。


 外に出ると日差しが気持ちいい。昼飯までまだ時間があるし、家の中にいてもやることがないので、ひなたぼっこすることにした。蔵の外壁に寄りかかって座る。


 スマホでSNSをチェックする。中学時代の友人たちはみな学校に行っている。家でぶらぶらしてるのは俺ひとりのようだ。


 このままずるずるいくのはやばいと頭ではわかっている。だがあの息苦しい空間で3年間過ごすというのも気が進まない。


 鳥の声が聞こえた。スマホから顔をあげ、餌皿の方を見る。何もいない。庭の木を見あげるが、枝の間に鳥の姿はない。ふと、近所のでかい木のことを思いだした。あそこは地面が鳥の糞で真っ白になっていた。うちの庭はきれいだ。糞なんてひとつも落ちていない。


 鳥の声は蔵の中から聞こえている気がする。壁に耳を当ててみる。さすがに厚いので何も聞こえない。


 正面にまわり、そっと扉を引きあける。暗い中でお社の中から光が漏れていた。


 こりゃやべえなと思った。中を見たら突然謎のうわごとをいいだして「中を見たのか!」って謎のジジイが怒鳴ってその後彼は転校してしまったのでどうなったのかはわかりませんってパターンだ。誰目線なのかよくわからんが。


 声はお社の中から聞こえてくる。それも複数だ。鳥とはちがう。複雑に音階が上下して互いに呼びかわす。


 闇に目を凝らすと、蔵の天井から伸びた電線がお社の中に入りこんでいる。この明かりは電気なのだろうか。


 俺は腕を組み、暗い中でしばし考えた。お社の中がどうなっているのか見てみたい。祟りみたいなものはたいして怖くなかった。むしろ学校を休む口実になって都合がいい。だがおとなしく祟られるというのもおもしろくない。そもそもカレーパンを供えてやった俺に祟るとはいったいどういうつもりなのか。


 だんだん腹が立ってきた。絶対に中を見てやる。


 足音を殺してお社に近づく。声の数はかなり多い。まるで数世帯分の鳥の雛が一斉に鳴いているかのようだ。


 カレーパンと麦茶をどけて、板戸に手をかける。


 俺は静かに深呼吸し、一気に引きあけた。


 声がやんだ。


 中は3段に分かれていた。それぞれに小さな木の机と椅子が並べられていて、そこにセーラー服を着た美少女フィギュア的なものが座っている。体長15cmくらいだろうか。


 壁には黒板のミニチュアもあって、その前には女教師的なフィギュアが立っている。


 フィギュアたちはまっすぐに俺を見ていた。


「ええ……何じゃこりゃ……」


 俺がいうと、女子高生型フィギュアたちが雀みたいな声をあげた。立ちあがり、お社の奥へと駆けていく。俺から逃げようとしてか、壁際で固まり、頭を抱える。天井ではLEDがオカルト感の薄い冷めた光を周囲に投げかけている。


「これ……生きてんのか」


 あっけにとられている俺の前に、1から女教師的なのがせかせか進みでてきた。サイズは女子高生的なのとかわりない。


「もうすこし小さな声でしゃべってください」


 彼女は俺を見あげていう。


「えっ? ああ……すいません」


 俺は頭をさげた。小さな相手だが、スーツを着ていかにも教師って感じなので、何となく敬語になってしまう。


「あなたは何者ですか」


 女教師がいう。


「俺? 俺はこの家のもんですけど……」


 さっき軽く叱られたので、ささやくような声で答える。「みなさんはその……コダマサマですか?」


「そうです。人間にはコダマと呼ばれています」


 女教師がうなずく。


「コダマっていうのは、あれですか、『声がこだまする』とか、山びこ的なやつですか」


「いいえ。かいこに霊と書いてダマです。むかし、私たちは蚕の世話をして人間を助けていたのです」


 むかしはこの家でも蚕を飼っていたと聞いたことがある。蚕というと、白っぽい芋虫みたいなやつで、人間の人差指くらいある。このコダマサマたちのサイズを考えると、人間が豚の世話をするようなものだろうか。俺が豚サイズの芋虫に出くわしたらぎゃっと叫んで脱糞必至だが。


「でもうちにはもう蚕いませんよ」


「はい。ですからいまはここを女子高校として使わせてもらっています」


 女子高……心が浮きたつ響きだ。まさか俺の家が女子高を所有していたとは。


 ふと気づくと、最初はな俺にビビっていた生徒たちがいつの間にか笑顔になって、甲高い声で何かいっている。


 教師がそちらに向かってやはり甲高い声で何かいう。身振り手振りから察するに、叱っているようだ。


「何をいってるんですか?」


「私の話し方が可笑おかしいといっているのです。ゆっくりすぎると」


「そんなゆっくりでもないですけど」


 俺がいうと、女教師はふりかえり、笑みを浮かべた。


「あなたに合わせてしゃべっているのですよ。私たちは話すのがとても速いのです」


 彼女たちの声が甲高く聞こえるのは早口だかららしい。


「じゃあこっちもそれに合わせますよ」


 俺はできる限りの早口でいってみた。


 女子高生たちが笑う。各階に30人くらいいて、それが3階分だから計90人。そこから注目を浴びるというのは、くすぐったくもあり気持ちよくもある。みんな小さいせいか、顔がかわいらしく見える。


 もっと注目されたくて俺は、どけてあったカレーパンを引きずりだした。


「ひょっとしてこれって給食ですか?」


 それを見て女子高生たちがわっと沸く。1階にいる中から1人進みでて俺を見あげた。


「メロンパンがよかった」


 小さくてかわいい中でもひときわ目鼻立ちがくっきりしていてかわいい子だった。


 生徒たちは彼女のことばに手を叩いて笑う。


 各階の教師が1階に集まり、額を寄せあって何やら協議する。やがて3人はそろって俺の方を向いた。


「もう授業にもどれそうもないので、お昼にします」


 男の教師がいうやいなや、女子高生たちがカレーパンに突進してきた。でっかい刃物を持ちだして、パンを切りわける。麦茶はやかんに汲んで、豆粒みたいなマグカップに注ぐ。あっという間に皿もグラスも空になってしまった。


「いつもありがとう」


 女子高生たちが声をそろえる。


「いやまあ、我が家の伝統なんで」


 俺は皿とグラスを回収し、板戸を閉めた。


 いま見たものが信じられない。友人にいっても嘘だと思われるだろう。写真を撮ってSNSにアップすればいいねをいっぱいもらえるかもしれないが、超自然的存在であるコダマサマのことだからその超自然的なパワーで俺のSNSのアカウントを自動で声優に射精報告するbotへと作りかえたりしそうで怖い。


 家にもどると祖母が台所で昼飯の支度をしていた。俺の手にした皿とグラスに目を留める。


「あら、もうお供えなくなったの? 早いね」


 俺は黙ってうなずき、食卓に就いた。


       ○


 コダマサマにを届けるのが俺の日課になった。


 朝、彼女たちは雀の背に乗って登校してくる。雀は通気口から蔵の中に入り、お社の前で生徒たちをおろすと、外に出てベンチの餌皿をつつき、帰っていく。コダマサマとは意思の疎通ができるらしく、学校のそばで糞はしない。


 給食の献立は惣菜パンが人気だ。一度いわれたとおりにメロンパンを持っていったら「皮が甘すぎる」と不評だった。


 5月のある日、俺は近所のパン屋で買ってきたピザを持って蔵の中に入った。


 お社の板戸を開けると、悲鳴があがった。


 1階で下着姿の女子たちが手で体を隠したり机の陰に隠れようとしている。


「あっ、ごめん!」


 俺はあわてて戸を閉めた。白すぎるLEDの光に浮かびあがる15cmの肢体が残像となって瞼の裏に焼きついていた。ひとりひとりがどうというのではなく、光景としてやたらとエロい。


 やがて戸を押しあけてジャージ姿の女子が姿を現した。


「変態」


 そういって俺を見あげる。彼女のことばにはどこかからかうような調子がこめられていた。どうやら俺をセクハラ野郎として出入禁止にするとか、コダマサマの総力を挙げてガリバーにしたみたいに縛りあげるといったような復讐は考えていないようだ。


 彼女は最初の日にメロンパンがいいといっていた子だ。名前はほんじょうしずく。俺と同じ高校1年生。


「明日は給食いらないからね」


 ピザに気を取られながら彼女がいう。


「なんで?」


「卒業式だから」


「変な時期にやるんだな」


 俺は戸の隙間から学校を見た。


「人間とはちがうからね」


 雫はピザを横目に見ながらせかせか渡り廊下を歩いていく。これから体育の授業なのだろう。右手にある建物が体育館だ。


 学校なのだから体育館もあれば卒業式もある。それは当然なのだが俺は、この現実離れした小さな学校にそうした時間が巡ってくるのを何だか不思議に思っていた。

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